何気無く大切な一日が、かけがえ無く今日も過ぎてゆく 高橋忠史・多系統萎縮症と生きる・唄い屋。

難病の多系統萎縮症に侵されても音楽を諦めない男のライヴ報告や日々の思い・命のメッセージ

枯れ木に花

2015年09月13日 22時40分14秒 | Weblog
朝顔が、枯れ木の根元から芽を出して、枝にからまるように蔓を伸ばし、つけた葉っぱから大気とお日さまのエネルギーをいただいてきれいな花を咲かせていました。

今日は、月に一回の資源ごみの回収日。
各棟そろって玄関前に置かれた段ボール新聞雑誌などを集めて、自治会集会所の倉庫に保管して、のちに業者に買い取ってもらって自治会運営の資金にする。
自治会運営にとって大切な作業ということはほとんどの棟員は知ろうともしないし無関心だ。
責任を取ろうとしないで文句を言う人と無関心な人はたくさん居るが、責任を持って行動を起こす人は少ない。
情けないけどそれがこの地域の、この国の、この地球に住む人達の現実です。

ちょっとえらそうな事言ってしまいましたが、病気になるまでの僕は無関心派でした。
命の区切りを知らされてから、自分さえ良ければと考えるより、まわりにいる人達みんなが少しでも幸せを感じられるよう行動すれば、ひいては自分自身の幸せ感につながると思うようになりました。

そう言う意味で、今日もお手伝い出来てよかった。

午後の散歩から帰ったら、渋谷会長と松本副会長が話していた。
朝のおやじ会議のメンバーだ。
しばし話をして別れぎわ渋谷さんが、
「優勝しましたよ。」
「えっ。凄い。…次は全国大会ですね。どこでやるんですか。」
「へへっ。名古屋みたいです。」
「全国なんて凄い…じぁ、」
渋谷さんは満面の笑顔で部屋に入っていった。
吹奏楽部活にはいっている娘さんの中学が、東京都の大会で優勝したのだ。
なんだか、我が事のように嬉しい。
基本的に僕は優劣を決めるのは好きではないのだが、優勝という言葉の響きは甘露だ。
それも毎日話している家族のような渋谷さんの娘さんだから心の底からうれしい。
他人事なのに、こんなに喜べるなんて、なんて幸せな事だろう。
行動を共にする仲間だからかな?、僕は助けてもらってばかりだけど…。

枯れ木に花。
たとえ命が枯れても、生きている間しっかり根を張っていれば、立ち続け存在し続け、次の命を支える、ささやかな役割をいただける。
残りの人生で僕は次の命を支えるだけの根を張れるだろうか。
思いがあればきっと、出来ると信じて…!。

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