ワニなつノート

小夜さんのすべらない高校の話 (1)




「義務教育はいいけど、高校はね」と、よく言われます。
地域の学校へ行くという時に、
小学校までとか中学校までとかいうのはおかしいです。

高校というのは後期中等教育ですから、
そこまで出て一応の終わりで、
たまたま高校が義務制ではないだけです。

私も1970年に知的に遅れているすすむ君が
高校へ行きたいと言ったときに、
やっぱりびっくりしました。

「高校? 高校は試験あるよ」と言ったら、
その子が「がんばるもん」と言う。

「がんばったって漢字書けないじゃない」と言うと、
「高校行って書くもん」と言うんです。

私は、こういうことは1つ1つ聞き漏らしてはいけないと思うのです。
高校行って書くということは、
書けないからこそ高校行きたいと言っているのです。

だったらやっぱり何とかしないとね。

それならばということで、みんなで奔走したんですけど、
3つ高校を受けて、3つ目に受けた定時制高校でやっと入れました。

その時、私はその子のようすを
調査表のほかに丁寧に書いて送りました。

例えば、国語の先生には、
「漢字は勉強中ですが、滑らかなひらがなを書きます」とかね。
そうすれば、国語の先生は次に会った時に、
「すすむ君の字はなめらかでいいですね」と言ってくれる。

数学の先生には、
「一桁の足し算をやっていますけど、繰り上がりで苦労してます」。
そうするとね、数学の先生は頑張ったんですよ。
1ケ月もしないうち電話がきて、
「北村先生、怠けてたんでしょう。
 僕がやったら5+6ができましたよ」と言うんです。
先生は嬉しいんですよ。
「さすが、専門の先生ですね」と言いました。

でもまた1ケ月程して、
「あれは高校に入れたはずみだったんでしょうね、
 やっぱり7+8は難しいです」と言うわけです。
「ざまーみろ」とも思ったんですが。(笑)

そういう付き合い方を丁寧にしてくれた教師たちがいます。

すすむ君が1年から2年になるとき、
どうやったところで単位が取れてないので進級できない。
その時、数学の先生が彼を説得しました。
落第と言ってしまえば落第ですけれど、
数学の先生は、
「先生は君と一緒にもう1年、数学の勉強がしたいんだ。
先生はまた1年生の先生になるから、
君が2年生になったら続きが教えられない。
君がもう1回、1年生をやってくれたら一緒に勉強ができるんだけどね」
と言って説得してくれたんです。

留年ということはそういうことですよね。
もう1年勉強しましょうねということで、罰ではないのです。

本人もそう言われて、留年することにしたんです。
留年する人は何人もいて、
ほとんどのツッパリはそれを契機にやめて退学していくのです。

何人かがすすむ君と一緒に留年を宣言されるために
校長室に呼ばれていました。
一緒に行ったツッパリの一人に、
すすむ君は、仲間と思っているのですから、
「お前も留年かよ」と言ったんです。(笑)

その子は、何か肩たたかれたら一緒にやる気になって、
やめないで続けたんですよ。

その子の担任が、
「この子はすすむ君のお陰で、5年かかったけど定時制を卒業できた」
と言いました。

ツッパリの勢いだったらやめてしまって今どうなっているか。
高校だけが行くべきところではありませんけど、
やっぱりよかったという気がしますね。

すすむ君は、定時制高校に行って面喰らいました。
だって、世の中が休息とか娯楽に向かう時間に、
自分は勉強する時間になる。
みんなが家に帰るのに、
自分は反対向きに学校に行かなければならない。
初めはグズグズ言っていました。
「夜の学校に行ったらテレビが見られない」とか言っていたんです。

そういう時に、大人は「ビデオに撮っておいてあげるよ」と
言うわけですけど、
彼は、世の中が娯楽や休息に向かう時間に何でこうなのかということを、
テレビと言ってるだけです。

そのうちに彼は自分で考えたんです。
昼間どうして過ごしたらいいか分からないから、
数人しかいないクラスの中で、
「明日、遊ぼ?」「明日、遊ぼ?」とみんなに言って歩くんです。

みんなは返事もしてくれない。
だけど、「明日、遊ぼ?」と言っているうちに、
一人の子が、「だめだよ、仕事だから」と
返事してくれたんですよ。

すすむ君は嬉しくてね、
それから毎日、
「お仕事どこ?」「お仕事どこ?」と聞くわけです。
とうとう、彼の仕事先を見つけた。

それからというものは、お昼まで家に居て、
昼からは彼の職場へ行くんです。

彼の職場は小さい工場で、おやじさんが一人でやっていて、
その友だちがアルバイトとして働いているだけのところでした。

すすむ君はガラス戸の向こうで仕事している友人を見ながら
路地のところにしゃがんで、
彼が仕事が終わって出で来るまで待っているんです。

毎日、毎日。
ある雨の日に、おやじさんが、見かねたんでしょうね、
「お前もやるか?」と言ってくれたんです。

それから彼はそこに入って一緒に仕事を始めた。
彼の就職につながりました。
友だちのほうはサッサと他のところに行ってしまったんですけど、
そこは2年ぐらい前に廃業ましたが、
それまでずっと彼はその仕事を続けました。
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