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生命の言葉

神様を知り、信仰の種を育てましょう

ルカ14 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ わたしの弟子となることはできない

2016-07-19 01:05:51 | 新約聖書3 42ルカによる福音書


ルカによる福音書14章

ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた。

するとそこに、水腫をわずらっている人が、みまえにいた。

イエスは律法学者やパリサイ人たちにむかって言われた、

「安息日に人をいやすのは、正しいことかどうか」

彼らは黙っていた。そこでイエスはその人に手を置いていやしてやり、そしてお帰しになった。 それから彼らに言われた、

「あなたがたのうちで、自分のむすこか牛が井戸に落ち込んだなら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」

彼らはこれに対して返す言葉がなかった

客に招かれた者たちが上座を選んでいる様子をごらんになって、彼らに一つの譬を語られた。

「婚宴に招かれたときには、上座につくな。あるいは、あなたよりも身分の高い人が招かれているかも知れない。 その場合、あなたとその人とを招いた者がきて、

『このかたに座を譲ってください』

と言うであろう。そのとき、あなたは恥じ入って末座につくことになるであろう。

むしろ、招かれた場合には、末座に行ってすわりなさい。そうすれば、招いてくれた人がきて、

『友よ、上座の方へお進みください』

と言うであろう。そのとき、あなたは席を共にするみんなの前で、面目をほどこすことになるであろう。

おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」

また、イエスは自分を招いた人に言われた、

「午餐または晩餐の席を設ける場合には、友人、兄弟、親族、金持の隣り人などは呼ばぬがよい。

恐らく彼らもあなたを招きかえし、それであなたは返礼を受けることになるから。

むしろ、宴会を催す場合には、貧乏人、不具者、足なえ、盲人などを招くがよい。

そうすれば、彼らは返礼ができないから、あなたはさいわいになるであろう。

正しい人々の復活の際には、あなたは報いられるであろう」

列席者のひとりがこれを聞いてイエスに

「神の国で食事をする人は、さいわいです」

と言った。 そこでイエスが言われた、

「ある人が盛大な晩餐会を催して、大ぜいの人を招いた。 晩餐の時刻になったので、招いておいた人たちのもとに僕を送って、

『さあ、おいでください。もう準備ができましたから』

と言わせた。 ところが、みんな一様に断りはじめた。最初の人は、

『わたしは土地を買いましたので、行って見なければなりません。どうぞ、おゆるしください』

と言った。 ほかの人は、

『わたしは五対の牛を買いましたので、それをしらべに行くところです。どうぞ、おゆるしください』

もうひとりの人は、

『わたしは妻をめとりましたので、参ることができません』

と言った。 僕は帰ってきて、以上の事を主人に報告した。すると家の主人はおこって僕に言った、

『いますぐに、町の大通りや小道へ行って、貧乏人、不具者、盲人、足なえなどを、ここへ連れてきなさい』

僕は言った、

『ご主人様、仰せのとおりにいたしましたが、まだ席がございます』

主人が僕に言った、

『道やかきねのあたりに出て行って、この家がいっぱいになるように、人々を無理やりにひっぱってきなさい。

あなたがたに言って置くが、招かれた人で、わたしの晩餐にあずかる者はひとりもないであろう』」

大ぜいの群衆がついてきたので、イエスは彼らの方に向いて言われた、

「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。

あなたがたのうちで、だれかが邸宅を建てようと思うなら、それを仕上げるのに足りるだけの金を持っているかどうかを見るため、まず、すわってその費用を計算しないだろうか。

そうしないと、土台をすえただけで完成することができず、見ているみんなの人が、

『あの人は建てかけたが、仕上げができなかった』

と言ってあざ笑うようになろう。

また、どんな王でも、ほかの王と戦いを交えるために出て行く場合には、まず座して、こちらの一万人をもって、二万人を率いて向かって来る敵に対抗できるかどうか、考えて見ないだろうか。

もし自分の力にあまれば、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を送って、和を求めるであろう。

それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。

塩は良いものだ。

しかし、塩もききめがなくなったら、何によって塩味が取りもどされようか。

土にも肥料にも役立たず、外に投げ捨てられてしまう。

聞く耳のあるものは聞くがよい」

ルカによる福音書‬ ‭14:1-35

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2017年の聖書の完読年間計画
目標1日4章







聖書を完読しよう987
42-14

ルカ13 あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう

2016-07-18 17:24:44 | 新約聖書3 42ルカによる福音書


ルカによる福音書13章

ちょうどその時、ある人々がきて、ピラトがガリラヤ人たちの血を流し、それを彼らの犠牲の血に混ぜたことを、イエスに知らせた。

そこでイエスは答えて言われた、

「それらのガリラヤ人が、そのような災難にあったからといって、他のすべてのガリラヤ人以上に罪が深かったと思うのか。

あなたがたに言うが、そうではない。

あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう。

また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。

あなたがたに言うが、そうではない。

あなたがたも悔い改めなければ、みな同じように滅びるであろう」

それから、この譬を語られた、

「ある人が自分のぶどう園にいちじくの木を植えて置いたので、実を捜しにきたが見つからなかった。

そこで園丁に言った、

『わたしは三年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。

その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』

すると園丁は答えて言った、

『ご主人様、ことしも、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。

それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください』」

安息日に、ある会堂で教えておられると、 そこに十八年間も病気の霊につかれ、かがんだままで、からだを伸ばすことの全くできない女がいた。

イエスはこの女を見て、呼びよせ、

「女よ、あなたの病気はなおった」

と言って、 手をその上に置かれた。

すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神をたたえはじめた。

ところが会堂司は、イエスが安息日に病気をいやされたことを憤り、群衆にむかって言った、

「働くべき日は六日ある。その間に、なおしてもらいにきなさい。安息日にはいけない」

主はこれに答えて言われた、

「偽善者たちよ、あなたがたはだれでも、安息日であっても、自分の牛やろばを家畜小屋から解いて、水を飲ませに引き出してやるではないか。

それなら、十八年間もサタンに縛られていた、アブラハムの娘であるこの女を、安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったか」

こう言われたので、イエスに反対していた人たちはみな恥じ入った。

そして群衆はこぞって、イエスがなされたすべてのすばらしいみわざを見て喜んだ。

そこで言われた、

「神の国は何に似ているか。またそれを何にたとえようか。

一粒のからし種のようなものである。

ある人がそれを取って庭にまくと、育って木となり、空の鳥もその枝に宿るようになる」

また言われた、

「神の国を何にたとえようか。

パン種のようなものである。

女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」

さてイエスは教えながら町々村々を通り過ぎ、エルサレムへと旅を続けられた。

すると、ある人がイエスに、

「主よ、救われる人は少ないのですか」

と尋ねた。 そこでイエスは人々にむかって言われた、

「狭い戸口からはいるように努めなさい。

事実、はいろうとしても、はいれない人が多いのだから。

家の主人が立って戸を閉じてしまってから、あなたがたが外に立ち戸をたたき始めて、

『ご主人様、どうぞあけてください』

と言っても、主人はそれに答えて、

『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない』

と言うであろう。 そのとき、

『わたしたちはあなたとご一緒に飲み食いしました。

また、あなたはわたしたちの大通りで教えてくださいました』

と言い出しても、 彼は、

『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない。悪事を働く者どもよ、みんな行ってしまえ』

と言うであろう。 あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが、神の国にはいっているのに、

自分たちは外に投げ出されることになれば、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

それから人々が、東から西から、また南から北からきて、神の国で宴会の席につくであろう。

こうしてあとのもので先になるものがあり、また、先のものであとになるものもある」

ちょうどその時、あるパリサイ人たちが、イエスに近寄ってきて言った、

「ここから出て行きなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしています」

そこで彼らに言われた、

「あのきつねのところへ行ってこう言え、

『見よ、わたしはきょうもあすも悪霊を追い出し、また、病気をいやし、そして三日目にわざを終えるであろう。

しかし、きょうもあすも、またその次の日も、わたしは進んで行かねばならない。

預言者がエルサレム以外の地で死ぬことは、あり得ないからである』

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人々を石で打ち殺す者よ。

ちょうどめんどりが翼の下にひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。

それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。

見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言って置く、

『主の名によってきたるものに、祝福あれ』

とおまえたちが言う時の来るまでは、再びわたしに会うことはないであろう」

ルカによる福音書‬ ‭13:1-35

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2017年の聖書の完読年間計画
目標1日4章







聖書を完読しよう986
42-13

ルカ12 殺しても なにもできない者を恐れるな 更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい

2016-07-17 03:47:25 | 新約聖書3 42ルカによる福音書


ルカによる福音書12章

その間に、おびただしい群衆が、互に踏み合うほどに群がってきたが、イエスはまず弟子たちに語りはじめられた、

「パリサイ人のパン種、すなわち彼らの偽善に気をつけなさい。

おおいかぶされたもので、現れてこないものはなく、隠れているもので、知られてこないものはない。

だから、あなたがたが暗やみで言ったことは、なんでもみな明るみで聞かれ、密室で耳にささやいたことは、屋根の上で言いひろめられるであろう。

そこでわたしの友であるあなたがたに言うが、からだを殺しても、そのあとでそれ以上なにもできない者どもを恐れるな。

恐るべき者がだれであるか、教えてあげよう。

殺したあとで、更に地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。

そうだ、あなたがたに言っておくが、そのかたを恐れなさい。

五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。

しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。

その上、あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。

恐れることはない。

あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。

そこで、あなたがたに言う。

だれでも人の前でわたしを受けいれる者を、人の子も神の使たちの前で受けいれるであろう。

しかし、人の前でわたしを拒む者は、神の使たちの前で拒まれるであろう。

また、人の子に言い逆らう者はゆるされるであろうが、聖霊をけがす者は、ゆるされることはない。

あなたがたが会堂や役人や高官の前へひっぱられて行った場合には、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しないがよい。

言うべきことは、聖霊がその時に教えてくださるからである」

群衆の中のひとりがイエスに言った、

「先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください」

彼に言われた、

「人よ、だれがわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか」

それから人々にむかって言われた、

「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」

そこで一つの譬を語られた、

「ある金持の畑が豊作であった。 そこで彼は心の中で、

『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』

と思いめぐらして 言った、

『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。

そして自分の魂に言おう。

たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』

すると神が彼に言われた、

『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』

自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」

それから弟子たちに言われた、

「それだから、あなたがたに言っておく。

何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。

命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。

からすのことを考えて見よ。

まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。

それだのに、神は彼らを養っていて下さる。

あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。

そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。

野の花のことを考えて見るがよい。

紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。

ああ、信仰の薄い者たちよ。

あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。

これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。

あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。

ただ、御国を求めなさい。

そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。

恐れるな、小さい群れよ。

御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。

自分の持ち物を売って、施しなさい。

自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。

あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。

腰に帯をしめ、あかりをともしていなさい。

主人が婚宴から帰ってきて戸をたたくとき、すぐあけてあげようと待っている人のようにしていなさい。

主人が帰ってきたとき、目を覚しているのを見られる僕たちは、さいわいである。よく言っておく。

主人が帯をしめて僕たちを食卓につかせ、進み寄って給仕をしてくれるであろう。

主人が夜中ごろ、あるいは夜明けごろに帰ってきても、そうしているのを見られるなら、その人たちはさいわいである。

このことを、わきまえているがよい。

家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、自分の家に押し入らせはしないであろう。

あなたがたも用意していなさい。

思いがけない時に人の子が来るからである」

するとペテロが言った、

「主よ、この譬を話しておられるのはわたしたちのためなのですか。それとも、みんなの者のためなのですか」

そこで主が言われた、

「主人が、召使たちの上に立てて、時に応じて定めの食事をそなえさせる忠実な思慮深い家令は、いったいだれであろう。

主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。

よく言っておくが、主人はその僕を立てて自分の全財産を管理させるであろう。

しかし、もしその僕が、主人の帰りがおそいと心の中で思い、男女の召使たちを打ちたたき、そして食べたり、飲んだりして酔いはじめるならば、 その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。

そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目にあわせるであろう。

主人のこころを知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多くむち打たれるであろう。

しかし、知らずに打たれるようなことをした者は、打たれ方が少ないだろう。

多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。

わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。

火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか。

しかし、わたしには受けねばならないバプテスマがある。

そして、それを受けてしまうまでは、わたしはどんなにか苦しい思いをすることであろう。

あなたがたは、わたしが平和をこの地上にもたらすためにきたと思っているのか。

あなたがたに言っておく。

そうではない。むしろ分裂である。

というのは、今から後は、一家の内で五人が相分れて、三人はふたりに、ふたりは三人に対立し、 また父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに、対立するであろう」

イエスはまた群衆に対しても言われた、

「あなたがたは、雲が西に起るのを見るとすぐ、にわか雨がやって来る、と言う。果してそのとおりになる。

それから南風が吹くと、暑くなるだろう、と言う。

果してそのとおりになる。

偽善者よ、あなたがたは天地の模様を見分けることを知りながら、どうして今の時代を見分けることができないのか。

また、あなたがたは、なぜ正しいことを自分で判断しないのか。

たとえば、あなたを訴える人と一緒に役人のところへ行くときには、途中でその人と和解するように努めるがよい。

そうしないと、その人はあなたを裁判官のところへひっぱって行き、裁判官はあなたを獄吏に引き渡し、獄吏はあなたを獄に投げ込むであろう。

わたしは言って置く、最後の一レプタまでも支払ってしまうまでは、決してそこから出て来ることはできない」

ルカによる福音書‬ ‭12:1-59

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2017年の聖書の完読年間計画
目標1日4章







聖書を完読しよう985
42-12

ルカ11 負い切れない重荷を人に負わせながら 自分ではその荷に指一本でも触れようとしない

2016-07-16 11:27:19 | 新約聖書3 42ルカによる福音書


ルカによる福音書11章

また、イエスはある所で祈っておられたが、それが終ったとき、弟子のひとりが言った、

「主よ、ヨハネがその弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈ることを教えてください」

そこで彼らに言われた、

「祈るときには、こう言いなさい、

『父よ、御名があがめられますように。

御国がきますように。

わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。

わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。

わたしたちを試みに会わせないでください』」

そして彼らに言われた、

「あなたがたのうちのだれかに、友人があるとして、その人のところへ真夜中に行き、

『友よ、パンを三つ貸してください。

友だちが旅先からわたしのところに着いたのですが、何も出すものがありませんから』

と言った場合、 彼は内から、

『面倒をかけないでくれ。

もう戸は締めてしまったし、子供たちもわたしと一緒に床にはいっているので、いま起きて何もあげるわけにはいかない』

と言うであろう。 しかし、よく聞きなさい、友人だからというのでは起きて与えないが、しきりに願うので、起き上がって必要なものを出してくれるであろう。

そこでわたしはあなたがたに言う。

求めよ、そうすれば、与えられるであろう。

捜せ、そうすれば見いだすであろう。

門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。

あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。

卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。

このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」

さて、イエスが悪霊を追い出しておられた。それは、おしの霊であった。

悪霊が出て行くと、おしが物を言うようになったので、群衆は不思議に思った。

その中のある人々が、

「彼は悪霊のかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ」

と言い、 またほかの人々は、イエスを試みようとして、天からのしるしを求めた。

しかしイエスは、彼らの思いを見抜いて言われた、

「おおよそ国が内部で分裂すれば自滅してしまい、また家が分れ争えば倒れてしまう。

そこでサタンも内部で分裂すれば、その国はどうして立ち行けよう。

あなたがたはわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出していると言うが、

もしわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出すとすれば、あなたがたの仲間はだれによって追い出すのであろうか。

だから、彼らがあなたがたをさばく者となるであろう。

しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。

強い人が十分に武装して自分の邸宅を守っている限り、その持ち物は安全である。

しかし、もっと強い者が襲ってきて彼に打ち勝てば、その頼みにしていた武具を奪って、その分捕品を分けるのである。

わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。

汚れた霊が人から出ると、休み場を求めて水の無い所を歩きまわるが、

見つからないので、出てきた元の家に帰ろうと言って、 帰って見ると、

その家はそうじがしてある上、飾りつけがしてあった。

そこでまた出て行って、自分以上に悪い他の七つの霊を引き連れてきて中にはいり、そこに住み込む。

そうすると、その人の後の状態は初めよりももっと悪くなるのである」

イエスがこう話しておられるとき、群衆の中からひとりの女が声を張りあげて言った、

「あなたを宿した胎、あなたが吸われた乳房は、なんとめぐまれていることでしょう」

しかしイエスは言われた、

「いや、めぐまれているのは、むしろ、神の言を聞いてそれを守る人たちである」

さて群衆が群がり集まったので、イエスは語り出された、

「この時代は邪悪な時代である。

それはしるしを求めるが、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。

というのは、ニネベの人々に対してヨナがしるしとなったように、人の子もこの時代に対してしるしとなるであろう。

南の女王が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。

なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために、地の果からはるばるきたからである。

しかし見よ、ソロモンにまさる者がここにいる。

ニネベの人々が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。

なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからである。

しかし見よ、ヨナにまさる者がここにいる。

だれもあかりをともして、それを穴倉の中や枡の下に置くことはしない。

むしろはいって来る人たちに、そのあかりが見えるように、燭台の上におく。

あなたの目は、からだのあかりである。

あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいが、目がわるければ、からだも暗い。

だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。

もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、あかりが輝いてあなたを照す時のように、全身が明るくなるであろう」

イエスが語っておられた時、あるパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたいと申し出たので、はいって食卓につかれた。

ところが、食前にまず洗うことをなさらなかったのを見て、そのパリサイ人が不思議に思った。

そこで主は彼に言われた、

「いったい、あなたがたパリサイ人は、杯や盆の外側をきよめるが、あなたがたの内側は貪欲と邪悪とで満ちている。

愚かな者たちよ、外側を造ったかたは、また内側も造られたではないか。

ただ、内側にあるものをきよめなさい。そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。

しかし、あなた方パリサイ人は、わざわいである。

はっか、うん香、あらゆる野菜などの十分の一を宮に納めておりながら、義と神に対する愛とをなおざりにしている。

それもなおざりにはできないが、これは行わねばならない。

あなたがたパリサイ人は、わざわいである。会堂の上席や広場での敬礼を好んでいる。

あなたがたは、わざわいである。人目につかない墓のようなものである。

その上を歩いても人々は気づかないでいる」

ひとりの律法学者がイエスに答えて言った、

「先生、そんなことを言われるのは、わたしたちまでも侮辱することです」

そこで言われた、

「あなたがた律法学者も、わざわいである。

負い切れない重荷を人に負わせながら、自分ではその荷に指一本でも触れようとしない。

あなたがたは、わざわいである。

預言者たちの碑を建てるが、しかし彼らを殺したのは、あなたがたの先祖であったのだ。

だから、あなたがたは、自分の先祖のしわざに同意する証人なのだ。

先祖が彼らを殺し、あなたがたがその碑を建てるのだから。

それゆえに、

『神の知恵』

も言っている、

『わたしは預言者と使徒とを彼らにつかわすが、彼らはそのうちのある者を殺したり、迫害したりするであろう』

それで、アベルの血から祭壇と神殿との間で殺されたザカリヤの血に至るまで、世の初めから流されてきたすべての預言者の血について、この時代がその責任を問われる。

そうだ、あなたがたに言っておく、この時代がその責任を問われるであろう。

あなたがた律法学者は、わざわいである。知識のかぎを取りあげて、自分がはいらないばかりか、はいろうとする人たちを妨げてきた」

イエスがそこを出て行かれると、律法学者やパリサイ人は、激しく詰め寄り、いろいろな事を問いかけて、 イエスの口から何か言いがかりを得ようと、ねらいはじめた

ルカによる福音書‬ ‭11:1-54

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2017年の聖書の完読年間計画
目標1日4章







聖書を完読しよう984
42-11

ルカ10 主は別に七十二人を選び 行かれる すべての町や村へ ふたりずつ先におつかわしになった

2016-07-16 11:14:36 | 新約聖書3 42ルカによる福音書


ルカによる福音書10章

その後、主は別に七十二人を選び、行こうとしておられたすべての町や村へ、ふたりずつ先におつかわしになった。

そのとき、彼らに言われた、

「収穫は多いが、働き人が少ない。

だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。

さあ、行きなさい。わたしがあなたがたをつかわすのは、小羊をおおかみの中に送るようなものである。

財布も袋もくつも持って行くな。

だれにも道であいさつするな。 どこかの家にはいったら、まず

『平安がこの家にあるように』

と言いなさい。 もし平安の子がそこにおれば、あなたがたの祈る平安はその人の上にとどまるであろう。

もしそうでなかったら、それはあなたがたの上に帰って来るであろう。

それで、その同じ家に留まっていて、家の人が出してくれるものを飲み食いしなさい。

働き人がその報いを得るのは当然である。家から家へと渡り歩くな。

どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えてくれるなら、前に出されるものを食べなさい。

そして、その町にいる病人をいやしてやり、

『神の国はあなたがたに近づいた』

と言いなさい。 しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、

『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。

しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』

あなたがたに言っておく。

その日には、この町よりもソドムの方が耐えやすいであろう。

わざわいだ、コラジンよ。

わざわいだ、ベツサイダよ。

おまえたちの中でなされた力あるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼らはとうの昔に、荒布をまとい灰の中にすわって、悔い改めたであろう。

しかし、さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、耐えやすいであろう。

ああ、カペナウムよ、おまえは天にまで上げられようとでもいうのか。

黄泉にまで落されるであろう。

あなたがたに聞き従う者は、わたしに聞き従うのであり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。

そしてわたしを拒む者は、わたしをおつかわしになったかたを拒むのである」

七十二人が喜んで帰ってきて言った、

「主よ、あなたの名によっていたしますと、悪霊までがわたしたちに服従します」

彼らに言われた、

「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た。

わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。

だから、あなたがたに害をおよぼす者はまったく無いであろう。

しかし、霊があなたがたに服従することを喜ぶな。

むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」

そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、

「天地の主なる父よ。

あなたをほめたたえます。

これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。

父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。

すべての事は父からわたしに任せられています。

そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。

また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません」

それから弟子たちの方に振りむいて、ひそかに言われた、

「あなたがたが見ていることを見る目は、さいわいである。

あなたがたに言っておく。

多くの預言者や王たちも、あなたがたの見ていることを見ようとしたが、見ることができず、

あなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである」

するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、

「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」

彼に言われた、

「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」

彼は答えて言った、

「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』

また、

『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」

彼に言われた、

「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」

すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、

「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」

イエスが答えて言われた、

「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。

するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。

同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。

ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。

翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、

『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』

と言った。 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」

彼が言った、

「その人に慈悲深い行いをした人です」

そこでイエスは言われた、

「あなたも行って同じようにしなさい」

一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。

するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。

この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。

ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、

「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。

わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」

主は答えて言われた、

「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている

しかし、無くてならぬものは多くはない。

いや、一つだけである。

マリヤはその良い方を選んだのだ。

そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」

ルカによる福音書‬ ‭10:1-42

聖書物語を子供に話してあげましょう


聖書を学び、神様を知り、神様に感謝し、神様をおそれ、神様を愛し、自分を愛するのと同じように隣人を愛しましょう


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