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古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』文藝春秋

2005年06月14日 | reading
ネタバレ注意。

昔『Jミステリー』というムックがあった。
勘の鋭い方ならお気づきの通り、河出書房新社が版元である。あいにく「J文学」とは違ってまったく定着しなかったフレーズだが、本自体はなかなかの良品であった。まあ多少自社製品に身贔屓が過ぎるというきらいはあったが、なかなか目新しい作家が紹介されてもいて、中でも作品紹介にインタヴュー、更には短編掲載という大プッシュ(他に掲載されていた短編はたしか清涼院と霞流一だったと思う。編集会議の様子が見てみたい)をされていた作家が古川日出男だった。まだ『アラビアの夜の種族』の刊行前である。
『13』と『沈黙』を読んで、この作家は僕の五本指に入るお気に入りとなった。

その短編が「アリューシャン最西端」だった。詳しい内容をよく覚えていないのだが、おそらくその短編が、この長編の原型、あるいは発端となっている。アリューシャン列島はキスカ島に取り残された犬たちからはじまる、「戦争と犬の世紀」のクロニクル。
クロニクルである。大戦から冷戦、朝鮮半島、ベトナム、アフガニスタン。その戦争の歴史に、犬たちの「誇り高き血統」を絡み付かせ、二十世紀という時代が描かれる。『サウンドトラック』で古川は「東京」のすべてを描き、そのはじまりもまた島に「とりのこされた」ものたちだった。「二十世紀」を描くこともまた、「とりのこされた」ものたちから始まる。このことはこの巨大な才能を語るうえで一つのカギになりそうな予感もするが、それを語るほど僕は勉強していない(笑)。

なので単なる感想をだけ。
非常にかっこいい小説である。一、二、三人称を行き来する文体は非常にテンションが高いが同時にクールで、それによって描かれるエピソードも胸を打つものだ。特にシュメールがアイスの仔を受け継ぎ、己の血に目覚めるシーンは鳥肌モノ。
「戦争」というものを扱いながら、古川の作品世界にはいささかのブレもない。知的なエンタテインメント小説が読みたいな、と思った時に信頼している作家に柳広司がいるが、彼は『新世界』などを見るとややテーマ性に引っ張られて小説に破綻が見られるきらいがあり、そのあたりが僕のなかで古川に及ばない点かと思う(いや、『はじまりの島』なんて大好きですけどね。しかし偉そうだな)。首尾一貫して、古川日出男という作家の作家性が、小説の根底を貫いている手応えが感じられる。ひたすらにかっこいい。
難点というか希望を言うとすると、「本の雑誌」で豊崎由美が書いてた「犬の血統表を付けろ」という意見に僕は全面的に賛成です(笑)。ただそれをすると安っぽくなってしまう気もするのだが。

《「おれはこれから狂う」とベルカに言う。「そして、お前は生きろ」》(341p)

作品の評価はB。

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