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イマを見つめて
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情けは人のためならず

2010年06月21日 08時30分00秒 | 学術・教育
「情けは人のためならず」という言葉が誤った意味で使わていれるとしばしば話題になる。
本来の意味は「他人に情けをかけておけば、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い」という意味だが、これを「他人に情けをかけるのは当人のためにならない」――簡単に言うと「甘やかせば人は駄目になる」という意味に誤解されているというはなし。
文化庁あたりが調べたところ、正しい意味よりも誤った意味で理解していた人数のほうが多かったそうだ。

だが、それも仕方ないと思う。
誰が考えた言葉(今では”諺”らしいが)か知らないが、そもそもこの言葉は良くない。ハッキリ言って、悪い(笑)。
どこが悪いかと言うと、大切な部分を言わずに、どうでも良い部分だけを言っているからである。
簡単な読解力テスト。
「イルカは魚ではない。イルカはほ乳類だ」
上の文章で筆者が述べたいことは何か?
それは「イルカは魚ではない」ではない。「イルカはほ乳類だ」の部分である。
イルカは魚ではないは単なる前フリであって、読者に伝えたいことはイルカはほ乳類だということ。

これと同じ事を「情けは人のためならず」の正しい意味で考えてみる。
すると、伝えるべきことは「情けは人のためならず」の部分ではない。その後に省略されている「他人への情けはやがて自分のためになる」という部分だ。
ならば最初から「他人への情けはやがて自分のためになる」と言ってしまえば良い。
これならば誤った意味に捉える人間は出ない。

つまり、そもそも「情けは人のためならず」なんて言葉は、諺の失敗作みたいなものだから、誤解されて意味が変わろうと、消えてしまおうと、どうでもいい。
一部には「他人への情けはやがて自分のためになる」なんてハッキリ言い切ってしまわずに、「情けは人のためならず」みたいに曖昧に伝えるところが「日本人の美徳」なんて考える方がおいでかもしれない。
でも、その結果、正しく伝わらなければ、何にもならない。
ハッキリ伝えないと、伝わらない鈍感くんも世の中には意外と多いらしい(笑)。


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