Ed Harrisやるじゃないか、と思わずほくそ笑んだ作品である。
「
ポロック~二人だけのアトリエ~」というアメリカ映画を見た。主演のEd Harrisが初監督を務めた作品である。
ポロックは20世紀のアメリカの画家で、そのまま絵の具を殴りつけたような線や点で表わされた抽象画で著名な画家だそうだ。その生涯を描いた作品である。残念ながら私はポロックという画家を知らなかったのだが、作中でいくつか作品が出ていて、目にすると、あぁどこかで目にしたことがあるなという絵画であった。
まぁ、芸術家の生涯なんてどうせろくなものじゃない。ろくでもない人間でなければ、何かを創造することなどできやしないのだ、所詮。どこかで破綻していなければならない。以前そんな話を詩人としたことがある。その詩人は「けれども、『破綻』と言ってもその破綻の仕方は人それぞれでしょう。」と言っていた。その通り。ん、でもそれは手法は異なっても、いずれにしても破綻しているということじゃないのか?(笑)まぁ、いい。別に破綻しているのが悪いと言っているわけではない。むしろ、芸術家はそうであらざるを得ないだろうと私だって思うのだから。(笑)
エドが実にいい。もともと芸達者な俳優さんであると思う。しかし、この作品は彼自身が惚れこんで、構想に十年余かけたという作品だけあって、もうエドがそのままポロックに見える。作中で彼が実際に絵を描くシーンがあるが、これがまた素晴らしい。澱みのない勢いで絵の具を(というかペンキなのか?)塗りたくる筆使いがなんとも堂に入っている。
画家としての才能と引き換えに、彼の社会的な生活能力というのは劣っている。精神的に非常に不安定で、短気でもある。傲慢なほどのプライドを持っているかと思うと、突然泣きじゃくりもする。その様に嘘がない。エド、はまり役だな(笑)。成功を収め、一躍時の人となりながらも、アルコール依存症で度々問題を起こす。
それを蔭ながら支えるのが妻のリーである。リーもまた画家であるのだが、ポロックを支えるためにマネージメント面を担当していく。女遊びも激しいポロックを、それでも支えるのは彼女が誰よりも「ポロック」という才能を信じていたからだろう。時が経つにつれ、彼女はまるで「母」のように愛を注ぐ。それは、ただの「女」としては辛いことだろう。またここに戻ってくるのか、と思わずにはいられない。愛する男を支えるためには女はどうしたって「母」にならなければならない。けれどもそこで殺されなければならなかったリーの「女」はどうやったら一体報われるのだろう?報われないのだ。報われないことを知っていながら、だって他にどうしたらいい?彼女はポロックを愛していて、愛する男を救うためには、彼女は身を削り、女としての自分も、画家としても自分も諦めねばならない部分があった。
二人が結婚して間もなく、ある時ポロックが「僕達の子供が欲しい」と言う。リーは即座に断る。そのことで言い争いになるのだ。リーは「子供なんて無理。私はあなたの世話だけで精一杯。画家としてのあなたを支えるためには、子供を持つことなんてできないわ」その回答にひどくポロックは傷つく。しかし、リーは事実を言っているのだ。精神不安定なポロックはまるで「大きなこども」である。その無限の才能を愛し、育みたいと思えば、「こども」は諦めるしかない。辛いなぁと思う。リーとて、子供が欲しくなかったはずはないだろう。そういう普通の夫婦の関係を夢みなかったはずはない。だが、一度荒れれば、物を壊し、狂態を示すポロックである。子供をそれに巻き込むことはできない、というのはリーの生まれてもいない子供への愛情に他ならない。リーの気持ちが手に取るように分かるだけに、辛いシーンであった。また、同時に、その潔い拒絶を前にして、ポロックが深く傷ついたことも確かだろう。仮に子供があったとして良きマイホームパパになれるような人間ではない、彼は。だが、もし子供がいたら、何か、おそらく彼が常に手探りで捜し求めていた「確かな絆」、それが具現したものとしての子供(自らの似姿)によって癒される所はあったのかもしれない。
良くも悪くも非常にアメリカの空気を捉えた良い作品に仕上がっている。NYのサロン的なアーティストの世界、人間関係、パーティ、そしてアトリエとして選んだ静かな避暑地での創作生活、リーとの新婚生活、やがて時と共に不協和音が奏でられていく二人の生活。
冒頭、ポロックの個展でのシーンで始まる。自分が特集されている「ライフ誌」にポロックがサインをする様子が映されている。そして彼が見せる表情。なんとも言えない、絶妙な表情である。この表情を撮るための映画だと言っても過言ではない。映画後半で、そのシーンが再現され、彼の視線の先にはリーがいて、客と歓談していることが分かる。無言のそのポロックの表情に、リーがまた無言で応える。このシーンの二人の表情が実に印象的である。
サイレントのシーンが綺麗に撮れている映画だ。台詞のない、夕焼けの中で佇むポロックの姿、割くこともできるカットなのに、そういうカットが敢えて入っていることで、よりこの映画は美しくなったと思う。シーンの美しさもあるが、その背景にあるポロックやリーの言葉には表せない気持ち。そういうものが詰め込まれている。秀逸。
ラストシーン。ポロックの愛人として、ジェニファー・コネリーが出てくる。そうだろうな、と思う。ポロックという人は、たぶんそういう時、空を見上げたのではないか。彼のような芸術家には見合った最期ではないか。
エンディングに流されるだみ声で、もしやと思ってエンディングロールの小さい文字を眉間に皺を寄せながら見ていたら、「やはり」であった。思わずにんまりしてしまった。Tom Waitsの
The World Keeps Turningである。(videoは曲に誰かがイメージをつけたもので、オリジナルとは思われず。)
この
歌詞もまた・・・(笑)いかにもTom Waitsである。10年ほど前に初めて彼の歌を聞いた時、なんてぇだみ声だろうかと思った。ところが聞き重ねる度に、なぜだかその「声」が恋しくなっていくのだから、不思議だ。実に心憎い選曲。
アメリカを舞台に、ある意味とてもアメリカらしい正当性を持って撮られた映画だが、昨今のハリウッド的な手抜きをしていない、丁寧に撮られた映画である。ポロックという画家を知らなくても、充分に楽しめる。そして、ポロックの絵を見てみたいと思わせる最近稀に見るアメリカ映画の秀作であった。