
ハナミズキ(別名、アメリカヤマボウシ)
4月16日〔火〕薄曇り
全天に薄い雲が広がる一日でした。
だからといって大気が冷える程ではありません。
返って雲のベールに包まれて湿度が上がり、ややむし暑さを覚えるようでした。
この街には救急救命搬送車の基地があります。
だから日に何度もピーポーピーポーを聴かされて
いますが、今日は一度も聴きませんでした。
市民の皆様には慶賀の至りです。
雑誌の占い欄に、する事がなければ不用品の整理と掃除をしろと書いてありました。
それで運が向くとか向かないとかの答えは書いてありません。
する事もないし従ってみましたが、やり始めたら一日中掛かってしまいました。
日頃のズボラの仕打ちです。
入日を観ながら風呂に入り、今日を想いました。
上がって本日の締めくくり、夕飯を買いに行きま
したが、「春宵一刻価千金」湯上りにサヤと涼しさを思い出させてくれる春の夕風、嗚呼!これが今日のご褒美か⁈と気付きました。
買い物袋をぶら下げての帰り道、路地裏のお宅の玄関先にハナミズキの花が咲いていました。
正確に言えば花弁に見えますが総苞片という雄しべや雌しべ、そして子房を包む皮が開いた様なものです。
この花が開くといよいよ春が終わるのです。
1912年に当時の東京市長尾崎行雄がワシントンD.C.にサクラを贈った返礼に先様から贈られて来たのがハナミズキでした。
今では全国に普及しています。
オフィス街などではベニバナハナミズキが多く見られますが、住宅街では白が圧倒的に多のです。
解らぬ訳でもありません。
ピンクの花を見て中洲に帰られては困るのです。
楚々とした白い花は、亭主の帰りをつましく待つ
家族の物言わぬ象徴なんです。
アメリカさんも良い花を贈って下さいました。
因みにハナミズキの西洋での花言葉は、
○永続性、耐久性
○逆境にも耐える愛
○私が貴方に関心がないとでも?
当時の政治家の何人がこのメッセージを正面から受け止めたのでしようか?
外交は裏の裏とも言われますから一概には言えませんが、日米開戦は避けられたかも。
それはさておき、我々庶民のつつましい所帯には打って付けの植木のようですね。
この御宅の4軒先が救急消防署です。
まだ燈がともり、元気な声が聞こえていました。
我々のつましい暮らしを見守ってくれています。
同じく若い人達が、海でも、空でも、離島でも。
有難いことです。
〈お帰りと 無言の声や ハナミズキ〉放浪子
季語・ハナミズキ(春)