百醜千拙草

何とかやっています

WTSIの決断

2019-06-07 | Weblog
先週号のNatureのフロントページをパラパラしていたら、
Genomics institute to close world-leading animal facility
というニュース。

イギリスのWellcome Sanger Institute (WTSI) といえば、ゲノム、遺伝学研究のトップクラスの研究施設で、近年はIMPC(International Mouse Phenotyping Consortium)で、網羅的に全遺伝子のノックアウトマウスを作って解析するという大きなプロジェクトでも主要な役割を果たしてきました。

そのWTSIが動物施設を閉鎖すると発表したそうです。動物施設は2006年に約40億円ほどをかけて建設され、マウスをはじめとする実験動物の作成と研究に使われてきました。
理由は、世界的に実験動物の使用を減らそうとするトレンドに沿って、施設の研究戦略にのっとって決断したとのことです。

MITのワインバーグはこの動物実験施設の閉鎖について、「大きな後退だ」「驚いた、20年早い」とコメント。他の科学者も概ね同様の意見で、WTSIの前ディレクターでマウス遺伝学者のAllan Bradleyは、WTSIの動物リソースは世界中の研究者からTreasureであると思われており、過去12年もっとも高度の動物倫理を維持してきた(昨年にWTSIの動物施設のスタッフ不足から倫理面で問題のある運営がなされていたとの報告があったことに関して)とコメント。

私も、この決断の理由が発表の通りであるならば、研究という面からは、やはり時期尚早であると思います。
細胞培養技術が開発され、分子生物学的研究手法が適用された結果、人工的な環境の中での細胞の振る舞いを解析することで、数々の発見がなされました。その後、マウスの遺伝子改変技術の開発後に、それらのin vitroでの発見を、実際の動物で確認したい、という研究上の必要性から、動物実験は急激に拡大しました。その結果、多くの細胞レベルでの in vitro での発見は、実際の動物の中では証明できないというようなことが頻発しました。つまり、人工的な環境で培養細胞などを使って発見されたことの多くで、実際の生体内での(生理的な)意義は明らかでない、ということが明らかになりました。実際の生体は、人工的につくられた環境とは随分違うということです。

この記事の中にもありますが、例えば、がん研究です。がん細胞の増殖や生存を変化させる方法はそれこそ山のようにin vitroで発見されてきていますが、それが生体内で実際に効くと証明されたものはそのごく一部です。がん細胞はいろいろな細胞や組織の複雑な系の中で増殖するもので、そうした生体環境をin vitroで再現、モデル化することは現在のところ不可能です。(もちろん、そうした努力はなされていますが、使い物になるというレベルには程遠いです)仮に、モデル化できたところで、そのモデルの正当性を問うには、結局、動物モデルとの比較が必要となりますから、それなら、最初から動物でやろうというのが世の趨勢でしょう。

また、倫理的側面に関しては、in vitroの実験系でも、動物由来の由来の資材はつかわれており(例えば、牛の血清など)、動物実験をやめたからといって、ただちに実験のために動物が犠牲になることがなくなるということはありません。

in vitro培養技術を使って、動物を代用するということは、ほとんどの場合で、多分、永久に不可能であり、ワインバーグの言うようにこれは科学的な面で言えば、WTSIは大きな後退となると私も思います。

しかし、人間の都合のためなら動物は利用して良いというのは、人類の成長という観点からすれば、改められるべき態度であろう、と私は思います。

例えば、病気で苦しむ患者さんに対して、医師が思いつきで実験的治療をしたり、データをとるための検査をしたりしていた時代はそう昔のことではありません。「大学病院でモルモットにされる」というような表現はしょっちゅう耳にしました。医学の発展のために患者さんを実験台にするのも悪いことではないというような思い上がった意識を少なからぬ医師が持っていた時代もありました。そうでなくても、患者を怒鳴りつけたり、見下した不躾な態度をとったりする医師も昔は珍しくはなかったです。今では許されません。実験動物にしても同じことで、将来的には、生命の尊厳という観点からも動物実験というものは無くなっていくべきだろうとは思います。

今回のWTSIの決断が、どちらに転ぶかわかりません。少なくとも従来の医学生物研究の分野でトップを走ることはできなくなるでしょう。実験にも研究者にも規制の比較的ゆるい中国がカネと力に任せてガンガンやってますから、純粋に研究成果を競争するという意味では、勝ち目はありません。WTSIはおそらく、中国と力任せにケンカしても勝ち目はないと見切って、ユニークな分野を開拓していこうときめたのでしょう。organiod技術やenginerringの方面に特化していけば、あらたな分野でそれなりの地位を築くことはできるかも知れません。

私も従来のマウス遺伝学とは違ったin vitro中心の工学的研究をやり始めています。しかし、それでもマウスは今のところ、不可欠です。
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