循環型社会って何!

国の廃棄物政策やごみ処理新技術の危うさを考えるブログ-津川敬

煙る住之江・アセスの攻防

2008年05月14日 | 住民運動
 アセスの住民側意見書はたいていが七面倒くさい。時に業者側の文面より難解なことがある。それはインテリが書くからだ。たとえば次のような具合である。
「盆地内の空気の流れは複雑なので、風向・風速にしてもS消防署の計画値を焼却施設の建設予定地やそれぞれの影響予測地点にそのまま適用できない。よって気象を評価項目に入れ、単に風向・風速だけでなく、接地逆転層の出方などを予測地点の標高、地形に即して調査すべきである」。
「大気汚染常時監視移動局を設置し、環境科学センターの管理を予定されたい。測定項目は二酸化硫黄、一酸化炭素、二酸化窒素、一酸化窒素、光化学オキシダント、浮遊粒子状物質、非メタン炭化水素、メタン、気象(風向、風速、温度・湿度)等がホームページで測定データ(速報値)が見れるシステムとされたい」。
意見書は当の地域住民も読む。これではわざわざ住民を運動から遠ざけるようなものだ。
 ところが意見書などまったく書かず、事業者と行政側の痛いところを徹底的に洗い出し、そこをひたすら衝くことで溶融炉の建設計画を立ち往生させたケースがある。大阪の話である。

◆320トンの大型溶融炉
いまから2年前(2006年)の9月1日、大阪市住之江区北加賀屋の住民はひとつの新聞記事に仰天した。
 土佐堀川の支流・木津川をはさんで西側に大阪市大正区があり、対岸の東側が北加賀屋である。木津川はそのあたりで大きく湾曲し、大阪湾に流れ込む(地図参照)。
 新聞記事のあらましは大正区側に位置する株式会社中山製鋼所の子会社(中山エコメルト株式会社)が産廃溶融炉(具体的には新日鉄のシャフト炉)を設置し、シュレッダーダストや医療廃棄物などを処理。事業者が提出したアセス準備書の縦覧期間は1ヶ月間、というものであった。ちなみにシャフト炉の大きさは320トン(160トン2基)であり、計画では2007年着工、09年に完工となっている。
中山エコメルトは2004年3月に設立され、資本金1,000万円を全額中山製鋼所が出資した典型的な子会社である。同年10月1日、同社は環境影響評価(アセス)方法書を大阪市に提出済みであった。

◆海からの西風
 方法書は事業者が文献収集、聴き取りなどを行い、調査・予測・評価項目をとりまとめる文書だが、その公告、縦覧は官報や県(政令市)の広報誌等に載せれば十分であり、説明会を開く必要もない。したがってアセス準備書、つまり「調査・予測・評価結果を取りまとめた文書」が正式に提出される06年9月までの2年間、関係住民は溶融炉建設をまったく知らなかったのである。住民が新聞記事でビックリしたのは無理もない。
溶融炉の建設予定と北加賀屋とは約500メートルの距離しかなく、常に大阪湾からの西風が吹く。つまり北加賀屋地区は多年にわたり中山製鋼所のばい煙に晒されてきたということであり、今度はそこに子会社が産廃を焼く煙を出すという。果然住民の怒りは高まり、とりわけ頭にきたのは北加賀屋連合町会長の大木保宏氏であった。

◆連合町会ペースの説明会
 アセス準備書が大阪市に提出されれば、その縦覧と説明会が義務づけられる。しかし大木氏は「事業者の一方的な説明会」を拒否。連合町会としてボイコットを決めた。傘下町会数は10であるが、大木氏の方針に賛同する他の連合町会が6つあった。ちなみに大木氏は古くから地元で自動車修理工場を経営している。
 次の行政側スケジュールは公聴会だ。しかし地元から5人陳述人を出し、時間は1人5分だという。大木氏はこれにも抗議、交渉の末15分まで認めさせた。むろん公聴会はアセス手続き上の通過儀礼に過ぎないが、1人5分はないだろうと大木氏はいう。
 連合町会が主宰する形の説明会は06年9月の末日に行なわれた。場所も地域公民館で、当日、中山エコメルト側から責任者が3人、市側からも幹部職員数人が参加した。
「アセス準備書の中身についてぜひご理解願いたい」と中山側は終始低姿勢だった。迎える住民側は町会役員に加え、地元選出の市会議員3人も同席。この日、連合町会ペースの説明会は8時間にも及んだ。

◆準備書の嘘
 大木氏らはアセス準備書の個別事項について一つ一つ説明を求めたが、最終的に次の3項に焦点を絞った。
 ①予定地と煤煙が及ぶ範囲のバックグラウンド調査の詳細
 ②プラント(溶融炉)の安全性・信頼性
 ③この事業は経済的にペイするのか
 以下、この日の“団体交渉”を振り返って大木氏は次のように話す。
「何しろ準備書には『この事業を行なうに当って十分に検討した結果、安全性は確認された』とありました。これ本当か、と追及したら『設置するプラントは北九州で実証試験をやったから間違いない』というんですわ。そこで私は『それが事実なら実証試験をやったときのナマのデータを出してもらいたい。そうすれば準備書に書いてあることとの違いがわかる』といったら同席していた大阪市の部長は『出張旅費が出ない』とか訳がわからんこというもんですから『あ、そうでっか』といってその話はいったん打ち切りました」。
 後日、大木氏は新日鉄に電話をかけ「事業者がそう説明したがあんたとこは実証試験やったのか」といったら新日鉄からは次のような答えが返ってきた。「うちは確かにシャフト炉を開発してますが、中山エコメルトさんが導入するからといってそのための実証試験をやったわけではありません」。
 大木氏が続ける。

◆公文書偽造や!
「そこで中山の取締役呼びつけて『新日鉄はこういうてるがどうなっとるんや』いうたら、今度は『コークス入れてごみ燃やしたとき、どれぐらい(の量で)燃えるものかを聞いたんです』というから『それでもいいからそのデータを出せ』いうたらそれも出ない。そこでさらに追及したら中山側も困って『我々は正式に新日鉄と契約したわけじゃないからデータは取れない』という。つまり準備書には嘘を書いたんですな」。
 鉾先は市の環境事業局にも向けられた。「環境アセス準備書いうものは出したら公文書や。それならここに記述してあることと実際が違っていたらどうなる。公文書偽造にもなりかねない。それでも行政はハンコ捺すのか」。これに対し局の方は「まだ許可申請が出ていないからそれについて(中山エコメルト側に)聞けない。出たら聞きます」という。
 これでは埒があかん、ということで大木氏は市議会に急きょ要望書を出すことにした。
 
◆地元議員団を巻き込む
 地元が市議会に要望書などを出す場合、当番議員(会派)というものがあり、文書はそこへ届けるのが慣例だった。しかし大木氏はそれを避け、会派全員を対象とした。ひとつの会派だと握り潰されるおそれがあるだけでなく、「抜け駆け」といって事業者と行政の間に入り、「我々でうまく地元を説得する」などと立ち回るケースも少なくないという。
ちなみに地元選出の市議会議員は共産党を除いて自民、公明はむろん、民主党までが与党だった。
 そこで大木氏は関係議員一人ひとりと個別に会い、「説明会で糾した先の3点が確認されない限り、地元は建設に絶対反対」の意思を明らかにした。
住之江区には古くから「地域整備懇話会」というものがある。構成は4人の地元市議と2人の府議会議員それに住江区長が座長として加わっていた。
 大木氏がいう。「問題が起きるたび住之江区長に『この問題で懇話会開いてほしい』いうて、中山エコメルト問題ではこれまで2回開かせました。その結果、区長は『わたしどももしっかり対応します』と答えてくれたのです」。

◆具体的な意見と個別の要求
 以下、地元6つの町会連合会と傘下町会および地域の社会福祉協議会やPTAなどが連名で「住之江区選出府議会議員、大阪市市会議員当てに陳情書」を昨年(07年)12月に提出した。それは議員団に、というより中山側に対する示威行為でもあった。
《疑問点:①事業者は法令・条例などを遵守し、産業廃棄物の処理および保管基準などに違反していない業者で資本金2億円以上の事業者としか契約しないと説明したが間違いはないか、②プラントの建設説明で20トン炉で実証試験を行なったとの説明があり、その時のデータを求めると、『まだメーカーと契約していないのでデータ等は教えてもらえなかった』と回答。20トン炉での実証試験をしたとの虚偽説明と環境影響評価書への虚偽記載といわねばならない、③建設地の汚染土はすべて除去すると現地説明会で約束したがそれは守れるのか、④アスベストが万一搬入された時でも焼却実証試験をやって問題はなかったと説明したが、データ提出を求めると他社のデータを無断で引用したと証言、⑤事業者は経済問題について説明を明確にすること。シュレッダーダストが何トン、建設廃材が何トン、その他何トンを処理するのか、そしてそれぞれの単価はいくらなのか。その内容が示されないと利益の出ない事業では安全操業は守れない、⑥バックグラウンドアセスメント(二酸化窒素)に関して建設地横の大運橋交差点で昼間の値が基準値をオーバーしている時間が非常に多い。この上新たに排出汚染物が複合すると安全は守れない、⑦煙突の高さは安全を優先して100メートル以上とすること》。 

◆資金は別の投資に
大木氏がいう。
「そんなことがあって、中山側はボヤイているそうです。あんたがた、つまり懇話会や町会がヤイノヤイノいうから計画が遅れた。建設資金を寝かせておくのがもったいないので鉄道関係の方にそれを廻したというんで、それほどいい加減な会社なんや。それじゃダメだということで地元の市会議員には『こんなズサンな計画をもし認めるなら何のための住之江区の議員か』といっておきました。もともとこの計画は、私たちが黙っておったら大阪市と事業者の間でシャンシャンと手え打って許可を下ろしてしまったケースやった」。
 スケジュールどおりなら去年には着工、いまごろはプラント建設の真っ最中だったのである。
 全国どこでも議員というものはすぐに「足して2で割ろう」とする。住民と業者双方にいい顔しようというわけだ。それをさせないため大木氏は議員の顔を住民の側に向けさせた。
「政党間の調整には苦労させられます。なにしろ自民や公明だけに要望を出すと共産がヘソを曲げる。共産が与党とケンカしてもろうてもこの話(プラント建設反対運動)はおジャンになる。そんなわけで共産に対しては『必ず与党と相談していっしょに反対してくれ』といって、そうでないと今度選挙があったら先生方の顔写真を電柱に張り出しますよ、と釘を刺しながら、与党にも足並み揃えてくれるよう頼んでおきました」。
 
◆手続きアセスに乗らない
 中山エコメルト側は今年中に結論を出すというが、まず経営面からもこの計画は無理だと大木氏はいう。だいいち資本金2億円以上の排出事業者しか相手にしないというが、この関西でそんな企業はない。じゃどこから産廃を持ってくるのか。シュレッダーダストにしてもトン当たりの単価を6,400円と弾いているが、専門家にいわせれば「中山エコメルトさんのいう単価ではぜったいにペイしない。あとはトヨタ、日産などのメーカーがどれだけ面倒見るかだが、クルマが落ち目になったら自動車リサイクル自体が成り立たない」のだそうである。
 プラント建設をめぐる攻防がどうなるか、最後まで予断は許さないものの、手続きとしての環境アセスメントに最後まで乗らなかった大木氏らの戦術は確実に功を奏しつつあるようだ。

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