今年のクルージングは、フランス中部Deluzで終了
前回のブログでお伝えした通り、座礁によるラダーの破損事故のあとBaume-les-Damesに戻り、ステアリングが使えるように応急補修をして、8月18日修理工場のあるDeluzになんとかたどり着き、それ以降今後どうするかという方針を検討してきた。ここでラダーが修理可能であればそれが一番良いのだが、時間がかかることと、きちんと直せるかどうかという不安もある。最終手段として船をトラックで目的地、Port Napoleonまで陸路輸送するという方向で業者を探し、見積もりや日程を確認する日々が続いた。結論が出たのは8月22日(火)。地元の修理業者からは、8月は忙しいが9月になれば修理ができると言われた。それでは遅すぎる。仮に修理しても再度Port Napoleonで完全に修理する必要がある。一方トラックは、ドイツ・Flensburgに置いてきたマストの運送契約をした会社から、値段もスケジュールも満足できるものが提示されたため、その会社に依頼して船はマストと共に地中海まで運んでもらうことに決めた。
271ロックを通過し2,000㎞を超えた運河の旅が終わった
6月12日にバルト海のドイツ・Lubeckから運河に入り、ドイツを横断しオランダ・ベルギー・フランスの川と運河を上ったり下ったりしながらスイスBaselまで行き、ここフランス中部のDeluzまで271ものロックを超え2,010kmを走ってきた。ローヌ川を下り地中海に出るまで残すところ650㎞。残念ながら目的地までもう少しのところで運河の旅は終わることになってしまったが、それなりの達成感は持つことができた。
自転車で隣村まで買い出し
船を係留しているDeluzは船の整備工場以外まったく何もない過疎集落だ。マリーナの前にある大きな廃屋は1977年に発生した経済危機のためつぶれた製紙工場跡。稼働中は500人以上が働いていたそうで、そのためかこんな過疎の村にも国鉄の駅がある。しかし、フランス人にとって欠かせないパン屋も今は営業しておらず、お店が一軒もない。我々は船を陸送すると決めて以降、できるだけ残っている食料品を使い切るようにしているが、どうしてもパンや生鮮食料品の補充が必要になる。
8月23日、自転車で6kmほど先の隣村Novillarsまで行き、小さなお店でパンとヨーグルトを調達した。運河沿いの道を自転車で走りながら、本来はここをとっくに船で通過したはずなのに・・・という思いが湧きあがってくるが、仕方がない。すべて自分たちの責任なのだから。それにしてもフランスの運河や河川の整備の悪さは他国に比べてひどい。せめて浅瀬注意の標識が立っていたら、と思うと悔しさと共に怒りが込み上げてくる。
Doubs川に囲まれた要塞都市Besancon
8月24日(木)、気晴らしに電車で15分ほどのBesanconに遊びに行く。新市街にある駅から、大きく蛇行するDoubs川の内側、蛇の鎌首の部分に造られたBesanconの旧市街を抜け、階段と坂道を登るとそこは市街地とDoubs川をすべて見渡せる堅牢な城塞だった。人口12万人ほどという小さな町だが、しばらく何もない田舎で過ごしてきた我々の目から見ると大都会に見えた。
自転車も一緒に乗れる国鉄
Besanconまで電車で行ったとき、自転車も一緒に載せる人たちがいるのに驚いた。
8月26日(土)そろそろ買い出しが必要となったため、自転車で大きなスーパーのあるBaume-les-Dames まで13kmほどDoubs川沿いに戻り、買い物に出かけた。往路は1時間10分の道のりだが、帰りは電車で10分ちょっと。まことに便利なシステムだ。
Doubs川で獲れた魚をもらう
8月28日(月)、てまりのすぐそばに停泊し、犬と共に船で生活している男性から、川に仕掛けた網で獲れたばかりの魚をプレゼントされた。フナのような魚で、唐揚げにして食べてみると、身は柔らかいが泥臭さはなく結構いけた。
ブルゴーニュ地方の入口の町Dole
8月29日(火)、電車でDoleに遊びに行く。Besanconで電車を乗り換えて30分ほどだが、そこは既にワインで有名なBourgogne地方の入口だ。Doubs川沿いに広がる小さな町だが、こんなところにも日本料理店があるのにびっくりする。
船を運ぶトラックのスケジュールがまだ来ないため、何もないDeluzから身動きができずイライラする日々が続く。今日明日には連絡が来る予定なのだが・・・・。
その他の写真はこちらからご覧いただけます。