利根輪太郎は自身に腹を立てていた。
「先生」と食堂の酒飲み仲間から呼ばれている画家の御崎孝之助の誘いから避けていた食堂へ足を向けた。
輪太郎は勝負師としての姿を、知人である食堂の主人や手伝いの人に見せたくなかったので、その食堂を避け、隣の食堂を利用していた。
輪太郎を知っている店の主人は、多くの客の手前、輪太郎を無視する。
それは、暗黙の了解のようなものであっただろうか。
輪太郎には「見えない部分がある」と友人の一人が意味じくも指摘したが、勝負師としての輪太郎は生真面目で、平凡な地域の住民であることを貫き通してきたつもりであった。
輪太郎の裏側の姿を知っている人間が全て、この世にはいない。
100万円、200万円をバックに忍ばせて、全国の競輪を行脚したのは、輪太郎がリストラ退社を余議なくされた55歳の年であった。
当時、55のぞろ目を買い続けていた。
さらに、4、6、8の車番であった。
それが的中すれば、札束に替わったのである。
仕事では接待慣れしていた輪太郎であったが、金の力で銀座、赤坂、六本木、新宿、池袋などのクラブで豪遊していた。
ホステスには1万円のチップをはずむ。
1万円札が、千円の感覚になる。
伝説の勝負師であった亡き東剛志の後継者を任じていたのだ。
数百万円、時には一千万円を超える金を競馬で払い戻していた東剛志の姿には及ばなかったが、輪太郎は100万円を超える払戻場に立つ快感、競輪仲間の羨望を追い求めていた。
そして、1万円札を競輪仲間に配るのである。
最高、一人に10万円を渡した。
その競輪ファンの一言が、勝利を招いたのだ。
「このレース、本命は無いよ」と指摘する。
そこで再考して、別線に切り替えて、270万円を超える金を手にしたのだ。
全ては過去の思い出に過ぎない。
輪太郎は、この日、食堂で出会った人に、不本意にも「このレースは2-9で決まりだね」と断言した。
「それなら、自分で買えばいい」と相手は不敵な笑みを浮かべた。
輪太郎は酒を飲み続けており、この日の後半のレースはテレビ観戦のつもりであったのだ。
だが、「口出した以上、2-9を買うべき」と競輪場へ戻る。
そして、2-9の2車単を10万円。
「もしも」を考えて、2から4、6、8を5000円買う。
更に2-3の2人気の車券を3万円押さえた。
だが、2-9は皮肉にも8番手に置かれ、5-1の別線のラインで決着する。
「本命では、勝負しない」輪太郎は自らの意思に反しのだった。
「山崎芳仁(福島)は絶対買わないな」画家の御崎は言う。
前日、勝負どころで失敗した山崎選手は、再度失敗したのだ。
ファンの期待を裏切った選手の奮起に期待した輪太郎はの「思い入れ」に甘さがったのだ。
輪太郎は「自分に敗れた、ばかりか他人の金銭的損失を招いた」ことに、腹を立てていた。
東剛志は天国で「輪ちゃん、甘いな」と笑っているだろう。
「先生」と食堂の酒飲み仲間から呼ばれている画家の御崎孝之助の誘いから避けていた食堂へ足を向けた。
輪太郎は勝負師としての姿を、知人である食堂の主人や手伝いの人に見せたくなかったので、その食堂を避け、隣の食堂を利用していた。
輪太郎を知っている店の主人は、多くの客の手前、輪太郎を無視する。
それは、暗黙の了解のようなものであっただろうか。
輪太郎には「見えない部分がある」と友人の一人が意味じくも指摘したが、勝負師としての輪太郎は生真面目で、平凡な地域の住民であることを貫き通してきたつもりであった。
輪太郎の裏側の姿を知っている人間が全て、この世にはいない。
100万円、200万円をバックに忍ばせて、全国の競輪を行脚したのは、輪太郎がリストラ退社を余議なくされた55歳の年であった。
当時、55のぞろ目を買い続けていた。
さらに、4、6、8の車番であった。
それが的中すれば、札束に替わったのである。
仕事では接待慣れしていた輪太郎であったが、金の力で銀座、赤坂、六本木、新宿、池袋などのクラブで豪遊していた。
ホステスには1万円のチップをはずむ。
1万円札が、千円の感覚になる。
伝説の勝負師であった亡き東剛志の後継者を任じていたのだ。
数百万円、時には一千万円を超える金を競馬で払い戻していた東剛志の姿には及ばなかったが、輪太郎は100万円を超える払戻場に立つ快感、競輪仲間の羨望を追い求めていた。
そして、1万円札を競輪仲間に配るのである。
最高、一人に10万円を渡した。
その競輪ファンの一言が、勝利を招いたのだ。
「このレース、本命は無いよ」と指摘する。
そこで再考して、別線に切り替えて、270万円を超える金を手にしたのだ。
全ては過去の思い出に過ぎない。
輪太郎は、この日、食堂で出会った人に、不本意にも「このレースは2-9で決まりだね」と断言した。
「それなら、自分で買えばいい」と相手は不敵な笑みを浮かべた。
輪太郎は酒を飲み続けており、この日の後半のレースはテレビ観戦のつもりであったのだ。
だが、「口出した以上、2-9を買うべき」と競輪場へ戻る。
そして、2-9の2車単を10万円。
「もしも」を考えて、2から4、6、8を5000円買う。
更に2-3の2人気の車券を3万円押さえた。
だが、2-9は皮肉にも8番手に置かれ、5-1の別線のラインで決着する。
「本命では、勝負しない」輪太郎は自らの意思に反しのだった。
「山崎芳仁(福島)は絶対買わないな」画家の御崎は言う。
前日、勝負どころで失敗した山崎選手は、再度失敗したのだ。
ファンの期待を裏切った選手の奮起に期待した輪太郎はの「思い入れ」に甘さがったのだ。
輪太郎は「自分に敗れた、ばかりか他人の金銭的損失を招いた」ことに、腹を立てていた。
東剛志は天国で「輪ちゃん、甘いな」と笑っているだろう。