60からのつれづれ日記

6回目の年男、現在は月20日ほど、午前中3時間ほどのパートでのんびりと仕事をさせてもらっています。

日本人初の北極点単独徒歩到達・河野兵市展

2022-01-30 10:24:12 | 日記
1997年日本人初、ソリを引いて北極点への単独走破に成功した河野兵市さんの展示会が愛媛県
生涯学習センターで開催されていることを知り興味津々、早速見学に行って来ました。
河野さんに関しては当方の娘が中学生の時、少年式の行事で講演に来られていて父兄も参観OKと
いうことで話を体育館で拝聴したことがあります。

本来なら、会場では学芸員の展示の説明があるはずなのですがコロナ禍ということでそれは中止。
しかしながら冒険中の多くの写真や直筆の日記や手紙、地図などの資料があり、じっくりその
臨場感を味わうことが出来ました。凄い偉業を成し遂げたにも関わらず、喧伝されることをよしと
せず、慎ましく生きて行く一市民としての立ち位置を貫くこうとした人間味溢れる人物であること
が今回の展示で分かりました。それが彼自身が自分を冒険家と名乗らず「旅人」と控え目に言って
いたことでもわかります。

2回目の大冒険となる北極点から彼の地元である佐田岬半島まで帰るという「河野兵市リーチング
ホーム2001」ではその旅を完結するために多額の資金が必要となります。売名行為を嫌がる
河野さんではありますが、この時ばかりは信念に反するとは思いつつ背に腹は変えられず、
マスコミに顔を売りニュースに取り上げてもらい、声がかかればどこにでも講演に行きその費用を
調達したのことです。しかしながらその旅の途中、北極海の氷の割れ目に落ち43歳の若さでその
人生の幕を閉じることになりました。会場の日記からは冒険を通しての彼の喜びや悲しみ、あるい
は常人では想像のつかない叫びや息遣い等々、その凝縮された河野さんの生の声が聞こえて来る
ような気がしました。
特に北極点到達への道のり、何もない氷の世界、360度見渡しても先が見えない焦りと
孤独感、そして今までの冒険では感じたことのない恐怖感が綴られている日記にはこちらが
身震いするような感じがしました。
ありきたりで申し訳ありませんが、なぜ死ぬような危険を冒してまで山に登るのか?その答に
多くの冒険家は「そこに山があるからだ」という有名な言葉があります。この展示会で「そうだ、
河野さんもきっとこの冒険には理屈などない、自分のやり残した旅に挑戦したかっただけなの
だ」と理解させて頂きました。
河野さんのチャレンジ精神に敬意とその功績に感謝を伝えたいと思います。

以下にウキペディアの記事を借用させていただき河野さんの履歴とさせて頂きます。

愛媛県立三崎高等学校卒業。1978年の自転車での日本一周の後、北米や南米を走破する。1982年、
冒険家植村直己の影響を受けアラスカのユーコン河フォートユーコンからベーリング海まで
ゴムボートで旅をする。また、登山経験は殆ど無かったものの、ニューヨークでアルバイトを
しながら、日本人の登山家に弟子入りし、登山のノウハウを学び、1983年、北米大陸最高峰の
マッキンリーの登頂に成功。 
その後、南米最高峰のアコンカグア等の山々の登頂に成功。ヒマラヤの8000メートル峰ナンガ・
パルバット登山時に、落氷を顔面に受け下山。上唇部に傷が残った為、鼻ひげを伸ばし始めた。
1990年、アフリカ大陸では荷物を詰めたリヤカーを引きながらサハラ砂漠を徒歩で縦断。
リヤカーのアイデアは、友人の自転車冒険家、埜口保男の提案である。
日本に帰国後、ナンガ・パルバットで知り合った順子と結婚。一男一女の子宝に恵まれる。
1997年、39歳のときに日本人初の北極点単独徒歩到達に成功。
その後、2001年に北極点から地元佐田岬半島まで徒歩等により5年がかりで帰還する『河野兵市
リーチングホーム2001』を計画し、3月26日に北極点を出発。5月17日に最後の交信を行った後、
発信地から南東へ約13キロ離れた地点(北緯83度49分、西経74度34分)で北極海の氷の
割れ目に転落し死亡。5月24日、ソリと共に遺体が発見された


以下、会場で撮影した写真を掲載させていただきます。順不同になりますがご容赦下さい。
また、鮮明でない写真が多々ありますことお許し下さい。


展示会は3月中旬まで開催されています。


1978年の日本一周で使った自転車。綺麗に保管されています。


サハラ砂漠を徒歩で縦断した時のリヤカー。


サハラ砂漠縦断までの冒険旅行を記した世界地図。








北極点を目指すために使用した橇(ソリ)。寝袋、テント、食料、燃料等様々な物資を積んで自力で引っ張る。いくら滑りやすい氷の上とはいえ過酷だったには違いありません。














北極点到達の旅に持参した地図。






北極点到達時の靴や毛皮の手袋、その他燃料などの備品類。


北極点到達時に掲げた日の丸の旗や鯉のぼりなど。






このシーカヤックは『河野兵市リーチングホーム2001』を計画した時に海を航海するために練習用として使ったものです。

クレヨンしんちゃん

2022-01-15 10:29:39 | 日記
昨年末の話で恐縮ですが、イオンモール今治新都市へ孫が「クレヨンしんちゃん」のショーが
あるというので一緒に出掛けることに。ショーと言ってもちびっ子達と記念撮影をするだけの
写真会。2〜4歳頃までは「機関車トーマス」にはまっていたのが、6歳の今では「おしり探偵」
の大ファン。その合間で当然「クレヨンしんちゃん」や「アンパンマン」などのアニメも見て
いたりするわけですが、その「しんちゃん」が来るというので楽しみにしていたということです。

混むだろうと予測して9時過ぎにイオンに到着したのですが、いざイベント会場に行くとなんと
他は誰も来ていなくて我々が一番乗り。ロナ対策をしたイオンのイベント会場で受付を済ませ
開始時間が来るまで、年末で賑わう館内をぶらぶら散策して会場に戻ると既に大勢の行列。
さすが子供に人気のキャラクターです。撮影は一組で撮影は2回のみでどんどん流れ作業的に
進んでいくのであれあれという感じ。それくらいしないと捌けないし、ぬいぐるみの中の人も
大変なのだろうと推察した次第。それと無料の撮影会なので仕方ないと長い間、並んだ側も納得
でしょう。でも撮影を終えた子どもの顔はみんな満足げで感激の様子でした。
その後、昼食を食べミニ水族館の魚を見てから解散。一足早いクリスマスになりました。
ちなみに「クレヨンしんちゃん」撮影会場では「しんちゃん」を勝手に撮ることは禁止されて
いたようです。当然、著作権の問題、並んだ人優先など諸々あるのでしょうね。


「おしり探偵」の本。本屋に行けば我々が普段見ることのない?!子供に人気のコーナーに多くの「おしり探偵」シリーズが並んでいますね。


孫(6歳の男の子)が描いたおしり探偵の登場人物の絵です。




撮影会場の外の様子。子供連れでかなり皆さん並ばれていますね。


昼前で食堂やレストラン街もぼちぼち混雑してきそうです。


この日も寒かったのですが、屋外では多くの雑貨市が出店していました。


昼は高知の龍神丸で。割安のランチ、美味しく頂きました。


ご飯は冷めないようにと白米ではありますが、釜で炊いたものが提供されます。


ミニ水族館では何故か?!金魚すくなどのイベントも。


「ちんあんなご」ですね。以下写真は名前が間違っていたらまずいので分かるもののみ記載しています。この季節の水族館、夏とかはと違ってまた情緒や風情?!が感じられ良いものです。




水面近くで白く浮遊しているのが「クラゲ」の一種です。


底の石の左側にいます。カサゴとかの仲間?だったような?!


これはハリセンボン。


海のギャングのウツボ!!






これはディズニー映画でおなじみの「クマノミ」ですね。

新年明けましておめでとうございます

2022-01-08 09:25:40 | 日記
早いもので令和4年(2022年)も幕を開け今日は1月の8日(土)となりました。
三が日は晴天に恵まれ年末から娘らが孫を連れて帰っていて、1日は椿神社への初詣に
2日はとべ動物園へと退屈をせずに過ごすことが出来ました。次女は愛知県からの帰省で
一昨年に生まれた孫とはコロナの関係で、1年半ぶりの対面となりその成長振りを見て安心
した次第です。

さて川柳の方も始動し始め、今月も「伍健まつり川柳大会」や「ふるさと川柳」「信濃川川柳」
「卑弥呼の里川柳大会」などなどの投句締め切りが控えており、正月でぼーっとしていた
頭を働かせていきたいと思います。コロナの方も年末から年始にかけオミクロン株が急激に
増え始め、今後の諸々の生活にも影響を与えていくことは確実のようで心配です。
我々の出来る基本的な対応、うがい手洗いにマスク、3蜜を避け飲酒を伴う大人数の飲み会
には参加しないなどは続けていくしかないですね。

平凡な願いではありますが、今年の干支の寅(虎)のように勇猛果敢にこの1年を駆けて
行きたいものです。そのためには元気であること。元気ということは健康でなければならない。
健康は心と体の二本柱。特に昨年、古希を迎えた当方には大切な事。体の方は食事、医食同源と
言われているぐらいなので気をつけたいと思います。それと適度な運動が必要で年相応の
筋力の維持も必要かと思うので何かに挑戦してみようかと考えてはいます。有言不実行に
ならないように(ー ー;)
皆様にとっても幸大き年でありますように、そして1日も早くコロナが収束し元の生活が
戻れるように祈りたいと思います。



令和4年度の「川柳まつやま」の1月号の表紙。とべ動物園に11月から4回行ってやっと撮れたベンガル虎の雄。なんとかそれらしいポーズ?で形になりホッとした写真。これから1年間、これが会員の皆さんに届くことになり有難いことです。


昨年に比べ人出の多い初詣。でもさすが日本人、皆さんしっかりとマスクで感染対策をしておられます。


山門から順番に並んで参拝を待ちます。


一度に参拝するのを避ける為、階段前ではある程度の人数で区切って集団を形成させて移動させていましたね。


老若男女、お札やお守りを買って絵馬に今年の抱負を書き神様に祈願。日本の伝統文化の良いところです。竹は節目があるから丈夫でしなやか、人間の暮らしにも色々な節目(しきたりや年間を通しての様々な行事)があるから生活が豊かになり人間として成長できるきっかけになるのではないでしょうか。