冨田敬士の翻訳ノート

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法令条文のandとorの意味,訳し方

2012-10-16 14:09:35 | エッセイ
 英文の法令条文(契約書も含む)に使われるandとorは,通常,日本の法令条文の書き方に準じて訳されることが多い。だが,日本の法令条文の書き方に従って訳すのが最善の方法であるかどうかは,また別の問題である。
 日本の法令条文では,併合的な接続には「及び」と「並びに」を使い,選択的な接続には「又は」と「若しくは」を使う。これらの接続詞の使い方は決まっており,上位と下位の概念に応じて使い分ける。条文の構造を明確にすることに狙いがある。具体的には,「並びに」が上位で「及び」が下位,「又は」が上位で「若しくは」が下位。英語から日本語への翻訳でもこれに倣って,andなら「及び」か「並びに」,orなら「又は」か「若しくは」に訳されることが多い。簡単な英文ならそれで問題はないが,文の構造が複雑になると,上位か下位かの把握自体容易ではなく,どれが上位か下位か判然としないことが多い。
 そもそも英語の条文では,上位か下位かといった概念の設定はしない。それはなぜか。一つの理由は,英語には冠詞,指示代名詞,限定や強調の形容詞,関係詞,分詞句など,接続関係を明瞭にするためのツールがいっぱい揃っているからだと考えられる。上位や下位の概念に頼らなくとも接続の関係性を明瞭に表現することが可能なのだ。翻訳で肝心なことはこれらの重宝なツールを適切に訳すことで,やみくもに日本法令の書き方を適用することではない。
 例えばABC and its Affiliates and their directors, officers, employees and agents shall be........という至極簡単な英文で,上位と下位の関係はどうなっているか。多分2番目のandが上位の段階にあると考えられるので,これを日本の法令条文式に訳すと「ABC社及びその関連会社並びにそれぞれの取締役,役員,従業員及び代理人は.....」になる。だが,これで十分意を達する日本語文になったかどうかは,はなはだ疑わしい。むしろ「ABC社とその関連会社,及びそれぞれの取締役,役員,従業員,代理人は.....」といった口語的な訳のほうがすっきりして,専門外の人にもわかりやすいと思う。
 英米法国では接続詞のandとorの意味について解釈が一致していないようだ。意味があいまいだというのである。このブログでも取り上げたA Dictionary of Modern Legal Usage (Bryan A. Garner)によると,"A and B"と表現した場合,AとBは結合的(joint)なのか,個別的(several)なのか,それとも結合性だけの意味しかないのか,議論がある。一方,"A or B"と表現した場合,AとBは包括的(inclusive),つまり,"A or B, or both"なのか,それとも排他的(exclusive),つまり,"A or B"だけで,bothは排除されるのか,議論がある。このように英語自体の解釈に統一性がない以上,翻訳の際に日本の法令条文の書き方にこだわり過ぎるのも考えものである。
日本の法令条文の「及び」と「並びに」,「又は」と「若しくは」の使い方のルールについては「民法で見る法律学習法」(金井高志著,日本評論社)が参考になった。そのほか,日本の法令条文の「ただし書」の意味,「場合」と「とき」の違い,「その他」と「その他の」の違いなど翻訳上心得ておくべき事項についても,この本で勉強させてもらった。


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