利根輪太郎の競輪人間学 失敗の繰り返し

2022年12月08日 12時28分00秒 | 未来予測研究会の掲示板

あの時に、「ああすれば、良かったのに」と利根輪太郎は悔いるばかりであった。

それらは、多くの競輪ファンたちに共通する悔いなのである。

 FⅠ 大宮競輪 サンケイスポーツ杯

最終日(12月7日)

3レース

並び予想 7-3-6 1-5 2-4

レース評

木村−平山は同期でタテとタテの連係。器用さある平山が番手有利に白星締め。東京コンビは何でもありの自在戦で活路を開く

1番人気 4-2(4.2倍)

2-4 2-1を買うが、まだ、3レースなので200円しか買わなかった。

2万円を所持していたのに、あまりのも消極的だった。

最低でも500円、仕事が現役のころなら、1000円は買っただろう。

ケチがついたように、皮肉にも、その後は、車券をことごとく外し続けたのだ。

勝負の分かれ目というべきか・・・

結果

2-1 2,350円(9番人気)

2-1-4 6,190円(21番人気)




選手名 着差 上り 決ま
り手
S

B
勝敗因
1 2 木村 佑来   14.4    
× 2 1 古川 宗行 1/4車輪 14.6    
3 4 平山 優太 3/4車身 14.4   S  
4 7 深瀬 泰我 1/4車輪 15.0   B  
5 3 平田 徹 1/2車身 14.9      
6 5 西村 行貴 3/4車輪 14.5      
  7 6 鈴木 広人 1車身1/2 15.0

 4レース

5-1で勝負

結果

1-5 720円(3番人気)

1-5-4 3,690円(10番人気)

5レース

並び予想 4-1-5 3-2-6

レース評

2日目の佐藤は展開負けだ。持ち味のダッシュ力を発揮して勝ち切る。南関勢がマークの手を挙げた。岸沢も必ず見せ場を作る

1番人気 3-2 (3・2倍)

3-2 3-4で勝負

結果

6-3 7,830円(18番人気)

6-3-4 4万7,050円(85番人気)




選手名 着差 上り 決ま
り手
S

B
勝敗因
1 6 岡本 英之   14.6    
2 3 佐藤 博紀 1/2車輪 14.8 B  
× 3 4 岸澤 賢太 1/2車身 14.5      
4 2 大西 健士 1/2車身 14.8      
5 1 長井 妙樹 3/4車輪 14.5   S  
5 田村 真広

6レース

1-4 350円(1番人気)

1-4-3 560円(1番人気)

7レース

5-4 1,350円(4番人気)

5-4-7 17,190円(73番人気)

8レース

6-5 3,930円(17番人気)

6-5-2 6,850円(23番人気)

9レース

3-5 6,150円(21番人気)

3-5-2 1万9,620円(67番人気)

車券を外し続けたので、酒を飲みに競輪場の外へ出た。

10レース

車券を外し続けたので、酒を飲みに競輪場の外へ出た。

そして、ツキに見放された大宮競輪はやめる。

 

FⅠ 和歌山競輪  WTVテレビ和歌山杯

初日11レース(12月7日)

並び予想 4-2-5 3(自在) 6-1 7(単騎)

レース評

売出し中の犬伏に人気は集中。三宅が番手で中四国ワンツーが高い支持を集めるが、勝負強い上野と田中は何でもやってくる。

4-2(1.4倍)

 

一番人気は、買わないが信条の輪太郎であったが、我孫子の勝負師に「4-2で仕方ないレース?」と意見を求めた。
「そうだな、4-2か2-4だな」と勝負師。
だが、本人は最終レースの車券しか買わないのだ。
出目作戦では本命の隣りの4-3も示唆するが、4-2-3 2-4-3の3連単で勝負する。
結果は
 
3-4 7,430円(9番人気)
 
3-4-2 1万9,080円(34番人気)
 



選手名 着差 上り 決ま
り手
S

B
勝敗因
1 3 上野 優太   12.2   追上げ差す
2 4 犬伏 湧也 1車身 12.4 B 強引逃げる
3 2 三宅 達也 3/4車輪 12.2     外し立直し
× 4 7 田中 誠 1車身 11.8     反応遅れて
  5 5 守谷 陽介 8車身 12.4     一杯で後退
6 1 小川 将人 大差 13.7   S 目標叩かれ
7 6 伊藤 成紀 大差 15.0     犬伏力負け

 


心に太陽を持て―山本有三

2022年12月08日 12時00分09秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

▽日々の生活は慌ただしい。

何やかやと目まぐるしく課題に追われ、振り回せるのが、現実の日常だ。

年齢につれ、老いや悩みにも切実に直面する。

▽希望がないように見えても、太陽は毎朝必ず昇る。

雨が降ろうが雪が降ろうが、雲を突き抜ければ、そこに悠然と輝き渡っている。

何があっても変わらない太陽の存在は、人間生命にも宿っているはずだ。

心に太陽を持て―山本有三

人間はどう生きるべきかを、やさしく問いかけ、爽やかな感動を与える世界の逸話集。

電磁誘導の法則を発見した大科学者ファラデーの少年時代を語る「製本屋の小僧さん」、自分自身がお金に困りながらも、貧しい人、不幸な人のために一生を捧げた働きものの洗濯女の話「キティの一生」。

ほかに、自然とたたかって有史以来の大事業をなし遂げた人の物語や、動物の話など21編を収録。

 

題のごとく、世界の”心に太陽を持った人たち”の人間の限界を超えた科学の挑戦が書かれている。
パナマ運河の工事の話や、ワクチンの発見の話、
誰も手を貸さない中、パリで倒れて動けなくなった馬を起こし、無言で立ち去った名も無い日本人の話などが、書かれている。
 当時、軍国主義に突き進む日本人の青年たちに、 
本当に世界と人類を救うのは軍事力でなく、人々の共同と知力なのだと・・・
そして自国だけでなく世界を知ることだと・・・
 この本を編集する著者は自身、盲目の危機の中で言いたかったのだろう。
当時はメディアが本しかなく政府も統制できた・・・しかし今はインターネットもあるし国家もそう簡単に国民を扇動できまい。
 著者が取り上げた人類の科学的挑戦の物語の新しい版はディスカバリーチャンネルなどで見れる。
今は何もかもが白日の下に晒され、何が真実で何が不真実か判断しにくくなったが、
それを判断するのはやはり心の中の太陽なのだろう。

 

戦前戦後を生きた著者が、未来ある青少年に向けて残した短編作品集。
丁寧な言葉で語られるストーリーは、お節介ではなく、人への心遣いとは何か?人の生き方とは?を世界様々な物語を通して
童話のように語られる。
本著を読み終わる頃には人の生き方を俯瞰してみることもでき、清々とした気持ちになる。
自虐史観や何かと批判めいたニュースの多い昨今は怒りを産むだけで何の教訓にもならず、言葉の粗雑さが憎悪を生むのだと、
逆に気づく事ができた。
流行りの吉野源三郎著「君たちはどう生きるか?」よりも、本著を読むことによって
自分らしく、強くいきていく事とはをあらためて自分に省みる事ができた。

その時代らしい言葉遣いや、現代では差別用語とされている言葉があり、青少年向けということもあって
読みづらさはあるものの、ぜひ現代でも語り継いでいきたいと思わせる作品。大人も子供も。

 

大人が読んでもとても励まされる内容です。ときどき読み返すことが出来るように 手元にいつも置いておきたい本です。

ファラデーの法則のファラデーの生い立ちに関して、また 画家のミレーに関して・・・心に残るお話が詰まっています。

無名ではありますが キティという女性のお話も感銘を受けました。

そのような慈悲深い人になりたいと思った次第です。古い本でありながら 今もなお輝き続ける内容かと思います。

 

 

 


新たな人との出会いや挑戦の機会を大事にする

2022年12月08日 11時32分58秒 | 新聞を読もう

▽粘り強さだけが目標達成への道だ―詩人・シラー

▽新しい出会いを求め、近隣・地域・職場など、足元から信頼と友好の輪を大きく広げる。

▽地域の行事や活動にも積極的に携わり、献身の行動で信頼を広げる。

▽一人を大切にするとは、その人のために、勇んで行動することだ。

まず、直接会うことだ。

▽触発のある人間関係を。

触発される」・・・物や人に影響されて、感情・衝動・意欲を起こすこと。

「感化される」・・・影響を受けていつの間にか自分の心が変わっていること。

▽希薄な人間関係の悩みに直面し、孤独感や寂しさを抱えている人が少なくない今日の社会。

励まし合いの場が必要だ。

▽新たな人との出会いや挑戦の機会を大事にする。

▽誰もがつながりを求めている。

 

 

 


文鮮明語録―日本国内にある預貯金は(韓国内の)皆さんのもの

2022年12月08日 11時14分23秒 | 事件・事故

岸(信介)首相は霊界に行っていますが(亡くなっているの意)、その次に福田(赳夫)首相です。福田は、私が首相にさせたのです。中曽根(康弘)も私が首相にしたんです〉(98年6月10日/294巻)

文氏が日本の政界に食い込んでいく原点は、統一教会が日本で宗教法人の認可を受けた64年に遡る。

同年11月、教団は本部教会を世田谷区下北沢から渋谷区南平台に移転。

その場所こそ、安倍晋三元首相の祖父・岸信介氏の私邸の隣。57年から60年の岸内閣時代に首相公邸として使われた建物でもあった。

統一教会と岸氏の間を取り持ったとされるのが、戦前に右翼政治家として活動した日本船舶振興会会長の笹川良一氏。2人はA級戦犯の容疑者として収監され、親密な関係を築いていた。  68年、文氏は日本と韓国で反共産主義の政治団体「国際勝共連合」を結成。

日本の名誉会長に就任したのが笹川氏だった。

「笹川君が統一教会に共鳴してこの運動の強化を念願して、私に、君の隣りにこういう者が来ているんだけれども、あれは私が陰ながら発展を期待している純真な青年の諸君で……」  

文氏はこう明かしている。

日本の次期首相は岸氏の娘婿である晋太郎氏だと信じていた

1998年3月、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の創始者、文鮮明(ムン・ソンミョン)氏(2012年に死去)が韓国内で信者に向けて行った説教の中で、日本国内の預貯金は「皆さんのためのもの」と語っていた。

カルトの問題は、金銭レベルにとどまらない。

児童虐待や親の根ぐレスト、子どもの信教の自由の剥奪、家庭を崩壊するところに、本質の問題がある。

 

 


リアリティー番組40人自殺

2022年12月08日 10時41分46秒 | 新聞を読もう

世界で約40人のリアリティショー出演者が自殺。

ネットの誹謗中傷がひどかった

5月23日、22歳という若さで亡くなった女子プロレスラーの木村花さん。
人気リアリティショー『テラスハウス』への出演がきっかけで、ネット上で誹謗中傷を受けるようになり、心無い言葉の数々が彼女を追い詰めたのではないかといわれています。
花さんの死は、欧米メディアでも数多く報じられました。
それだけ『テラスハウス』の海外人気が高かったこともありますが、同時に“ネットリンチ問題”がどの国でも深刻化していることを表しています。
 
全世界で約40人のリアリティショー出演者が自殺、英番組では3人も
 
花さんの死を受けて、『ザ・ガーディアン The Guardian』(5月27日)はリアリティショーのあり方について言及しています。
 同誌によると、イギリスで今も放映されている恋愛リアリティショー『ラブ アイランド LOVE ISLAND』の出演者はこれまでに3人も自殺しているそう。  
2016年に同番組に出演していた元ミス・イギリスのソフィー・グラドン(当時32歳)が、2018年にネット上の誹謗中傷を苦に自殺。
その第一発見者だった彼女の恋人も、後追い自殺をしています。
 2019年3月、元サッカー選手で、2017年に番組に出演していたマイク・タラシス(当時26歳)が、自宅近くの林で首をつって自殺。
番組製作者による出演者のアフターケア体制がなっていない、と批判が集まりました。
 
さらに、同番組では今年に入ってからも、司会を務めていたキャロライン・フラック(当時40)が自殺。
彼女の死は、恋人への暴行疑惑に関するメディアの執拗なバッシングが原因だといわれています。
自殺した当時、彼女はすでにスキャンダルを原因に番組を降板させられていました。  
2019年3月24日の『メトロ METRO』UK版は、これまでにリアリティショーに出演して自殺したスターは38人いると発表していました。
たった1年で増えてしまうとはやるせない気持ちです。
 

自死した木村花さんの母がフジテレビなど提訴 

リアルを宣伝、誹謗中傷の対策取らず、出演者への配慮怠る

2022年12月6日
 
「リアリティー番組」は実際は演出や編集が存在するものの、出演者の言動がリアルに受け止められ、大量の批判や中傷の対象となりかねない特性があると指摘。
出演の途中でリタイアを禁止する。
これに反して番組配信が中止となった場合、無条件で賠償責任を負うーとの誓約書を交わしていた。
これが強い拘束力で主演者の自由意志を奪ったのだろう。花さんは、2019年12月からリタイアを希望していたのに、これが認められず、中傷を受けた後はリストカットするなどうつ病の症状が出ていた。
だが、フジ側は適切なケアを怠り、配信や放送の継続を優先する。
 
「フジテレビなどはリアルであることを積極的に宣伝してきた」と主張、花さんが深刻な誹謗中傷にさらされるリスクを恒常的に生み出した一方で対策を取らず、心理的負担をケアする体制もなかったとして、安全配慮義務違反があったとした。

ナチス・ドイツ

2022年12月08日 10時26分39秒 | 社会・文化・政治・経済

「ナチス」とは、ご存じの方も多いとは思いますが、ドイツの政党であり、「ナチ党」とも呼ばれます。

日本語
での正式名称は「国民社会主義ドイツ労働者党」です。
その基本的な思想は、優生学的思想に基づくドイツ民族による共同体の形成――彼らはアーリア人と呼んでい
ますが、ドイツ民族が至上であるとの考え方で、反ユダヤ主義と反共産主義が特徴です。また、指導者への忠誠・服従を優先する指導者原理が根幹思想にあります。
次に、ナチ党が出てきた背景について。

1914年に
オーストリアの皇太子フランツ・フェルディナントが暗殺されるというサラエボ事件が起きました。

これを契機に第一次世界大戦が勃発しましたが、ドイツ帝国を中心とした同盟国側が敗戦。

この戦争でドイツの帝政は崩壊し、1919年、市民層を中心とした共和制のワイマール共和国が誕生しました。
この敗戦によって、半ば強制的にベルサイユ講和条約が結ばれたことで、ドイツは周りの国から領土を奪われ、帝国領にして13%の領地と700万人もの人口を失いました。

1910年の資料によると、当時ドイツの人口は約6,500万人だったそうなので、かなりの数の住民を減らされてしまったということになります。

また、ドイツは戦争を引き起こした咎を受けて軍備を制限されたうえ、賠償金として当時の金額で1,320億金マルク、現在の日本円に換算すると約236兆円を請求されました。

ナチス・ドイツNazi-DeutschlandNS-DeutschlandNazi Germany)は、国家社会主義ドイツ労働者党ナチ党)が政権下の、1933年から1945年までのドイツ国通称である。

社会のほぼ全ての側面においてナチズムの考え方が強制される全体主義国家と化した。

1939年9月1日ポーランド侵攻が英仏の宣戦を招き、第二次世界大戦を引き起こした。

一時的に欧州のほぼ全土を支配下に置いたものの次第に戦況は悪化し、1943年の後半には完全な劣勢に立たされるようになった。

1945年に行われた赤軍によるベルリンの戦いを前にヒトラーが自殺した。

その後、ヒトラーの遺言によりカール・デーニッツ大統領となった。

そして、暫定政権としてフレンスブルク政府が短期間存在した。

その後、1945年5月7日連合国軍に敗北。

中央政府の不在が宣言され、解体されて滅亡した。

概要

1933年1月30日、ヴァイマル共和政パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領により、ヒトラーはドイツ国首相に任命された。

まもなく大統領令と全権委任法によって憲法を事実上停止した上に、社会民主党強制解散法などの対立政党の禁止や長いナイフの夜による突撃隊粛清などにより政治的敵対勢力を全て抹殺し、ヒトラーを中心とする独裁体制を強固にした。

一方で、政府は組織的かつ協力的な組織ではなく、ヒトラーの情実および権力を求めて闘争を行う党派の集合体であった。

1934年8月2日のヒンデンブルク死後、ヒトラーは首相府および大統領府並びに両権限を統合した上に個人として国家元首の権能を吸収し、名実ともにドイツの独裁者及び指導者になった

国家元首となったヒトラーの地位は日本語で総統と呼ばれる。世界恐慌の影響でドイツ経済はどん底となり、大量の失業者があふれていたが、多額の軍事支出を始めとする公共投資により、重工業を中心とする産業が伸長し、1935年にはほぼ完全雇用を達成した(ナチス・ドイツの経済)。

人種主義、特に反ユダヤ主義は、同政権の中心的特徴であった。

ゲルマン人北方人種)は、最も純粋なアーリア人種ひいては支配人種英語版だと考えられた。

自由主義者、社会主義者、共産主義者は、殺害、投獄又は国外追放された。

キリスト教会もまた多くの指導者が投獄され、抑圧された。教育は人種主義見地により、人口政策、健康に重点が置かれた。

女性の就業及び教育機会は奪われた。娯楽および旅行は歓喜力行団のプログラムにより組織化された。

宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッベルスは世論操作のため、映画、大規模集会、マスコミ業界、をヒトラーの洗脳演説を有効活用した。

政府は芸術的表現を統制し、特定の芸術形式を奨励し、それ以外は頽廃芸術として禁止又は抑圧した。

1936年夏季オリンピックにより国際舞台で、ドイツがナチ党の唱える理想国家である「第三帝国」であると自慢された。

ナチス・ドイツは次第に積極的な領土要求を行い、要求が満たされなければ戦争を行うと脅迫した。

1938年にはオーストリアを、翌年1939年にはチェコスロバキアを占拠した。

ヒトラーはヨシフ・スターリン条約を結び、東方の安全を確保したことにより1939年9月にポーランドに侵攻し、ヨーロッパにおける第二次世界大戦が勃発した。

イタリア王国および東欧諸国と同盟を結び(枢軸国)、1940年までにドイツはヨーロッパの大部分を制圧し(ドイツによるヨーロッパ占領)、イギリス及び米国を脅かした。

1941年のソビエト連邦へのドイツの侵攻開始後、ドイツとソ連は壮絶な独ソ戦の死闘を繰り広げた。東部占領地域は残忍な勢力下に置かれ、ヒトラーの統治に対するパルチザンは情け容赦なく抑圧された。

この戦いの最中、ナチス・ドイツ政権の人種政策は、何百万ものユダヤ人および好ましくないと見なされた「生きるに値しない命」を強制収容所および絶滅収容所へ投獄、殺害したホロコーストにおいて頂点に達した。

1943年にドイツは大規模な軍事的敗北を被った。

1944年にはドイツへの大規模な爆撃が段階的に増大したことと、連合国軍の反攻によりドイツの勢力圏は縮小の一途をたどった。

6月のフランスへの連合国の侵攻後、ドイツは完全に守勢に回り、領土も次第に制圧された。

終戦間際でのヒトラーの敗北への拒絶は、ドイツ国土の大規模な破壊と、さらなる犠牲を産むことになった(ネロ指令)。

ベルリン攻防戦が行われる最中の1945年4月30日のヒトラーの自殺によってナチス政権は事実上崩壊し、5月9日、ドイツ国防軍による降伏が行われた(欧州戦線における終戦 (第二次世界大戦))。

ヒトラーに指名されたカール・デーニッツらのフレンスブルク政府は正当性を否認され、6月5日、 ベルリン宣言によりドイツに中央政府が存在しないことが確認され、ドイツは法的にも占領下に置かれることとなった(連合軍軍政期 (ドイツ))。

戦勝した連合国は非ナチ化政策を開始、多くのナチス指導者は戦争犯罪人としてニュルンベルク裁判などの非ナチ化裁判の公判に付された。


暴力的過激主義

2022年12月08日 10時14分40秒 | 社会・文化・政治・経済
暴力的過激主義(英語:Violent extremism)とは、イデオロギー的に動機づけられた暴力を支持したり使用して、過激なイデオロギー的、宗教的、政治的見解を達成する人々の信念と行動を指す 。
暴力的過激主義観は、政治、宗教、ジェンダー関係を含む様々な問題に沿ってみられる。

G7行動計

2016年5月に開催された三重県志摩市の賢島を開催地第42回先進国首脳会議では、首脳宣言の付属としての合意文書として、「テロ・暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」が採択された。

その骨子として次の行動をとることをコミットメントとした

行動1 - テロ対策

行動2 - 社会における(暴力的過激主義に代わる)他の意見を表明させる力と寛容の促進

  • 暴力的過激主義防止に関する国連事務総長行動計画の支持
  • テロ及び暴力的過激主義対策を推し進めるための国連のリーダーシップのあり方をレビュー
  • 教育等を通じた異文化間、異宗教間の対話や理解を通して多元的共存、寛容、ジェンダー間の平等を促進。
  • 市民社会やコミュニティ(特に女性、若者)との連携
  • 戦略的コミュニケーションの重要性を強調

行動3 - 能力構築

  • 援助調整の改善
  • テロの影響を受けている地域における G7 間の協力促進
令和4年5月12日 外務省
 
暴力的過激主義思想は根強く世界各地に残存・拡散しており、我が国もテロの標的の例外ではなく、我が国として、対話を通じた取組を行う必要がある。
「中東における暴力的過激主義対策に関する対話」は、こうした観点から、2017年9月に河野外務大臣(当時)が第一回日アラブ戦略対話で表明した中東外交の「四箇条」の第一条「知的・人的貢献」の一環として開催してきた事業である。
本事業をとおして、我が国による中東地域への知的・人的貢献の一環として、平成30年から毎年、本邦に宗教指導者や専門家を招へいし、意見交換を実施するなど対話を重ねてきた。
 

2 実施概要

 令和4年3月に実施された第5回対話においては、専門家間のネットワーク強化の観点から、前年度実施の第4回に参加した中東地域6か国11名の有識者の、継続的な参加を得た。

また、議論のテーマも、前回会合で重要性が指摘された、「カウンターナラティブ(Counter Narrative)」「帰還者の処遇(Treatment of Returnees)」「過激化における女性・子供の存在(Women and Children in Violent Extremism)」に焦点を置くことで、議論を深堀させることに主眼を置いた。

加えて、暴力的過激主義対策への日本的視点の提供や、今後日本がイスラーム社会と共生していくために必要な視点を深めることも念頭に置き、下記の日本人有識者の参加を得た。

  • 野村 明史 拓殖大学助教(「カウンターナラティブ」セッションにおけるモデレーター)
  • 高尾 賢一郎 中東調査会研究員(「カウンターナラティブ」セッションにおけるメインディスカッサント)
  • 東 大作 上智大学教授(「帰還者の処遇」セッションにおけるモデレーター)
  • 宮川 円 国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)教官(「帰還者の処遇」セッションにおけるメインディスカッサント)
  • 田中 美衣 同教官(同上)
  • 辻上 奈美江 上智大学教授(「過激化における女性・子供の存在」セッションにおけるモデレーター)
  • 大治 朋子氏 毎日新聞専門記者(「過激化における女性・子供の存在」セッションにおけるメインディスカッサント)

3 議論の概要

  • (ア)冒頭、本会合の主催者である遠藤GCC及び湾岸地域担当大使から、新型コロナウイルス感染症の感染状況に鑑み、対面での招へい事業がかなわなかったことは残念であるが、オンラインで実施することで、中東地域及び日本から、幅広い分野で、より多くの有識者に継続的に参加いただけることになった旨発言。
  • また、前回議論を踏まえた今次会合の各議題について、日本人有識者の研究内容や、日本における取組を紹介し、意見交換を行うことで、日本による中東地域に対する「知的・人的貢献」を行い、地域間の信頼関係の構築に寄与していきたい旨述べた。
  • (イ)「カウンターナラティブ」セッションにおいては、暴力的過激主義思想に対抗するカウンターナラティブを広める場としての教育の重要性や、暴力的過激主義に陥りやすい集団の特徴等について、各参加者の経験や研究内容を交えつつ、議論が行われた。
  • 暴力的過激主義の要因は多様であり、宗教的背景だけではなく、個人の孤独感や教育事情、心理的状態が影響しているという認識が参加者間で共有された。
  • (ウ)「帰還者の処遇」セッションにおいては、帰還者の処遇にあたる具体的な課題や各国の取組みが紹介された。UNAFEIから、日本における施設内及び社会内犯罪者処遇プログラムやその背景理念が共有され、中東地域参加者から高い関心が示された。
  • (エ)「過激化における女性・子供の存在」セッションにおいては、各参加者が行う暴力的過激主義集団や個人に対する研究、また、時代や地域毎に異なる「女性観」に関する知見等が共有され、女性は、暴力的過激主義行為の被害者になると同時に、暴力的過激主義を他者に波及させる存在にもなり得るという、女性の両面性についての指摘があった。
  • (オ)閉会時には、遠藤GCC及び湾岸地域担当大使から、参加者の積極的な議論に対する謝意が表明されたとともに、本対話を通じ、今後も、地球規模課題である暴力的過激主義対策に関する検討を重ね、日本として中東地域の平和と安定に寄与していく必要性を強調しつつ、今後の会合実施のため、参加者間のネットワークを更に強化していきたい旨発言があった。