1967年(昭和42年)7月20日、青森客車区が青森操車場内から移転し、青森運転区となり、翌1968年(昭和43年)2月10日に青森運転所に改称しています。
昭和40年代後半の配線図です。
所謂車両基地のことで、機能上、運転区と運転所のはっきりとした区別の基準はなかったようですが、職員数が概ね600人以上を運転所としていたようです。
昭和40年代後半の配線図です。
所謂車両基地のことで、機能上、運転区と運転所のはっきりとした区別の基準はなかったようですが、職員数が概ね600人以上を運転所としていたようです。

2004年(平成16年)4月1日に青森車両センターに改称、その後2016年(平成28年)3月26日をもって盛岡車両センターに統合され、盛岡車両センター青森派出所となり車両配置はなくなっている。
車両配置がなくなり、使用されなくなった当センターの検修庫などの設備・人員を活用して、2017年(平成29年)4月1日よりJR東日本テクノロジー青森改造センターが開設され、首都圏の通勤形電車を中心とした改造業務を行っています。
車両配置がなくなった2016年(平成28年)8月の写真です。
廃車や改造を待つ車両が沢山留置されていました。
車両配置がなくなり、使用されなくなった当センターの検修庫などの設備・人員を活用して、2017年(平成29年)4月1日よりJR東日本テクノロジー青森改造センターが開設され、首都圏の通勤形電車を中心とした改造業務を行っています。
車両配置がなくなった2016年(平成28年)8月の写真です。
廃車や改造を待つ車両が沢山留置されていました。


※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます