おや、電車を乗り越したらしい。チェッ、畜生。
じきに次の駅に着いた。だがボクは腰を下ろしたまま電車を降りなかった。やがて電車が発進し、日常からさらに遠ざかっていく。
会社に行きたくないと思っている気持ちが、無意識に乗り過ごさせたのだ。ああ、会社なんて辞めちまおうかな。
先週の企画会議で率直な意見を求められ、請われるままに発言したのが上司の逆鱗に触れた。別室でさんざん絞られたばかりか、同僚の前でもコキ落とされた。あれから一週間、会社中ピリピリして居づらいなんてもんじゃない。
家では家で、妻が先週から一言も口をきかない。時々勝手に腹を立てることがある。いつもなら優しい言葉をかけてやるのだが、今はそんな気にすらなれない。するとますます機嫌が悪い。おまけに中学生の息子が口答えしてきたので殴ろうとして、逆に胸ぐらを掴まれた。
一週間前までは、平凡かつ平穏な生活だったのに。畜生、いったいどうなっちまったんだ?
またくよくよと考えていると、座席の前に白髪まじりの男が立った。
「これは君のだろう?アンドロイド君」
ネジを一本、指につまんで目の前にかざし、ニヤニヤ笑う。銀色に光るジャケット。大手のアンドロイド・メンテナンス社の制服だ。
「先週、この座席の傍で拾ったんだ。どうだ?今週、調子は?ネジが一本緩んだ人間も困りものだが、ネジが一本飛んだアンドロイドは故障品だ。先週から仕事や体調に不具合があったんじゃないかね?ネジを締めれば元どおり。さあ」
え?アンドロイド?このボクが?
「ボクは生身の人間だ」
「またまたぁ」
苦笑した彼はシェイバーに似た道具を取り出し、全身上から下へスキャン。そして見る見る青ざめた。
「す、すみません。とんだ失礼を。毎日同じ電車、同じ車両の同じ席、同じ無表情。アンドロイドだとばかり。いえいえ、これはまた失礼なことを。すみません、すみません」
彼が頭を下げれば下げるほど、ますます機械と間違われた自分がみじめだった。
男は平身低頭、そそくさと別車両に移った。
一人になるとなんだか愉快になってきて、窓外の見馴れぬ町並みを眺めて笑った。
なぁんだ、ネジ一本かぁ。
次の駅で電車を乗り換え、会社に向かった。
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と思って、読んでいたら、うん間違いない!
って、うそー!プンプン!虎犇さんの嘘つき!
(・_・)エッ....?ボクはなにも言ってない。
あら、そうでした。早とちりしていたのは私。
だって、みんなそう思うよねブツブツ……。
まさか、本当の人間だなんて。(*v.v)。ソンナア
主人公の心境の変化に1本のネジがどういう影響を与えたんでしょうかね?
自分もたった1本のネジが緩んでいただけなのかもしれないと気がついたと言うところですかね~
人間の日常なんてそんなものかもしれません。
私も昨日ねじが1本抜けてしまったようで、仕事でミスってしまいました。
そんな日もあるよね~^^;
そうだネジを締め治して頑張らなくちゃ!
「ネジを制するものは世界を制す」
っていう本を読んでいたんですよ。
ちょうど。
ネジの歴史とか、そういうのが書いてあるんです。
地味な本。
読んでいたのは、仕事場でも異色の存在で知られる、石ころを石器だと言って拾う男です。
人間は、ネジ1本くらい抜けてた方が
面白いですよね。