みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

欠食児童

2017年01月17日 | 俳句日記

 六日ぶりの阿武隈川です。河川敷は一面の雪原が朝日に照りかえり、眼球がまるで光に

押し込まれるような痛みさえ覚えました。

風は凪いで、蒼天に浮かぶ雲は真白にポカリと浮いているだけです。

早速、土手から川への階段をそろりそろりと下って、処女雪を踏みしめて川岸に向かいました。

 

 アイ君はいません。ひょっとして・・・餓死?! 脳裏を不吉にかすめます。

今年最大の寒波の中に六日間、ほかの鴨なら難を逃れていずこかへ飛んでいくのも有ですが

合鴨の彼は飛べません。しきりに不安が募ります。

 

突然下流からあの声がしました。私を見つけてくれました。

来ました、来ました。慌てて来ました。貪るように六日分の餌をついばみます。

嗚呼、よかったよかったと、安堵しながらよく見れば、首筋がわずかながら撚れて見えます。

肉が落ちて弛んでいるように見えるのです。野生ならぬ身の悲しさ、飢えていたのでしよう。

でも動きは常と変りません。きっと彼の中には何千キロも渡りを繰り返してきた先祖のDNAが

生きているのです。今日の餌を食べ終われば必ず回復するに違いありません。

 

 そう信じながら帰る道すがら、六人に一人が飢えている日本の子供たち。

ほんとの事ですか? 「もはや戦後ではない」から62年のこの日本で・・・・・。

なにかが狂ってやしませんか? 人間の子は野生ではないのですよ。

 

    < 聞きとどむ 菩薩いでませ 手鞠うた >  放浪子

 

一月十七日(火)  晴れのち曇り

          アイに会う、痩せていた。

          申し訳なし。