シニアのウエさんの旅日記

神社を軸に全国各地を歩いてます。

神社歴訪ー213.多賀大社(滋賀県多賀町)

2014-02-18 08:34:19 | 旅行
 2013年11月4日、近江八幡から彦根へ行って近江鉄道で多賀大社へ、駅を出ると小雨が降って寒い、それでも頑張って参道を歩く。近くまで来ると神社の森が見えて外周を堀が囲んでいる。正面の大鳥居から入る。大鳥居を潜ると石造りの太鼓橋がある、侵入禁止にはなっていないが、雨に濡れて滑りそうで誰も登らない。御神門から入ると広い境内の正面に立派な社殿。御祭神が「伊邪那岐・伊邪那美大神」である事から、「お伊勢参らば お多賀へまいれ お伊勢お多賀の子でござる」と昔から「親子詣り」で賑わったと言う。社殿は拝殿・神楽殿・幣殿・本殿からなり、左右に伸びた幣殿が目立つ。内部では七五三のご祈祷が行われていた。境内には能舞台や絵馬殿があり、菊花も飾られていた。帰りは「文化財の小径」の看板につれて歩いて行ったら、神輿庫・鐘楼が並び、最後は日向神社の前で西参道の鳥居から外に出た。帰りも歩いて多賀大社前駅へ。彦根に戻ったが寒いので早々に米原に行き新幹線で帰宅。




















神社歴訪ー212.日牟礼八幡宮(滋賀県近江八幡市)

2014-02-17 08:45:56 | 旅行
 2013年11月4日、休暇村近江八幡から近江八幡駅行きの路線バスに乗り、大杉町で降りると目の前に鳥居があった。その日牟礼八幡宮の鳥居を潜り橋を渡る、橋の下は八幡堀、川岸には由緒ありそうな建物が並んでいた。日牟礼八幡の参道には、和菓子の名店・たねや の本店があり古風な造りのお店の前には巨樹が聳えていた。たねや の先に日牟礼八幡宮の立派な楼門があった、中に入ると境内は広い。正面に拝殿、社務所の前にも菊花。拝殿に近づくと、正面にアンパンマン、いくら七五三とは言え、これではアンパンマンに拝礼する気分になってしまう。拝殿横の石段を登ると本殿の前に出られた。ここで改めて参拝。境内には能舞台や絵馬殿があるが、いずれも古色を帯びている。この神社の歴史は古く、藤原不比等が参拝し、詠んだ和歌に因んで比牟禮社となったと言う。参拝後はロープウェーに乗って八幡山に登る。




















神社歴訪ー211.長岡天満宮(京都府長岡京市)

2014-02-16 08:58:07 | 旅行
 2013年11月3日、孫の七五三を石清水八幡宮で済ませた後は長岡京で昼食、腹ごなしに長岡天満宮を歩く。有名なキリシマツツジの参道は花の時期以外は入れない、外側の道を歩く。キリシマツツジの参道は八条ヶ池を縦貫している。池の先には水の上に建てられた建物が並んでいるのが見える、これは筍料理で有名な錦水亭。参道は池を過ぎたところで左に曲がる、少し歩くとまた突き当り右に曲がる。曲がり角の先に錦水亭の小さな標識、入口の前まで行ってみたが、さりげない造り。高級料亭だから我家には敷居が高い。参道を曲がると、その先に石段、登って行くと境内に出て、正面に社殿が見えた。境内では手水舎の奥に神牛像、天神様には付き物。平安時代、菅原道真が亡くなられた後、祠を建てて道真自作の木像を安置したことが始まりとされるが、現在の本殿は昭和16年(1941年)に京都の平安神宮の社殿を拝領移築したもの。参詣後お庭を歩く、「紅葉庭園 錦景園」と名付けられているが紅葉は始まったばかり。この地は平安時代、菅原道真の所領であったとされ、道真が在原業平らと共に、しばしば遊んで詩歌管弦を楽しんだ所と言う。八条ヶ池に戻ると、池の中に遊歩道ができている、水上橋と言う。ここで孫たちと別れて近江八幡へ向かった。




















神社歴訪ー210.鳥越神社(東京)

2014-02-15 08:25:46 | 旅行
 2014年1月29日、江戸東京博物館の大浮世絵展を見ようと出かけたが、運動不足なので、浅草橋駅で降りて周辺を散歩しながら行った。最初に行ったのが鳥越神社、境内に入ると早くも節分祭の準備ができていた。この神社の例大祭に出る千貫神輿は都内最大級を誇る、江戸っ子の本場だけにお祭りは賑やからしい。鳥越神社は白雉2年(651年)日本武尊を祀って白鳥神社と称したのが始まりとされ、のち源義家がこの地を訪れ鳥越大明神と改めたとの事。神社の名を彫った石柱には文部大臣・鳩山一郎の名があった。ここからは蔵前橋を渡り両国へ向かった。




















神社歴訪ー209.三囲神社(東京)

2014-02-14 08:37:15 | 旅行
 2014年1月24日、春の陽気に誘われて隅田川七福神巡りに出かけた。福禄寿・寿老人・布袋尊・弁財天を済ませて恵比須・大黒は墨田公園の三囲神社(みめぐりじんじゃ)、この神社は弘法大師が創建したのがはじまりと伝えられているが、南北朝時代の頃、近江三井寺の僧がこの地を訪れた際、社地から壷を見つけ出し、その壷を開けてみると、中から白狐にまたがった御神体が現れたと同時に、さらにはどこからか白狐が現れ、その御神体の廻りを3度廻ったことに由来しています、との事。三囲神社は元禄年間になると江戸の大店・越後屋を営む三井家の守護社として信仰を集めるようになった。恵比寿神・大国(大黒)神の二神が祀られている内社殿は三井家が文久3年(1863)に造成した。本殿の前には狛犬と一緒にライオンが座っている、平成21年(2009)に閉店した三越池袋店のシンボル・ライオン像が奉納された。本殿の奥には珍しい三角の石鳥居がある、傍に「三井邸より移す。原型は京都太秦・木嶋神社にある」と書いてあった。ここからは最後の毘沙門天を目指してスカイツリー駅まで歩き、東武電車で堀切駅まで行った。