Yacht TEMARI blog  ヨットてまりのブログ

2011年スペインを出発、3年かけて地中海を一周。その後カリブ海へ渡り、ヨーロッパに戻って航海中のきままなヨットの旅です

8月20日~8月30日 ヨーロッパ運河の旅 フランス北部Franche-Comteを行く

2017-08-30 | 旅行

今年のクルージングは、フランス中部Deluzで終了

前回のブログでお伝えした通り、座礁によるラダーの破損事故のあとBaume-les-Damesに戻り、ステアリングが使えるように応急補修をして、8月18日修理工場のあるDeluzになんとかたどり着き、それ以降今後どうするかという方針を検討してきた。ここでラダーが修理可能であればそれが一番良いのだが、時間がかかることと、きちんと直せるかどうかという不安もある。最終手段として船をトラックで目的地、Port Napoleonまで陸路輸送するという方向で業者を探し、見積もりや日程を確認する日々が続いた。結論が出たのは8月22日(火)。地元の修理業者からは、8月は忙しいが9月になれば修理ができると言われた。それでは遅すぎる。仮に修理しても再度Port Napoleonで完全に修理する必要がある。一方トラックは、ドイツ・Flensburgに置いてきたマストの運送契約をした会社から、値段もスケジュールも満足できるものが提示されたため、その会社に依頼して船はマストと共に地中海まで運んでもらうことに決めた。

271ロックを通過し2,000㎞を超えた運河の旅が終わった

6月12日にバルト海のドイツ・Lubeckから運河に入り、ドイツを横断しオランダ・ベルギー・フランスの川と運河を上ったり下ったりしながらスイスBaselまで行き、ここフランス中部のDeluzまで271ものロックを超え2,010kmを走ってきた。ローヌ川を下り地中海に出るまで残すところ650㎞。残念ながら目的地までもう少しのところで運河の旅は終わることになってしまったが、それなりの達成感は持つことができた。

自転車で隣村まで買い出し

船を係留しているDeluzは船の整備工場以外まったく何もない過疎集落だ。マリーナの前にある大きな廃屋は1977年に発生した経済危機のためつぶれた製紙工場跡。稼働中は500人以上が働いていたそうで、そのためかこんな過疎の村にも国鉄の駅がある。しかし、フランス人にとって欠かせないパン屋も今は営業しておらず、お店が一軒もない。我々は船を陸送すると決めて以降、できるだけ残っている食料品を使い切るようにしているが、どうしてもパンや生鮮食料品の補充が必要になる。

8月23日、自転車で6kmほど先の隣村Novillarsまで行き、小さなお店でパンとヨーグルトを調達した。運河沿いの道を自転車で走りながら、本来はここをとっくに船で通過したはずなのに・・・という思いが湧きあがってくるが、仕方がない。すべて自分たちの責任なのだから。それにしてもフランスの運河や河川の整備の悪さは他国に比べてひどい。せめて浅瀬注意の標識が立っていたら、と思うと悔しさと共に怒りが込み上げてくる。

Doubs川に囲まれた要塞都市Besancon

8月24日(木)、気晴らしに電車で15分ほどのBesanconに遊びに行く。新市街にある駅から、大きく蛇行するDoubs川の内側、蛇の鎌首の部分に造られたBesanconの旧市街を抜け、階段と坂道を登るとそこは市街地とDoubs川をすべて見渡せる堅牢な城塞だった。人口12万人ほどという小さな町だが、しばらく何もない田舎で過ごしてきた我々の目から見ると大都会に見えた。

自転車も一緒に乗れる国鉄

Besanconまで電車で行ったとき、自転車も一緒に載せる人たちがいるのに驚いた。

8月26日(土)そろそろ買い出しが必要となったため、自転車で大きなスーパーのあるBaume-les-Dames まで13kmほどDoubs川沿いに戻り、買い物に出かけた。往路は1時間10分の道のりだが、帰りは電車で10分ちょっと。まことに便利なシステムだ。

Doubs川で獲れた魚をもらう

8月28日(月)、てまりのすぐそばに停泊し、犬と共に船で生活している男性から、川に仕掛けた網で獲れたばかりの魚をプレゼントされた。フナのような魚で、唐揚げにして食べてみると、身は柔らかいが泥臭さはなく結構いけた。

ブルゴーニュ地方の入口の町Dole

8月29日(火)、電車でDoleに遊びに行く。Besanconで電車を乗り換えて30分ほどだが、そこは既にワインで有名なBourgogne地方の入口だ。Doubs川沿いに広がる小さな町だが、こんなところにも日本料理店があるのにびっくりする。

船を運ぶトラックのスケジュールがまだ来ないため、何もないDeluzから身動きができずイライラする日々が続く。今日明日には連絡が来る予定なのだが・・・・。

その他の写真はこちらからご覧いただけます。


8月9日~8月19日 ヨーロッパ運河の旅 フランス・AlsaceからFranche-Comteへ・・・・これが運河クルーズ最後の旅となるかも

2017-08-20 | 旅行

8月9日(水)、夕方Montreux-ChateauからMontbeliardまで一緒に走ってきたCalistaに招かれてワインをごちそうになる。ご主人のFelixは世界各国で自身の考案した緑化技術の特許を持つエンジニアで、奥さんLadinaはFelixの仕事のマネージメントをしながら小説も書くという多彩な二人。日本と仕事の上でかなり深いつながりがあったようで大の日本びいき。80歳になるFelixとそれに近いLadinaはいまだに仕事を続けるかたわら夏は船に乗り、春秋はシャモニーの別荘で過ごす多忙な毎日を過ごしているという。二人とも元気いっぱいで、そうしたアグレッシブな生き方が若さを保つ秘訣なのだろう。

プジョーミュージアムを見学

日本では車よりペッパーミルやコーヒーグラインダーの方が有名かもしれないPeugeot(プジョー)はフランスの三大自動車メーカーのひとつで、ヨーロッパでは人気のある車だ。そのプジョーという会社が誕生したのが、現在でも工場があるここMontbeliardで、その一部が博物館となっている。19世紀前半、工具やミシン、コーヒーグラインダーなどを製造する会社として誕生したPeugeotはその後オートバイや自転車などを経てフランスの三大自動車メーカーのひとつとなる大企業に発展した。その初期から今日まで造られた製品の数々が展示された博物館はとても興味深く見学できた。

Montbeliardを出航後L'Isle Sur le Doubsで1泊したのち昨日Baume-les-Damesに到着。

フランスでもプレミアムのコンテチーズ生産地を行く

このあたりはFranche-Comteというエリア。ここで一切合成飼料を使わずに飼育されたモンベリアード牛の乳のみによって作られるコンテチーズは特に美味しいという評判だ。山に囲まれた牧草地帯の中を走っていると、牛のカウベルが聞こえてくる、まことにのんびりとした雰囲気だ。しかし、そこに思わぬ落とし穴が待っていた。

てまり座礁、まさかの大きなダメージ

8月13日(日) Besanconを目指して午前8時に出発した。Donnemarierを起点にCanal Rhone au RhinはDoubs川を利用して作られており、川本流と狭い運河を出たり入ったりしながら下っていく。

事故が発生したのは午前9時過ぎ、最初のロックを通過後Doubs川本流に入って2㎞ほど行ったところだった。標識に右岸から15m以上離れて通過するように指定されていたため、川のやや左岸よりを通っていたところ、突然ガツンと舵が何かに当たり船が止まった。水深計は2mほどの深さを示していたため、周囲をチェックせずそのままエンジンの回転を上げて乗り切ろうとしたがダメ。船の周囲をよく見ると砂利の川底がすぐそこに見えた。慌ててバックで出ようとフルスロットでエンジンを回す。徐々に下がり始めた途端、大きな音がしてステアリングが効かなくなった。

調べてみると、ステアリングとラダーを繋ぐジョイント金具がボルトの部分で破断し二つに割れていた。船は完全に浅瀬に乗り上げてしまっており、バックしようとして舵に大きな負担がかかった結果だった。近くで見ていた釣り人がVNF(フランスの運河やロックを管理する行政機構)に電話をかけて救援の要請をしてくれた。

10分ほどすると、VNFのスタッフ、警察官、そしてダイバーと総勢15名ほどが車で駆けつけてきた。結局船は川沿いに停めたレッカー車からロープで引き出すことになった。前方は完全な浅瀬のため船は後ろに引っ張るしかない。しかし、舵はジョイント金具が壊れたように、既に砂利の中に埋まっている。船が傷ついても良いから後ろではなく船の横から引っ張ってくれと頼んだが、そこは浅すぎて無理だという。昼近くになってレッカーで引き始める。案の定、舵は砂利を噛むガリガリという音を立てる。20分ほどかけてようやく脱出。

なんとか舵は動くが、ステアリングが使えないため、応急のティラー(梶棒)をセットして1㎞ほど下流のポンツーンまで移動、舵が異常に重たい。上からのぞくと予想通り舵は接合部分から大きく曲がってしまっていた。

今日の目的地まではまだ5つのロックがあるため、そこに行くのは危険と判断、出発地Baume-les-DamesにUターン、応急の舵を必死に操作しながら午後3時半、なんとかたどり着くことができた。

運河化されているところは狭いが危険なところはほとんどない。一方自然の川は何処に危険が潜んでいるのかわからない恐ろしさを改めて認識した。

ジョイント金具は修理したものの、舵の曲りは直せるかどうか・・・・・

てまりを引き出してくれたレッカー車を運用しているNicorasは親切で顔が広く、てまりのトラブルをなんとかしようと色々なところに電話をしてくれた。その結果18㎞ほど先のDeluzまで行けば船を上架して舵の修理ができるかもしれないと言われ、なんとかそこまでたどり着くために、ステアリングのジョイント金具の応急修理を彼に依頼した。

8月18日(金)、週前半がフランスの祭日を挟んだ飛び石連休だったため、ジョイント金具ができあがるまで4日も待たされたが、今朝Baume-les-Damesをようやく出航、18㎞先のDeluzに向かう。大きく曲がったラダー(舵)の抵抗のため船は右へ右へ行こうとし、それをコントロールするステアリングはめちゃくちゃに重たい。3時間ほどでなんとか6つのロックを超えて午前中無事Deluzに到着。あらかじめ連絡してあったため、リペアアショップのClaudeが待っていてくれた。午後スロープを利用して舵の部分だけを水面に出してチェックすると、可動式舵のジョイント部分から予想以上に大きく曲がっている。 

Claudeはそれを見て、修理をやってみても良いがアルミニウムでこれだけ曲がってしまうと、元に戻すと恐らく割れてしまうよ。なんとかそのまま走れないか?と言われた。しかし、今日わずか20㎞弱を走るのにどれだけ大変だったかを考えると、地中海まで残り650㎞を走るのは危険が大きすぎる。壊れるリスクを覚悟して修理をしてもらうか、そのまま何もせずにトラックで船を運ぶか・・・・。今日は金曜日のため、いずれにしろ結論は月曜日まで待つしかない。

VNFのスタッフFannyの家に招かれる

船が座礁する前にロックで知り合ったVNFの女性スタッフFannyが座礁の時も応援に駆け付けてくれた。その後も何度か船に立ち寄って、何か困ったことがあったらいつでも連絡をくれと言ってくれた。そして今日彼女にSMSで、航海はここDeluzで中止しトラックで運ぶかもしれないと伝えるとすぐに電話が来て、今日迎えに行くから家に遊びに来いと誘ってくれた。

夜8時過ぎ、残業で遅くなった帰り道Deluzまで来て我々をピックアップし家に向かう。

Verneという小さな村にあるFannyの家にはボーイフレンドのCyrilが待っていて、4人で遅い夕食を食べながら色々な話に花が咲いた。地獄で仏に出会ったとは、まさにこのことだ。

久しぶりに普通のベッドで寝て、翌日はFannyとCyrilの案内でDoubs川を見下ろす景色の良い場所やきれいな湧水のある場所などを案内してくれた。山の上から見下ろす景色はまさに渓谷そのもの。先日てまりが座礁した場所も上から眺めている限り、ゆったりと流れる美しい川でしかない。我々ははるばる海からこんな山奥まで,良くヨットで走ってきたものだと感慨に耽る。それも、Fanny達が管理する無数のロックのお蔭だ。この後地中海まで行けるかどうかは舵の修理次第だが、仮にここで運河の旅が終わってしまっても良いような気がした。

その他の写真はこちらからご覧いただけます。


7月30日~8月9日 ヨーロッパ運河クルーズ ライン川からスイスの町Baselへ

2017-08-10 | 旅行

狭く浅い運河を抜け、再びライン川に

7月30日(日)ドイツとフランスが程よくカルチャーミックスされた素敵な町Strasbourgを出航、Canal du Rhone au Rhine(Nord) を上る。この運河はライン川と平行して走っておりどちらを通るか迷ったが、交通量も多く流れもあるライン川を避けてこちらのルートを選択した。運河の幅は狭く浅い。水深は1.5mほどしかない場所もあったが、交通量が少ないため問題なく通行できた。

7月31日(月)、Boofzheimの小さなマリーナに一泊したあと再びRhine川に出た。6月28日Rhine川の下流域を下りオランダでMAAS川へ入ったあとベルギー・フランスの川や運河を経て一ヶ月ぶりにライン川上流域に戻ってきた。この辺りは運河化されてはいるが、時速3-4㎞ぐらいの流れがある。ロックは大きな貨物船や観光船が通るため巨大だ。フランスの狭くて小さなロックになじんでしまったため、あまりの違いに戸惑ってしまう。

ライン川はドイツとフランスの国境線

ライン川を挟んで東側がドイツ、西側がフランスとなっており、今日の停泊地Breisachのマリーナは東岸ドイツにある。マリーナと言っても川沿いに簡単に作られた桟橋のため、川の流れをもろに受ける。地元の船から、舫いは長めにとった方が良いよとアドバイスされた。近くを大きな船が通るたびに海に居るように大きく船が揺れるため、ショックアブソーバーとして舫いを長めにしておかないと危険なのだ。

13時間近くかかり、スイス・バーゼルに到着

8月2日(水) Baselまで約60㎞、4つのロックを通過し流れのあるライン川を遡上せねばならないため、Breisachを午前6時半過ぎに出航する。24時間運用されているライン川のロックは大型船優先なので、てまりのような小さなプレジャーボートは大型船が来るまでロック手前で待たされる。これが想定外に時間がかかった。スイスに近いというのに異常に暑い中、最長1時間半待たされ、たった4つのロックを超えるのに要した時間は5時間40分。流れに逆らって遡上する船のスピードは時速8キロ程度しか出ないため時間は容赦なく過ぎていく。

Baselに到着したのは午後7時を回っていた。あらかじめ最後のロック通過時に、到着予定時間をマリーナに電話しておいたため、桟橋ではマリーナを管理するマダムが待っていてくれた。熱いシャワーを浴びた後飲んだビールの味は格別だった。

国境の町バーゼル

まさかヨットでスイスまで来るとは思ってもみなかったが、我々はどうしてもここに来る必要があった。てまりのようなEU圏外の登録艇はEU内に原則18か月しか滞在できない。それを超えると、船の価値に対して約20%のVAT(消費税)を掛けられてしまう。来年もEU圏外への航行は予定していないため、今年中に一旦EU外の国に出る必要があった。昨年航海計画を作成時、EUに加盟していないスイスに行けばよいことに気が付き、ここBaselに立ち寄ることにしたのだ。

8月3日(木)早速スイス税関に行き、てまりがスイスに入国した何らかの証明書が欲しいと伝えた。スイスはEUに加盟していないがシェンゲン協定加盟国であるため、EUから入ってもパスポートのチェックや税関検査は通常必要ない。スイスでは2か月間まで他国籍船の係留を手続きなしで認めているため、それを超えない限り税関はノーチェック。従って数日しか滞在しないてまりに書類は出せないと言われた。しかし親切な係官は我々の事情を理解し、マリーナの係留料支払い領収書を見せるとそれに税関のスタンプを押してくれた。これさえあれば、今日から18か月間堂々とEU圏内に滞在できる。苦労してスイス・Baselまで来た甲斐はあった。

バーゼルっ子にとってライン川が水遊びの場所

スイスに来たというのに連日30度を超える暑さが続くここBaselではちょっと変わった水遊びがさかんだ。ゆったりと流れるライン川に入り、川の流れに任せて500mほど下る。その際の浮き袋は、洋服や靴を入れておける防水バッグで、町中で売られている。水もきれいなライン川をのんびり浮かんでいる姿を見ているとこちらもやりたくなってしまう。

1時間でフランス・ドイツを回ってスイスに帰る

マリーナから200mほどのところに、スイス・フランス・ドイツの国旗をあしらったモニュメントがあり、それぞれの方角をしめしている。つまりここが3か国の国境線ということだ。

8月4日(金)自転車で5分ほど走るとそこにドイツとの国境検問所があった。とはいえ実質フリーパス、何のチェックもない。その先の交差点を左折してライン川に架かる橋を渡るとそこはフランス。こちらは検問所も何もない。我々はフランスのマーケットで惣菜を買い、ドイツのスーパーで食料品を購入してスイスに戻った。地元の人たちはそれを当たり前にやっているが、国境のない島国に住む日本人にとっては、なんとも不思議な体験だった。

長年の友人Taggiを乗せてスイスから再びフランス・アルザスへ

夕方チューリッヒに住むスイス人の友人TaggiとBaselの駅で待ち合わせ、地元のレストランで夕食を摂ったあと船に戻る。クロアチアで、てまりに乗艇して以来5年ぶりの再会だ。

8月5日(土)朝8時過ぎに出航、ライン川を下り昨日待たされたロックに到着。無線でTaggiにドイツ語でコンタクトしてもらうとすぐに返事があり、しばらくして信号が青に変わった?!

次のCanal du Rhone au Rineに入るジャンクションのロックでも同じ、まったく待つことなくロックを通過することができた。Taggiのロックキーパーとのやりとりを聞いていると、途中からフランス語に変わった。後で聞くと、相手のドイツ語にフランス語なまりがあったので切り替えたという。やはりヨーロッパを旅していると英語だけではダメだと痛感してしまう。おかげで33㎞先の目的地Mulhouseに昼過ぎに到着することができた。

再びフランス運河でのロックとの戦いがスタート

8月7日(月)Mulhauseを出航して、Canal du Rhone au Rineを西に向かう。今日は24㎞の航程で23ものロックがある。前日に最初のロックの通過時間を電話で予約、朝8時半にMulhouseのマリーナから1㎞ほどのロックに到着。既にゲートは開いておりロックキーパーが待っていた。同行する船はなく、てまりだけ。そこから連続する15のロックと2つの跳ね橋はすべてそのロックキーパーが車で先回りして操作をしてくれた。ランチタイムの一時間の休憩をはさんで、その後は女性のロックキーパーが同様に対応してくれ、目的地Donnemarierに予想より早く午後4時前に到着。

翌8月8日も同様で、午前8時半に最初のロックを予約、Donnemarierから10㎞先のMontreux Chateauまでの14ロックすべての操作をキーパーがやってくれ、目的地には昼前に到着。ここまでRhine川からずーっと上ってきたが、ここが分水嶺でこれからは地中海に注ぐソーヌ・ローヌ川に至る下りの運河となる。

8月9日(木)午前9時隣に舫いを取っていたスイス艇Calistaと共に出航。次の目的地Montbeliardまで12ロックをスムースに通過し、午後1時過ぎにマリーナに舫いを取ることができた。

ここでTaggiが降りて、明日から再び二人だけのクルージングに戻る。ドイツ語・フランス語・英語・イタリア語を普通にしゃべれるTaggiがいてくれたお蔭でロックの通過も問題なく、美味しい食事も楽しむことができた。これからはフランス人とのコミュニケーションに苦労しそうだ。

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