★tomoe-母のクモ膜下出血闘病日記

元気だったお母ちゃんが2004年2月17日突然倒れた。クモ膜下出血。家族の事、インターネットでできた事。体験談など。

丸9年がたちました。10年目に突入。

2013年02月23日 | 家族の気持ち&行動
母が脳出血してーもう9年がたちました。なんでこんな病になったとか、今後どうなるのかとか、治るのかなど、調べてきました。
医者は最悪のケースから言うので、最近はイチイチ落ち込まなくなりました。(たぶん良くなるなんて言って急変したら訴えられますから)でも、家族の支えとか気持ちの持ち様で、一旦失われた脳神経ルートも、別回線ができるのかな?(これはあくまで私の意見です)という気がします。母は最初要介護5で食べれなかった。でも3年食べれなかったけど、あの手この手でリハビリしたら今は食べれる。
でも胃瘻もあれば、気管切開もしている。それに、たまに来る来客には普通の会話をする。一見まとも。でも翌日には忘れている。
手術後は喜怒哀楽の感情のどれかが強調されたり、時計の読み方が極端におかしかったり。
今はどの症状も軽くなりつつあるけども。
まぁ手はかかります。一人でトイレには行けません。お風呂も介助が必要です。

でも、お父ちゃんがお母ちゃんのこと大好きだし、
まぁここまで看てきたんだからまぁいいかで看ていこうという覚悟、かな。

実際、私もなんだかんだお母ちゃんのこと大好きだし。
辛い時ほど

『大好き』と言ってあげると不思議なほど安定するなぁと実感してます。

状況は過酷でも気持ち的には愛があるので幸せな丸九年です。

友人知人の皆様。9年て意外とボディブローきてるんで
会う機会があれば労わってやってくださいませ。
元気、わけてください。

おめでとうございます♪

2013年01月22日 | お母ちゃん★日々の様子
しばらくぶりに更新します。
久しぶりに自分のブログにアクセスしたら
あまりにも更新がないということでデザインテンプレートが白紙になっていました。
スミマセン。

ご無沙汰しておりますが、私もクモ膜下出血療養中のお母ちゃんも
一緒に介護しているお父ちゃんも、だんなも子どもも元気です。

家族の健康、思いやり、優しさ、
心をこめる、ゆとりを持つ、
自分の知ってる良いことは周りに惜しみなく伝える
楽しむ。


ベストを尽くしていれば、道は開ける。
なんとかなるさ~で生きている介護生活10年目?
の私たちなのでした。

どんな状態でも母が生きてくれている。幸せなことです。
幸せになるのでなく、幸せって見つけるコトな気がしている
10年目です。ぼちぼち頑張っていきます。

今年も更新はぼちぼちと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

良い方へいく秘訣

2012年08月03日 | 独自リハビリ
良い方へいく秘訣。

これは私の叔母で二週間に一度はご馳走を持って差し入れしてくれる
大切な人生の師匠から教えてもらった秘訣です。

言葉。自分の口から発する言葉を大切にすること。
悪いコトは言わず、良い言葉だけ使うようにしていると
人生が好転するのだとか。

言葉はそのとおりを引き寄せる力があるのだとか?

私はアホで素直が取り柄なのでそうなんだーと実践しています。

以下は叔母ちゃん直伝の最強の言葉。

ありがとう。
幸せ。
豊だな。
感謝します。
大好きよ。
愛してる。



とっても簡単な秘訣です。お金もかかりません。でもさらっと言えるようになるまで
自分のプライドを捨てられるか?がポイントのような。

良いかも?と思った方はぜひ。実践してみてくださーい。


私の不思議体験

2012年08月03日 | 独自リハビリ
私も39才になりました。
この夏は病気になった母と見る三回目のオリンピックです。
倒れた夏アテネオリンピックを二回目の病室で見た記憶があります。

さて、母の病気のおかげでいろんな経験や不思議体験をさせてもらってきました。

母は私が小学一年生の時にも倒れたコトがあります。
シェングレン病で、余命宣告一年とも医師に言われ、私の小学校一年生の入学式のあと
ずっと入院していました。

私はまだ幼かったのでよく理解できていなかったのですが
毎朝、父と兄と般若心経を書いて、毎朝お墓参りへ行った記憶があります。
大手術も受け、その時病巣もとったらしいのですが。
しばらくして夏休みぐらいには母は元気になって家に帰ってきました。

医師には~不思議なんだけど、治ったと言われたんだそうです。
もし、あの時幼い私たち兄弟を残して亡くなっていたら、私たち家族の人生は大きく変わっていたと
思います。だから母が今病気でも、生きていてくれるだけで
ありがたいと思えるのです。大人になって助けられるコトも自分のー考えひとつで
出来るコトも増えましたし。毎日、
『母ちゃんありがとね。大好きよ。』と声かけしています。
すると母は安心して生きていてくれる気がします。



大人になって、父や母に当時のコトを教えてもらうようになりました。
人間の心。心や思いが病を作るらしくその元を正せば良い、的な書物に当時の父が読んで
それから先祖供養と般若心経は宗教でもなく、良いコトだからと
当時七才と十才の子供二人をどうやって母なしで育てるべきかで
悩む暇があったら行動しようと
写経と墓参りを実践したんだそうです。

その本は、今も家の本棚にあって赤い辞書のような本。生命の医学大辞典 という本です。
病名ごとに心がけ注意!みたいな解説が辞書形式で記述されています。

私の息子がアデノイドで五月に手術した時に久しぶりに読んだら
子供の病気は親のワガママと書いてあり、反省して手術に臨んだつもりです。

やはり何事も、愚痴をー言わず感謝して家庭内が調和することが何より大切だなぁと思います。

ビックリしたコト

2012年07月10日 | 家族の気持ち&行動
さてさて、今月から訪問介護リハビリ一時間が毎日スタートされました。
初日に仕事を抜け出し、打ち合わせというか、
何事もコンセプトと感謝を伝えるコトがー大切かなと思い
介護スタッフの皆さまに思いのたけを話してみました。

普段は仕事をしているので家族は不在だけど八年も大切に守ってきたー母。
本当はー自宅介護にー疲れている私たち家族。
でも回復するのを今も真剣に希望を持っているー父。

というわけでーあっさり?理解していただけたようで
とても良いリハビリ効果がで始めています。

顔色がー良いとか、サチレーション(酸素量)が上がるとか。摘便後の排便がースムーズになるお尻のツボの叩き方とか。さすがー経験と知識に基づく指導はーひとあじ違います。

やっぱり。感謝に勝るものはありませんと痛感しています。

ところでー先日ビックリしたコトがありました。

母をベッドに寝かせ、息子はiPadでドラえもんを見ていたのですが
ちょっと用があり一階に行かなくてはならなくなりました。

『ひろくん(五才の息子)おばあちゃんをよろしくね。』
というと『うん。』と言うのでーちょっとその場を離れました。

するとしばらくして、ひろくんが走ってーきました。
『かあちゃん、おばあちゃんがトイレ行きたいんだって。』

慌てて母の部屋に戻るとベッドに母がいないのです。そして振り向くとトイレに座っていました。(!)

後できくと、ひろくんが手を繋いで連れていき、パンツまで下ろしてあげた後、どうしていいかわからなくなり母を呼びにきたんだと教えてくれました。

母は一人では歩けません。でもー介助があればー歩けるのです。


まさか五才の子どもが連れて行こうなどー思いもよらなかったので本当にビックリしました。

でもお互いの成長と回復に喜びも感じつつ、よく二人が転ばないで本当に良かったと思ったのでした。