写真は鳴川のながれる村の民家です。
千光寺は役行者にゆかりのある山寺です。
千光寺が近いせいか、民家に立てられたこいのぼりの棒が、役行者の持たれる金棒(名前は知りません)に見えてきます。
静かな村です。
鳴川というだけあって、水は至る所から湧き出ているそうです。
ここは紅葉で有名な龍田川の源流の地です。
私と娘はミニバイクで龍田川から平群へと向い、龍田川の源流である鳴川を辿り、龍田川の流れにそって家路につきました。
行きも帰りも夢のように美しい景色でした。
あれは現実だったのでしょうか?
今も夢見心地です。
鳴川渓谷で見た、切れた『道切り』
(川向こう)
↓ (川の向こうからこちらに続くなわ)
↓ (川をはさんで)
↓ (石仏群のあり切り立つ岩の上)
上の写真は『鳴川石仏』を見上げたところです。
滝は今は人工的にトタン?のようなもので水を落とされていました。
その左を見て下さい。
ほとんど岩の苔の糸と同化した色彩の切れた縄です。
保護色でわかりにくいかも知れませんが、この縄は正しく『道切り』の切れた一部分だと考えられます。
以前にも矢田出らの近くまで『道切り』を探しにいった私です。
私の興奮度は最高値でした。
振り回される娘。
相づちをうつ娘。
そして、苦笑する娘。
川を挟んでのもう一方は 一体どうなっているのでしょうか。
私ははしゃいで反対の方向に走りました。
反対の方向にもありました。
風景にとけ込んでしまったような縄が垂れ下がっています。
そして川の端で、縄の余った部分はまとめられていました。
ただでさえ私にとっては珍しい宝のような『道切り』のある景色です。
それが過酷な自然によって、切れているのです。
何か考えさせられるものがあります。
村の人々は ‘災い去れ!’の『道切り』が切れてしまって、どのような気持ちを持たれたのでしょうか?
私たちには計り知れない思いで、縄をまとめられたのではと、案じております。
奈良県平群町 鳴川渓谷『鳴川石仏』すぐ側
2009、09、06
『鳴川石仏』 鳴川渓谷(奈良県生駒郡平群町)
日曜日。
久しぶりに予定のない娘が誘ってくれ,ミニバイク二台で平群に行く。
平群は、遠かった。
目指すは『千光寺』と『金勝寺』
『千光寺』のほぼ手前左には『鳴川石仏』
私たちはバイクを止めて渓谷を降りていく。
途中、椎茸をつくる農家。
古い橋。
荒れ果ててはいるが心がときめく山間部。
滝。
木漏れ日。
葉や自然の囁き。
民家の息吹とこれら自然の全てが調和され、すばらしい村。
日本だ。
美しい。
『鳴川石仏』は竜田川支流の擽原川の上流域の鳴川渓谷に位地する。
千光寺をはじめ、役行者が修行する場がこの辺りには多い。
『鳴川石仏』の近くにも『清滝(行者の滝)』が・・・。
役行者。
『勧進帳』の弁慶が好きで山伏の好きな私は、役行者にも心高鳴る。
厳かでひんやりとした少し薄暗い空間。
心静めるには最適の場かも知れません。
『鳴川石仏』は彫られた石仏もあったのですが、どうも石そのものが石仏といった感じ。
石そのものに古いひも状のなにかで巻いた跡が認められた石も見つける事ができた。
最近私に影響され、私の話につい合ってくれる娘が,大きな岩くらいの石を指さし、これらがみんな石仏なんだよと教えてくれる。
確かに灯籠の右横の苔の深い大きな石矢その他もの石などもそのように見えるような気はするが、確信は持てない。
ところどころ、消えた説明のようなものは置かれていた。
鷺池
奈良県郡山市の郡山城の側二は緑の美しい鷺池があります。
人工的な部分は別として、この緑の美しさは、山形県(一部宮崎県)の蔵王お釜の色を思い出します。
向かい側にあるうなぎ堀池と同様、鷺池は美しく深い緑です。
鷺池というだけあって、私がここを訪れた日には 白鷺が待っておりました。
緑の水面に映える 鷺でした。
私の好きな奈良の景色が一つ増えました。
この近くは池の中に遊歩道が造られているところもあり増す。
また少し歩くとそこにはすぐに郡山城です。
郡山城の側には間らでは公立高校の中は有名な郡山高校もありました。
郡山城と郡山高校の間の道を歩いていると、◯◯門跡といった石碑が多くあっており、面影の残るところも多いのです。
郡山城の桜は有名で桜100選にも選ばれています。
今春も行ってまいりましたが、紅葉にも早いこの季節は観光客はまばらで、郡山城周辺をゆっくりと楽しむ事ができます。
奈良県郡山市 2009、09、04