ワニなつノート

クリスマスのハクテン (7)



≪7≫ 12月16日(月)


「ハクテンっていいよねぇ~」

学校からの帰り道、先生の言い方を思い出した。
その言い方があんまりカズキそっくりで、
つい笑みがこぼれた。

「ハクテンっていいよねぇ~」

その言葉のひびきにつられて、
カズキの声がいくつもきこえた。

「おかさん、ゆうひっていいよねぇ~」

「おかさん、おつきさんていいよねぇ~」

今年の春には、「サクラっていいよぉねー」と
毎日のように言っていた。

「おかさん、サクラはいいよねぇ~。

 うん、サクラはいいよぉー。

 やっぱり、サクラはいいねぇー」

そんなに桜が好きならと、
カズキの言葉に誘われて、
桜の有名な公園に連れていってあげた。

山の上まで続く何百本の桜並木を見るのは私も初めてだった。

その日カズキは、一日中「いいよねー」と繰り返していた。

「おかさん、さくらはいいよねぉねー。

 だって、みんなの顔がさくらとおんなじ顔になるんだよ。

 さくらとみんなの顔がいろんなふうに笑うんだ。

 風が吹くたび、さくらもみんなも笑いながらゆれるんだよ。

 さくらっていいよねー。」

そうだった。
あの子は桜の花が好きというより、
桜の花を見上げて楽しそうににぎわっている人たちの
笑顔が好きだった。

あの子一人を、
誰もいない山奥の桜の林に連れて行っても、
あの子は喜ばないんだろうな。

だから、友だちがいないところで100点をとっても、
あの子は本当には喜べないかもしれない。
なにより私が心から笑えなかったら、
あの子はがっかりするんだろうな。

私も、あの子といっしょに桜を見て初めて、
桜があんなにきれいなんだと思えたから。

毎年、同じように桜の花を見てきたはずなのに、
あの子に言われるまで、
「いいよねぇ~」と、
思いがこぼれるほどいいものだと感じたことはなかったと思う。

あの子が私に、
人生で一番きれいな桜を見せてくれたんだと思う。

「おかさん、サクラはいいよねぇー」

「おかさん、おつきさまはいいよねー」

「おかさん。ハクテンはいいよねぇー」

そう、私はただ、あの子の側にいて、
あの子の言葉にうなずいてあげればいいのかもしれない。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ワニなつ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事