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生命の言葉

神様を知り、信仰の種を育てましょう

コリント1.16 わたしの愛が、キリスト・イエスにあって、あなたがた一同と共にあるように

2016-08-19 00:04:06 | 新約聖書7 46コリント人への第一の手紙


コリント人への第一の手紙16章

聖徒たちへの献金については、わたしはガラテヤの諸教会に命じておいたが、あなたがたもそのとおりにしなさい

一週の初めの日ごとに、あなたがたはそれぞれ、いくらでも収入に応じて手もとにたくわえておき、わたしが着いた時になって初めて集めることのないようにしなさい

わたしが到着したら、あなたがたが選んだ人々に手紙をつけ、あなたがたの贈り物を持たせて、エルサレムに送り出すことにしよう

もしわたしも行く方がよければ、一緒に行くことになろう

わたしは、マケドニヤを通過してから、あなたがたのところに行くことになろう

マケドニヤは通過するだけだが、 あなたがたの所では、たぶん滞在するようになり、あるいは冬を過ごすかも知れない

そうなれば、わたしがどこへ行くにしても、あなたがたに送ってもらえるだろう

わたしは今、あなたがたに旅のついでに会うことは好まない

もし主のお許しがあれば、しばらくあなたがたの所に滞在したいと望んでいる

しかし五旬節までは、エペソに滞在するつもりだ

というのは、有力な働きの門がわたしのために大きく開かれているし、 また敵対する者も多いからである

もしテモテが着いたら、あなたがたの所で不安なしに過ごせるようにしてあげてほしい

彼はわたしと同様に、主のご用にあたっているのだから

だれも彼を軽んじてはいけない。

そして、わたしの所に来るように、どうか彼を安らかに送り出してほしい

わたしは彼が兄弟たちと一緒に来るのを待っている

兄弟アポロについては、兄弟たちと一緒にあなたがたの所に行くように、たびたび勧めてみた

しかし彼には、今行く意志は、全くない。適当な機会があれば、行くだろう。 目をさましていなさい

信仰に立ちなさい。

男らしく、強くあってほしい。

いっさいのことを、愛をもって行いなさい

兄弟たちよ。あなたがたに勧める。

あなたがたが知っているように、ステパナの家はアカヤの初穂であって、彼らは身をもって聖徒に奉仕してくれた

どうか、このような人々と、またすべて彼らと共に働き共に労する人々とに、従ってほしい

わたしは、ステパナとポルトナトとアカイコとがきてくれたのを喜んでいる

彼らはあなたがたの足りない所を満たし、 わたしの心とあなたがたの心とを、安らかにしてくれた

こうした人々は、重んじなければならない

アジヤの諸教会から、あなたがたによろしく

アクラとプリスカとその家の教会から、主にあって心からよろしく

すべての兄弟たちから、よろしく。

あなたがたも互に、きよい接吻をもってあいさつをかわしなさい

ここでパウロが、手ずからあいさつをしるす

もし主を愛さない者があれば、のろわれよ

マラナ・タ(われらの主よ、きたりませ)

主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように

わたしの愛が、キリスト・イエスにあって、あなたがた一同と共にあるように

コリント人への第一の手紙‬ ‭16:1-24

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46-16

コリント1.15 最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち

2016-08-18 00:11:34 | 新約聖書7 46コリント人への第一の手紙


コリント人への第一の手紙15章

兄弟たちよ。

わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい

もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである

わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった

すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり

三日目によみがえったこと、 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである

そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた

その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している

そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、 そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである

実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である

しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである

そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた

しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである

とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのである

さて、キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか

もし死人の復活がないならば、キリストもよみがえらなかったであろう。 もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい

すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ

なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである

もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう

もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう

そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである

もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる

しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである

それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない

アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである

ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない

最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、 それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである

なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである

最後の敵として滅ぼされるのが、死である

「神は万物を彼の足もとに従わせた」

からである。ところが、万物を従わせたと言われる時、万物を従わせたかたがそれに含まれていないことは、明らかである

そして、万物が神に従う時には、御子自身もまた、万物を従わせたそのかたに従うであろう

それは、神がすべての者にあって、すべてとなられるためである

そうでないとすれば、死者のためにバプテスマを受ける人々は、なぜそれをするのだろうか

もし死者が全くよみがえらないとすれば、なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか

また、なんのために、わたしたちはいつも危険を冒しているのか

兄弟たちよ。わたしたちの主キリスト・イエスにあって、わたしがあなたがたにつき持っている誇にかけて言うが、わたしは日々死んでいるのである

もし、わたしが人間の考えによってエペソで獣と戦ったとすれば、それはなんの役に立つのか。もし死人がよみがえらないのなら

「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」

まちがってはいけない。

「悪い交わりは、良いならわしをそこなう」

目ざめて身を正し、罪を犯さないようにしなさい

あなたがたのうちには、神について無知な人々がいる。あなたがたをはずかしめるために、わたしはこう言うのだ。 しかし、ある人は言うだろう

「どんなふうにして、死人がよみがえるのか。どんなからだをして来るのか」

おろかな人である。あなたのまくものは、死ななければ、生かされないではないか

また、あなたのまくのは、やがて成るべきからだをまくのではない。麦であっても、ほかの種であっても、ただの種粒にすぎない

ところが、神はみこころのままに、これにからだを与え、その一つ一つの種にそれぞれのからだをお与えになる

すべての肉が、同じ肉なのではない。

人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある

天に属するからだもあれば、地に属するからだもある

天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている

日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある

また、この星とあの星との間に、栄光の差がある

死人の復活も、また同様である。

朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、 卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、 肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである

肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。 聖書に

「最初の人アダムは生きたものとなった」

と書いてあるとおりである。

しかし最後のアダムは命を与える霊となった

最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである

第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る

この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである

すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう

兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく

肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない

ここで、あなたがたに奥義を告げよう。

わたしたちすべては、眠り続けるのではない

終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる

というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである

なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである

この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである

「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」

死のとげは罪である。罪の力は律法である

しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである

だから、愛する兄弟たちよ。

堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい

主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである

コリント人への第一の手紙‬ ‭15:1-58

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46-15

コリント1.14 すべてのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい

2016-08-18 00:10:25 | 新約聖書7 46コリント人への第一の手紙


コリント人への第一の手紙14章

愛を追い求めなさい。

また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい

異言を語る者は、人にむかって語るのではなく、神にむかって語るのである

それはだれにもわからない。

彼はただ、霊によって奥義を語っているだけである

しかし預言をする者は、人に語ってその徳を高め、彼を励まし、慰めるのである

異言を語る者は自分だけの徳を高めるが、預言をする者は教会の徳を高める

わたしは実際、あなたがたがひとり残らず異言を語ることを望むが、特に預言をしてもらいたい

教会の徳を高めるように異言を解かない限り、異言を語る者よりも、預言をする者の方がまさっている

だから、兄弟たちよ。

たといわたしがあなたがたの所に行って異言を語るとしても、啓示か知識か預言か教かを語らなければ、あなたがたに、なんの役に立つだろうか

また、笛や立琴のような楽器でも、もしその音に変化がなければ、何を吹いているのか、弾いているのか、どうして知ることができようか

また、もしラッパがはっきりした音を出さないなら、だれが戦闘の準備をするだろうか

それと同様に、もしあなたがたが異言ではっきりしない言葉を語れば、どうしてその語ることがわかるだろうか

それでは、空にむかって語っていることになる

世には多種多様の言葉があるだろうが、意味のないものは一つもない

もしその言葉の意味がわからないなら、語っている人にとっては、わたしは異国人であり、語っている人も、わたしにとっては異国人である

だから、あなたがたも、霊の賜物を熱心に求めている以上は、教会の徳を高めるために、それを豊かにいただくように励むがよい

このようなわけであるから、異言を語る者は、自分でそれを解くことができるように祈りなさい

もしわたしが異言をもって祈るなら、わたしの霊は祈るが、知性は実を結ばないからである

すると、どうしたらよいのか。

わたしは霊で祈ると共に、知性でも祈ろう

霊でさんびを歌うと共に、知性でも歌おう

そうでないと、もしあなたが霊で祝福の言葉を唱えても、初心者の席にいる者は、あなたの感謝に対して、どうしてアァメンと言えようか

あなたが何を言っているのか、彼には通じない

感謝するのは結構だが、それで、ほかの人の徳を高めることにはならない

わたしは、あなたがたのうちのだれよりも多く異言が語れることを、神に感謝する

しかし教会では、一万の言葉を異言で語るよりも、ほかの人たちをも教えるために、むしろ五つの言葉を知性によって語る方が願わしい

兄弟たちよ。物の考えかたでは、子供となってはいけない

悪事については幼な子となるのはよいが、考えかたでは、おとなとなりなさい

律法にこう書いてある

「わたしは、異国の舌と異国のくちびるとで、この民に語るが、それでも、彼らはわたしに耳を傾けない、と主が仰せになる」

このように、異言は信者のためではなく未信者のためのしるしであるが、預言は未信者のためではなく信者のためのしるしである

もし全教会が一緒に集まって、全員が異言を語っているところに、初心者か不信者かがはいってきたら、彼らはあなたがたを気違いだと言うだろう

しかし、全員が預言をしているところに、不信者か初心者がはいってきたら、彼の良心はみんなの者に責められ、みんなの者にさばかれ、 その心の秘密があばかれ、その結果、ひれ伏して神を拝み

「まことに、神があなたがたのうちにいます」

と告白するに至るであろう。

すると、兄弟たちよ。どうしたらよいのか

あなたがたが一緒に集まる時、各自はさんびを歌い、教をなし、啓示を告げ、異言を語り、それを解くのであるが、すべては徳を高めるためにすべきである

もし異言を語る者があれば、ふたりか、多くて三人の者が、順々に語り、そして、ひとりがそれを解くべきである

もし解く者がいない時には、教会では黙っていて、自分に対しまた神に対して語っているべきである

預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、ほかの者はそれを吟味すべきである

しかし、席にいる他の者が啓示を受けた場合には、初めの者は黙るがよい

あなたがたは、みんなが学びみんなが勧めを受けるために、ひとりずつ残らず預言をすることができるのだから

かつ、預言者の霊は預言者に服従するものである。 神は無秩序の神ではなく、平和の神である

聖徒たちのすべての教会で行われているように、 婦人たちは教会では黙っていなければならない

彼らは語ることが許されていない。

だから、律法も命じているように、服従すべきである

もし何か学びたいことがあれば、家で自分の夫に尋ねるがよい

教会で語るのは、婦人にとっては恥ずべきことである

それとも、神の言はあなたがたのところから出たのか

あるいは、あなたがただけにきたのか

もしある人が、自分は預言者か霊の人であると思っているなら、わたしがあなたがたに書いていることは、主の命令だと認めるべきである

もしそれを無視する者があれば、その人もまた無視される

わたしの兄弟たちよ。

このようなわけだから、預言することを熱心に求めなさい

また、異言を語ることを妨げてはならない

しかし、すべてのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい

コリント人への第一の手紙‬ ‭14:1-40

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46-14

コリント1.13 愛は寛容であり 愛は情深い また ねたむことをしない 不義を喜ばないで真理を喜ぶ

2016-08-18 00:09:18 | 新約聖書7 46コリント人への第一の手紙

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである

このうちで最も大いなるものは、愛である

コリント人への第一の手紙13章

たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても

もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである

たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても

また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である

愛は寛容であり、愛は情深い

また、ねたむことをしない

愛は高ぶらない、誇らない、 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない

不義を喜ばないで真理を喜ぶ。

そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える

愛はいつまでも絶えることがない。

しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう

なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない

全きものが来る時には、部分的なものはすたれる

わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた

しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった

わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている

しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう

わたしの知るところは、今は一部分にすぎない

しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである

このうちで最も大いなるものは、愛である

コリント人への第一の手紙‬ ‭13:1-13

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46-13

コリント1.12 あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である

2016-08-17 07:09:32 | 新約聖書7 46コリント人への第一の手紙


コリント人への第一の手紙12章

兄弟たちよ。

霊の賜物については、次のことを知らずにいてもらいたくない

あなたがたがまだ異邦人であった時、誘われるまま、物の言えない偶像のところに引かれて行ったことは、あなたがたの承知しているとおりである

そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも

「イエスはのろわれよ」

とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも

「イエスは主である」

と言うことができない。

霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである

務は種々あるが、主は同じである。

働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである

各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである

すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言

またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物

またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力

またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている

すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである

からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である

なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである

実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている

もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない

また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない

もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか

もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか

そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである

もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか

ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである

目は手にむかって

「おまえはいらない」

とは言えず、また頭は足にむかって

「おまえはいらない」

とも言えない。

そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、 からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする

麗しくない部分はいっそう麗しくするが、 麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである

それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである

もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ

あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である

そして、神は教会の中で、人々を立てて、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師とし、次に力あるわざを行う者、次にいやしの賜物を持つ者、また補助者、管理者、種々の異言を語る者をおかれた

みんなが使徒だろうか。

みんなが預言者だろうか。

みんなが教師だろうか。

みんなが力あるわざを行う者だろうか。

みんながいやしの賜物を持っているのだろうか

みんなが異言を語るのだろうか。

みんなが異言を解くのだろうか。

だが、あなたがたは、更に大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい

そこで、わたしは最もすぐれた道をあなたがたに示そう

コリント人への第一の手紙‬ ‭12:1-31

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