うらくつれづれ

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日本のエネルギー政策

2012-09-05 18:59:13 | 経済

政府が新たな原発政策をまとめるそうだ。再生エネルギーの促進による脱原発の方向だろう。しかし、これは、僥倖に期待しておろかな大東亜戦争に突入した戦前の指導者の決定に似ている。仙石元官房長官が認めるように、再生エネルギーの技術革新を根拠なく見込んでいるからだ。
エネルギーは、国家の消長を左右する。古代隆盛を極めたギリシャの衰退の原因は、周辺の気候変動と伐採による木材というエネルギー源の枯渇によることが明らかになっている。江戸時代までの日本の世界史上稀にみる自然な歴史進歩も、豊富な木材に支えられたエネルギー供給が前提としてこそ可能だった。そして、近代には、石炭により産業基盤を整備した。石油が資源の大部分を占めるようになったのは、戦後30年代以降のことにすぎない。
戦後、パックス・アメリカーナの下、石油は無限に輸入できる資源として認識され、脱石炭が進んだ。いま、パックス・アメリカーナは終わりつつある。石油は、世界的に偏在し、世界が不安定化するなかで、安全保障上のリスクがある。さらに、資源国によるレント獲得リスクも無視できない。アメリカ自身、自国のエネルギー供給を優先し、輸出を規制している。エネルギーの安定供給は、日本の将来に不可欠だ。
しかし、いままでのこの恵まれたエネルギー環境を、残念ながら日本人は認識していないようだ。それは、まるで、何もしなければ日本と世界は平和になると根拠なく信じている一部の極楽トンボの認識を同じだろう。エネルギーも平和も努力なしに獲得できるものではない。
エネルギーは、単なる生活の便利性だけにかかわるものではない。国民の将来に関わるものだ。エネルギーの供給不安は、生活のさまざまな側面に影響を与えるが、とりわけ深刻なのは、経済への悪影響だろう。現在、日本は、20年にわたる日銀のデフレ政策のおかげで、産業崩壊の淵にある。組み立て型電気産業が破綻しつつあるが、今はまだ命脈を保っている部品や素材産業への波及は不可避だろう。その趨勢に拍車をかけるのが、高価で不安定なエネルギー供給だろう。安定したエネルギー供給とデフレ脱却は、日本経済復活のための二つの必要条件だ。逆に、その条件が満たされなければ、遠からず、我が列島は、失業者で溢れかえることになろう。
脱原発論者は、再生可能エネルギーで、原発に代替できるとする。しかし、この想定はお粗末だ。いま、政府の太陽光発電の電力会社買取制度が開始されたが、今年の買い取り価格は、42円/KWH。これに対し、原発、火力の発電コストは、10円と言われる。太陽光発電が進めば進む程、電力価格があがる。それに耐え切れず、見直しを迫られたのが欧州だ。日本でも、電力価格4倍には国民は耐えられないだろう。消費増税の比ではない。しかし、コストの問題以前に量的に太陽光、風力、水力は供給の絶対量が不足だ。
では、火力は切り札となるか。なりうるが、それには、京都議定書を離脱する必要があるだろう。ガス・タービン発電では、二酸化炭素排出量は半減するとされるが、それでも排出することには変わりない。もし、火力優先の政策を取るなら、京都議定書脱退とセットでなければならない。なお、京都議定書は、アメリカ、オーストラリアは不参加。最近カナダが脱退した。先進国の参加者は欧州と日本だけ。実質上は、欧州システムと化しているので、小生は脱退賛成だ。別途、日本は、国内で炭素税を課して、排出量をおさえるとともに、その税収で国内で省エネルギーや代替エネルギーも技術開発を促進すればいい。なにもチャイナから排出権を購入する必要はないだろう。
福島原発の事故を受け、国民はパニック状態だ。反原発世論が、半数近くだという。しかし、この事故で死者は発生してない。原発汚染も、将来の内部被爆など、不透明要因はあるが、自然放射能が20ミリシーベルト以上の地で、普通の生活をしている人々がいることを考えれば致命的とはいえないだろう。自然放射能の世界平均値は、2,4ミリシーベルトだという。
終戦後、日本人は戦争を恐れるあまり、自分さえ戦争のことを考えなければ世界は平和になるとして思考停止状態におちいった。反原発世論をみていると、まさに同じ過ちを繰り返しているようだ。ちょっと前には、原発は、二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーとして促進が国策だった。原発事故対応はお粗末に過ぎたが、その教訓は今後の安全対策に生かすべきだろう。
原発な安全ではなく危険だ。いくら安全策をとっても、例えば隕石の直撃には耐えられない。しかし、考えてみれば、世の中に絶対安全などというものは存在しない。危険なものとどうやって折り合いを付けていくか、これが我々が甘受しなければ宿命だろう。自動者事故で、毎年5千人死亡する。しかし、誰も自動車を禁止しようとは言わない。
科学的合理性をもって考えれば、昼夜の別なく必要なベース・ロード電力を原子力でまかない、その他は火力というのが合理的だ。その他エネルギーは、可能な限り促進するが、うまくいけばもっけもの程度の話だろう。間違っても、不確実な代替エネルギーの技術革新を前提に政策をたてるべきでない。

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