酒と鉄道の日々

大好きな酒と趣味の鉄道の話題を絡め、時評・四方山話に酔うコーナー。

明日は敗戦記念日

2006-08-14 06:16:10 | Weblog
 明日15日は敗戦記念日。

 先の大戦への思いが、各自の胸に去来する日でもある。

 なによりも、310万人という同胞の死。2,000万人とも言われるアジア諸国民の死。これらが、ことごとく、戦禍の犠牲になったのだ、というところからスタートすべきだろう。

 天皇の名のもとに、家族を捨て、自らの夢をあきらめ、ある日突然、「自我」を意識できなくなってしまう「従軍」「戦争」。外国人だからと言うだけでこれを殺戮し、逆に襲われるという恐怖。二度と再び、あんな体験はイヤだ! ここからスタートしよう。イヤなものはイヤなのだ。

 英霊を祀るとかいわれる靖国神社問題がかまびすしいが、この際、明確にしておこう。

 先の戦争は、
 ①「国際外交」に無知だった日本軍部による、資源略奪を目的とした、明確な侵  略戦争だった。
 ②戦争責任は、時の昭和天皇に、明確に在る。極東裁判でその裁きが実現されなかったことが、この国の戦争の総括が為しえなかった原因の一つになっていることは疑いない。その「罪と罰」を、今からでも、国民として処置すべきである。そのための、憲法改正なら支持すべきだ。
 ③靖国神社は神道を奉ずる宗教法人であり、基本的には「皇国史観」に基づく活動を実践している。したがって、戦争犯罪人が分祀されようとも、公私を問わず、首相等が参拝することは、政教分離を定めた憲法に抵触することは明白である。

 戦後61年たった今なお、あの戦争は正しかったとか、アジア諸国を開放するための聖戦だった、などと嘯く輩がいる。「非」を「非」と認め、革むることに躊躇しない、これが自らの責任で被害を及ぼしたアジア諸国民への、せめてもの償いの姿勢であろう。
 
 物知り顔で「外国では戦争は外交の一手段として捉え」などとほざくヤツがいるが、なら、あんたは、そんな国に移住して、どうぞ、戦争に出かけていらっしゃい。ダレも止めやしませんから。


 天皇の処分とあわせ、「戦争は二度とごめんだ」という思いは永久になくしてはならない。

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