「言葉」を、コミュニケーションの「道具」として扱うと大切なことがみえなくなる。
「言葉を使う」のと「話をする」のは別のこと、だから。
子どもは「ことば」を学んでいるんじゃなくて、「話し方」を学んでいる。
これは、すごく大切なことで、私がずっと知りたかったことだと分かるのだが、うまく説明できそうにない。
きっかけは、イリイチの本。
◇
【道具とは、ある目的を達成するために設計された装置のことです。
…われわれが道具として用いることのないものが存在するということを、わたしは明らかにしようと努めました。
(たとえば)わたしが主張したのは、お互いに語り合っているとき、私たちは言語を《用いているの》ではなく、また、プロの言語学者たちがそうみなしているように、言語体系からことばを選びとっているわけでもないということです。
わたしたちは《話をしている》のです。】
(『生きるということ』-「システム」「責任」「生命」への批判
イバン・イリイチ著 藤原書店 )
◇
たとえば、ある男の子の話し方を思い出す。
私には、一つひとつの単語がはっきりとは聞き取れない。
文と文の区切りも聞き分けることができないが、微妙に次のセンテンスに移っていることはなんとなく分かる。
専門家は、一言で「言語障害」という。
わたしは、何て言ってんだかわかんないけど、それらしく聞こえる(内容がわかった気がする)から不思議だよな、と言ったりする。
その子はダウン症と呼ばれたりもする。
…ここで、小夜さんの講演を思い出す。
《…彼は言葉がはっきり出ません。
私は彼が三年生のとき研究授業を観に行ったことがあったんです。その先生が研究授業をなさるって聞いたとき、私はね、半分は心配してたんですよ。
親御さんなんかには「何があろうと休ましちゃだめだよ」って言いながら、やっぱり彼が行ってたらどんな研究授業なさるんだろうって思って、半分は心配してたんです。
案の定ね、授業、観に行ったら、社会の時間でしたけれど、先生が少しお話して「分かった人?」って聞いたら、その彼がね、誰より先に「ワァーワァーワァー!」って手をあげるんですよ。
それも素敵なことですよね。あの、だいたい障害児と言われる子どもってそこでまたしつけられるわけでしょ。「おまえ、分かってないんだから黙って座ってなさい」みたいなことを言われる。
だけど彼は、分かってないんだけれど、いま手をあげるところだけは分かってるんです。手をあげることはできるわけでしょ。で、それはやりたいわけです。
それをお母さんも止めてないし、先生も止めてないわけね。で、こう、あげる。
私ねえ、本当にドキドキしました。あれは、彼を指さなければずっとワイワイ言ってるだろうし、指したら何言うか分かんないんだから、先生どうなさるんだろうって思って、本当に心配しました。あ、本当に休ませた方がよかったかなーぐらい本当に思ったぐらいでした。
ところがね、先生、ニコニコしながら、若い女性ですよ、ニコニコしながらね、「いしい君」って一番に指してくれたんです。
そしたら彼が立ち上がってね「ワヂャヂャヂャー!」ってもう大きな声で言ったんです。
その瞬間ね、子どもたちはいつものことだから、どうってことなく笑っているんですけど、後ろに並んでいたその研究授業を観に来ていた先生方、一瞬本当にシーンとなりましたね。
自分たちも研究授業する時はどう上手く見せるかってのが見せ所ですから、どうなるんだろうと、ハッとしたんだと思うんです。うしろの先生たち、一瞬ほんとシーンとなりました。
ところが当の先生は相変わらずニコニコ笑って、「そぉー、いしい君、大きい声でよく言ってくれたね。でも先生ね、どうも聞きべたでね、いしい君の言ってるころあんまりよく分からなかった。いしい君の言ったこと分かった人、教えて」。
そしたら、我こそイシイの代わりだってのが手あげるし、なによイシイが分かるはずないじゃないか自分こそ正解だ、と思うのが手をあげて、まぁにぎやかな。石井も満足だし、皆も満足した。
そういう瞬間、毎日がそうであったとも思いませんけれど、そういう先生に出会えたみたいな、そういう友だちに出会えるみたいな時が、こう時々はあって、やっぱりシャバで暮らすことをあきらめないで暮らし続けて、いま地域にいるわけなんです。…》
(つづく)
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