昨夜の夜勤は眠かった~(笑
懐かしい国鉄時代の写真を紹介している「あの頃の・・・」
私が中学生だった頃に、とある方から頂いた写真をご紹介しております。
今回は前回に登場した151系の一等車 クロ151・通称「パーラーカー」
昭和30年代、電化路線の延伸で近代化の路を一気に突き進む国鉄
東海道本線を走る展望車を連結した客車特急「つばめ」「はと」の1等展望車に代わる車両として登場したのが「クロ151」パーラーカーでした。
今の時代で言えば東北新幹線E5系のグランクラスの様な感じに思われるでしょうが全然違うようです。
民間輸送の質の面から見てまだまだ不十分であった時代に一部の富裕層の為に設けられた車両のようで、今で言えば国際緯線のファーストクラスの様な存在で、庶民には眺めるだけの特別な車両だったようです。
その様な特別の仕様からか、クロ151系には当時としては世界最大級の大きさの窓ガラスが使用されていたようです。

東京~神戸駅・宇野駅間を1961(s.36)年から東海道新幹線開業の1964(s.39)年のわずか4年ほど走った151系「富士」
その後はブルートレインとして人気を不動のものとします。
撮影年は不明ですが、わずかに写っている駅名から「国府津駅」ではないかと思われますが詳細は不明です。
つづく・・・
懐かしい国鉄時代の写真を紹介している「あの頃の・・・」
私が中学生だった頃に、とある方から頂いた写真をご紹介しております。
今回は前回に登場した151系の一等車 クロ151・通称「パーラーカー」
昭和30年代、電化路線の延伸で近代化の路を一気に突き進む国鉄
東海道本線を走る展望車を連結した客車特急「つばめ」「はと」の1等展望車に代わる車両として登場したのが「クロ151」パーラーカーでした。
今の時代で言えば東北新幹線E5系のグランクラスの様な感じに思われるでしょうが全然違うようです。
民間輸送の質の面から見てまだまだ不十分であった時代に一部の富裕層の為に設けられた車両のようで、今で言えば国際緯線のファーストクラスの様な存在で、庶民には眺めるだけの特別な車両だったようです。
その様な特別の仕様からか、クロ151系には当時としては世界最大級の大きさの窓ガラスが使用されていたようです。

東京~神戸駅・宇野駅間を1961(s.36)年から東海道新幹線開業の1964(s.39)年のわずか4年ほど走った151系「富士」
その後はブルートレインとして人気を不動のものとします。
撮影年は不明ですが、わずかに写っている駅名から「国府津駅」ではないかと思われますが詳細は不明です。
つづく・・・
夕方に東京駅を出発。車中でアルコールを呑みながら、そのまま伊豆の熱海の温泉旅館へ。
私がまだ1才の時の列車です。
聞いた話では外国人の乗客も多かったらしいです。
庶民の祖父はモノクロフィルムで撮影してました。
庶民の孫で良かった(^_-)-☆
当時は庶民の憧れだった特急電車
祖父様は写真を撮影されつつ優雅な旅を楽しんでおられたようですね~。
今回ご紹介している写真は私たちが生まれる少し前の高度成長期の輝かしい時代の象徴のような列車たち。
今の様にお手軽に撮影できるものではなかった時代、祖父様も含め今回の写真を撮影された先人の貴重な記録に感謝ですね。