高橋先生の命日近くになると、中学生以降ご指導いただいた、高橋先生の事を思い出すことが多くなります。
一番多く思い出すのは、紙に向かう高橋先生の姿勢と筆の持ち方です。
けっして力まないふわっとした姿勢と、フェザータッチのような筆の持ち方から生み出される高い品格と日本女性のたおやかさあふれる書風が、私は大好きでした。
もっとお話ししておけばよかったと少し後悔することもありますが、鮮明に残る書に対する姿勢の記憶と数々のお手本が、私達に残された財産です。
皆さんにお手本として臨書していただいている物のほとんどが、高橋先生の作品です。
高橋先生はいわゆる作品作りより、塾生を育てる為のお手本作りに力注いでいたと思われます。
高橋先生のお書きになられたお手本は、真に素晴らしい傑作ばかりで、到底越えることのできない大きな壁となって私の前に立っているのです。
日頃臨書としてお渡ししているお手本の中に、時々力強い書風のものが出てきます。
飯島鵞敬先生のお書きになったものです。
身体の大きな先生で、両脇には洋犬を従えた威厳あるそのたたずまいと、高橋先生と同じ自然体で軽い握りの筆が、動き出す前の一瞬の静寂とその集中力の凄さは、小学中学時代に教えていただいた私の脳裏に焼き付いています。
男性らしい力強い筆勢の書体は、自らのエネルギーと格闘しているかのようで、それはすざましいものです。
飯島先生は高橋先生の師と聞いておりますが、若くして『君に教えることはもうない』と飯島先生に言われ、高橋先生独自の書風を作りあげることを求められたのです。
そして早くに飯島先生がお亡くなりになったあと、高橋先生は長く塾長としてご活躍なさったのです。
高橋先生の書風に凛とした物を感じるのは、飯島先生から託された高橋先生の強い責任感の表れだったと思うのです。
そのような、飯島先生から高橋先生に引き継がれた大切な物を、次の世代に引き継がせたいと願っている私は、もっともっと精進しないといけませんね。
なぜなら『次につなげる』ことこそ、高橋先生の願い、飯島先生の思いだったと感じるからです。
和翠塾を立ち上げる時、私は夢をみました。
夢には飯島先生がでてきました。
なぜか私の同級生設定で、場所は秋深まるどこかの大学のキャンパスです。
私が書道塾を開こうとの思いを打ち明けると、とても喜んで『それがいい。応援するよ!』と笑顔で励ましてくれたのです。
その夢が私を後押ししてくれました。
残念ながら高橋先生はまだ一度も私の夢に出てきていません。
きっと道を外しそうになった時、戒めするために出てきていただけると思います。
そうならないようにしないといけませんね。
私は幸運なことに、飯島鵞敬先生と高橋鵞翠先生という、二人の素晴らしい師と巡り会えました。
塾生のみなさんにとって、いつか私がそのような存在になれるよう積み重ねてまいります。
あと半世紀はかかりそうですが(笑)
半世紀経って成長した私をお楽しみに~
11月15日が近づいてくると、毎年身も心も引き締まるのです。
杉山
一番多く思い出すのは、紙に向かう高橋先生の姿勢と筆の持ち方です。
けっして力まないふわっとした姿勢と、フェザータッチのような筆の持ち方から生み出される高い品格と日本女性のたおやかさあふれる書風が、私は大好きでした。
もっとお話ししておけばよかったと少し後悔することもありますが、鮮明に残る書に対する姿勢の記憶と数々のお手本が、私達に残された財産です。
皆さんにお手本として臨書していただいている物のほとんどが、高橋先生の作品です。
高橋先生はいわゆる作品作りより、塾生を育てる為のお手本作りに力注いでいたと思われます。
高橋先生のお書きになられたお手本は、真に素晴らしい傑作ばかりで、到底越えることのできない大きな壁となって私の前に立っているのです。
日頃臨書としてお渡ししているお手本の中に、時々力強い書風のものが出てきます。
飯島鵞敬先生のお書きになったものです。
身体の大きな先生で、両脇には洋犬を従えた威厳あるそのたたずまいと、高橋先生と同じ自然体で軽い握りの筆が、動き出す前の一瞬の静寂とその集中力の凄さは、小学中学時代に教えていただいた私の脳裏に焼き付いています。
男性らしい力強い筆勢の書体は、自らのエネルギーと格闘しているかのようで、それはすざましいものです。
飯島先生は高橋先生の師と聞いておりますが、若くして『君に教えることはもうない』と飯島先生に言われ、高橋先生独自の書風を作りあげることを求められたのです。
そして早くに飯島先生がお亡くなりになったあと、高橋先生は長く塾長としてご活躍なさったのです。
高橋先生の書風に凛とした物を感じるのは、飯島先生から託された高橋先生の強い責任感の表れだったと思うのです。
そのような、飯島先生から高橋先生に引き継がれた大切な物を、次の世代に引き継がせたいと願っている私は、もっともっと精進しないといけませんね。
なぜなら『次につなげる』ことこそ、高橋先生の願い、飯島先生の思いだったと感じるからです。
和翠塾を立ち上げる時、私は夢をみました。
夢には飯島先生がでてきました。
なぜか私の同級生設定で、場所は秋深まるどこかの大学のキャンパスです。
私が書道塾を開こうとの思いを打ち明けると、とても喜んで『それがいい。応援するよ!』と笑顔で励ましてくれたのです。
その夢が私を後押ししてくれました。
残念ながら高橋先生はまだ一度も私の夢に出てきていません。
きっと道を外しそうになった時、戒めするために出てきていただけると思います。
そうならないようにしないといけませんね。
私は幸運なことに、飯島鵞敬先生と高橋鵞翠先生という、二人の素晴らしい師と巡り会えました。
塾生のみなさんにとって、いつか私がそのような存在になれるよう積み重ねてまいります。
あと半世紀はかかりそうですが(笑)
半世紀経って成長した私をお楽しみに~
11月15日が近づいてくると、毎年身も心も引き締まるのです。
杉山