「回転」
魔王
伊坂幸太郎 講談社文庫
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/books/topics/maou/
すばらしい小説でした。
2005年の時点で、小泉内閣の登場を予言しているような内容だということが一番目をひきますが、それ以上に物語の作り方、カードの切り方のうまさ、バランスのよさに唸らされます。
景気が停滞しきった絶望的な状況でアメリカとの関係にうんざりしている日本に、カリスマ性のある急進的な政治家が登場してくる。
主人公はそんな世の中に生きるサラリーマン。
何かあったら、じっくりと考え、すべてを疑ってみるという慎重な性格。
ごく普通の青年だが、ある日、自分が念じた通り、人に言わせる能力があることに気付く。
こんな設定の話だと、主人公が大活躍してしまうのが普通。
そうなると「二十世紀少年」みたいな悲惨な物語になってしまうと思うんですが、この話では主人公が世の中を変えるなんてことはまったくない。
政治家の発言に胡散臭さを感じつつもどこか惹かれていく自分に危機感を憶えつつ生活していく。
自分の周りでおかしな変化があるのに気付きつつも、無力感に苛まれながら何もできずにいる。
すると、そろそろ、そこで同じ能力をもった仲間がでてくる、なんていう急展開がありそうなのに、対立する相手かも、と思わせる人物が登場するのみ。
不安や変化を予感させる出来事ばかりが次々と起こり、大きな出来事が起こらないストーリーは相当退屈になりそうなのに、宮沢賢治の詩や魔王のエピソードの使い方がうまいから、まったく緊張感が途切れない。
主人公の弟の妻が主人公の、後半の物語はより間接的に物語が描かれている。
夫婦はことんどニュースを見ないし政治にも関心がない。
東京から地方に引っ越し、どうやら劇的な変化を見せているらしい世の中の状況にも疎い。
でも、自分の夫に不思議な能力があり、異変が起ころうとしていることに気付く。
これも、気付くところで話は終わり、これ以上展開していない。
兄弟はそれぞれ不思議な能力をもっているんですが、それがどちらも地味。
弟の方はすごくツキがあるというもの。
二人とも傍目には特別な能力があるとは分からない。
シューベルトの「魔王」のように、ほとんどの者はなにも気付かないままだ。
この辺はヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を連想させます。
自分の感覚が果たしてどこまで正しいのか分からない状況というのは、人間に常につきまとい続ける不可避な不安なのでしょう。
マクガイバーのように考えても分からないし、余計なことを考えないようにしても分からない。
もうひとつ、この物語がすごいと思ったのは、真実や正解なんてものは多分、世の中にないんじゃないか、という現実をしっかり描いていること。
政治家の犬飼を普通なら悪役にしそうなものなのに、決してそうは描いていない。
みんなが指示するのも分かるというだけの魅力がありそうな主人公になっている。
私たちにできるのは、それが過去の出来事になってからふり返るのみなのだ。
「モダンタイムス」という最近、文庫化された小説が、この作品の続編ということなので思わず買ってしまいました。
続編といっても、いい意味で裏切ってくれるんだろうなあ。(ひ)

魔王
伊坂幸太郎 講談社文庫
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/books/topics/maou/
すばらしい小説でした。
2005年の時点で、小泉内閣の登場を予言しているような内容だということが一番目をひきますが、それ以上に物語の作り方、カードの切り方のうまさ、バランスのよさに唸らされます。
景気が停滞しきった絶望的な状況でアメリカとの関係にうんざりしている日本に、カリスマ性のある急進的な政治家が登場してくる。
主人公はそんな世の中に生きるサラリーマン。
何かあったら、じっくりと考え、すべてを疑ってみるという慎重な性格。
ごく普通の青年だが、ある日、自分が念じた通り、人に言わせる能力があることに気付く。
こんな設定の話だと、主人公が大活躍してしまうのが普通。
そうなると「二十世紀少年」みたいな悲惨な物語になってしまうと思うんですが、この話では主人公が世の中を変えるなんてことはまったくない。
政治家の発言に胡散臭さを感じつつもどこか惹かれていく自分に危機感を憶えつつ生活していく。
自分の周りでおかしな変化があるのに気付きつつも、無力感に苛まれながら何もできずにいる。
すると、そろそろ、そこで同じ能力をもった仲間がでてくる、なんていう急展開がありそうなのに、対立する相手かも、と思わせる人物が登場するのみ。
不安や変化を予感させる出来事ばかりが次々と起こり、大きな出来事が起こらないストーリーは相当退屈になりそうなのに、宮沢賢治の詩や魔王のエピソードの使い方がうまいから、まったく緊張感が途切れない。
主人公の弟の妻が主人公の、後半の物語はより間接的に物語が描かれている。
夫婦はことんどニュースを見ないし政治にも関心がない。
東京から地方に引っ越し、どうやら劇的な変化を見せているらしい世の中の状況にも疎い。
でも、自分の夫に不思議な能力があり、異変が起ころうとしていることに気付く。
これも、気付くところで話は終わり、これ以上展開していない。
兄弟はそれぞれ不思議な能力をもっているんですが、それがどちらも地味。
弟の方はすごくツキがあるというもの。
二人とも傍目には特別な能力があるとは分からない。
シューベルトの「魔王」のように、ほとんどの者はなにも気付かないままだ。
この辺はヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」を連想させます。
自分の感覚が果たしてどこまで正しいのか分からない状況というのは、人間に常につきまとい続ける不可避な不安なのでしょう。
マクガイバーのように考えても分からないし、余計なことを考えないようにしても分からない。
もうひとつ、この物語がすごいと思ったのは、真実や正解なんてものは多分、世の中にないんじゃないか、という現実をしっかり描いていること。
政治家の犬飼を普通なら悪役にしそうなものなのに、決してそうは描いていない。
みんなが指示するのも分かるというだけの魅力がありそうな主人公になっている。
私たちにできるのは、それが過去の出来事になってからふり返るのみなのだ。
「モダンタイムス」という最近、文庫化された小説が、この作品の続編ということなので思わず買ってしまいました。
続編といっても、いい意味で裏切ってくれるんだろうなあ。(ひ)
