ワニなつノート

これから出会う子どもたちのこと

これから私が出会う子どもたちのことについて。
これから私がいっしょに暮らす子どもたちのことについて。
それを伝えるために、新聞記事を紹介します。


hideのことは、親と一緒に動いているし、議会でも、新聞でも、hideのお母さんは名前をオープンにして動いています。
だから、私もある程度、hideのプライベートなことも含めて、あえてここに書くことがあります。

でも、これから私がホームで出会う子どもについては、出会うことになった事情など書くことができません。

でも、前のブログ記事のように、私がどんなふうに子どもたちと出会ってきて、どんなことを考えているのか、それを伝えるためには、「障害」のある子どものことだけでなく、今を生きている子どもたちのこと、子どもたちの抱えている苦労のことを書いておきたいと思います。

私一人でできることなど、ほとんどありません。
だから、ここで、こうして一緒に考えてくれる人たちが、私にはとても大切な存在です。

なぜ、特別支援教育(特殊教育)に反対なのか。
なぜ、普通学級と言い続けるのか。
なぜ、0点でも高校へ、なのか。
なぜ、hideが一人で「自立生活」をしているのか。
これらは、「障害」の問題だけを考え、語るだけでは、足りないことがあると思います。

それは、子どもの苦労、子どもには重すぎる荷物を、「自己責任」「自己決定」のような言い訳で無視している、この「子どもに迷惑な社会」「子どもを大事にしない社会」の問題だと思うのです。

私たちは、障害児の援助の仕方を知らないだけではありません。
様々な形で生きていくのに重すぎる苦労を抱えている子どもたちへの、援助の仕組みが貧困な社会、貧困な意識しか持っていません。
だから、私はブログの巻頭に、アリスミラーの言葉を置いているのかもしれません。

《子どもの屈辱をわかってやる感覚が、私たちにはまだ備わっていません。
子どもを尊重しその傷ついた心を知るというのは、知的な行為ではありません。
もしそれがそんなものだったら、もうずっと前に世間一般に広まっていたことでしょう。》

すこし話がそれていきそうなので、紹介したい記事を置きます。
全4回の特集記事なので、少し長くなります(o|o)




    ◇     ◇     ◇     ◇


ルポ2011:救え幼い命 ある家族の再出発/1 虐待死償い幸せ誓う

毎日新聞 2011年1月30日

 ◇「パパと住むねん」
 ぼたん雪が舞う、昨年12月25日。西日本のある母子生活支援施設の園庭で、水色のジャンパーと白いコート姿の姉妹が追いかけっこをしていた。小学2年生の慶子(8)と1年生の彩子(7)。そばには2トントラックがとまり、家具が積み込まれていく。「ここってパパとケンカしたりはぐれたお母さんと子どもが住むとこやろ。ここ出てパパと住むねん」。慶子は興奮を抑えるようにつぶやいた。
 「いつでも遊びに来てや」。職員が姉妹に施設の連絡先を書いたカードを手渡した。トラックが出発すると、母美幸(30)と姉妹は自転車にまたがった。「バイバイ」。職員や子どもたちが大きく手を振った。
 新居の賃貸マンションは自転車で数分のところにある。父修平(37)が棚を組み立てていた。段ボール箱が並ぶ部屋の窓際には、3枚の家族写真。あどけない男の子を指し、彩子は言った。「お兄ちゃん、亡くなってん」

 「懲役4年とする」。06年3月、修平は名古屋高裁の法廷で実刑判決を言い渡されていた。「暴行はしつけの限度を超えてエスカレートしており、偶発的なものではない」。05年5月、美幸の連れ子で姉妹の兄にあたる真司(当時4歳)を虐待し、死亡させたとして傷害致死罪に問われていた。

 真司を自宅に迎えたのは、亡くなる約2カ月前。美幸は修平と出会う前に真司を1人で産み、養護施設に預けていた。結婚前から「真司を引き取りたい」と話していた美幸を気遣い、養子縁組した。

 修平は真司に手を上げるようになった。「言葉の覚えや理解が遅れている。言うことを聞かない」と感じた。何度教えても修平を「ママ」と呼ぶ。「お茶が飲みたいとか、何がしたいか言いなさい」と言うと「お茶飲みたい」。だがコップを渡すとキョトンとした。

 美幸は中度の知的障害があり、日常生活に大きな支障はないが、一つのことに固執する傾向が強い。彩子が生まれてからは片時も離さず彩子にかかりきりになった。修平が仕事のほか、家事と真司、慶子の育児を抱え込んだ。「自分がちゃんと育てなければ」と焦りが深まり、手を上げる回数が増えていた。
 「(真司は)悪いことをしていないのに。自分が狭い考えに陥っていた」
 ささいなきっかけで事件は起きた。「電気消して寝るよ」。午後11時ごろ、真司をトイレに連れていったが、その後1時間以上台所から寝室に入ってこず、呼びかけても返事がない。怒って真司の腰と肩をつかんで持ち上げ、床に投げ付けた。真司は頭を敷居にぶつけて意識を失い、翌日病院で息を引き取った。

「やっと一緒に暮らせるね」。慶子は新居で修平にまとわりつき笑顔を見せた。「息子を幸せにできなかった分、娘たちを幸せにしてあげる方法もあるのでは」。
逮捕後の取り調べで警察官に言われた言葉を思い出し、修平は「今の自分にできるのはそれしかない」と思い始めている。

    ×   ×

 服役や就職活動を経て、5年半ぶりの家族での生活。施設や親族の支援も欠かせなかった。児童虐待事件から再出発した家族の姿を追った。

<人物はすべて仮名としています>
(敬称略)=つづく
【反橋希美、平野光芳】

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 ■ことば
 ◇児童虐待
(1)殴る、ける、たたくなどの「身体的虐待」
(2)わいせつな行為をする「性的虐待」
(3)子育てを放棄する「ネグレクト」
(4)暴言を浴びせたり、ドメスティックバイオレンス(DV)を目撃させる「心理的虐待」--の4種類がある。
昨年度、全国の児童相談所が対応した相談は計4万4210件。社会的な関心の高まりとともに年々右肩上がりで増え、この7年間でほぼ倍になった。
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