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ビジネスにも料理にも役立つ“ネタ”が満載!社労士・診断士のコンサルタント立石智工による経営&料理ヒント集

経営者の対応:コンプライアンスと労働問題

2006-07-07 | 経営実務
私がよく拝見させていただいている法務系ブログ「ビジネス法務の部屋」にて、大変興味深い事例が紹介されていました。

コンプライアンス経営はむずかしい・・・(06.07.07のエントリより抜粋)

事案は支店長の使い込み、いわゆる業務上横領事件です。その支店長は社内では非常にやり手で、部下の信頼もかなり厚い方です。しかしながら、この1年ほどで相当程度の金額を流用していたことが判明しました。(判明したのは、財務情報に関する内部統制システム構築の作業によるものです。)

支店長と私が面談をして、流用金員のほぼ全容が解明されたのですが、すべて本社に稟議があがっていたにもかかわらず、「リスクが高い」として却下した取引事案に関するものでして、その取引を独断で進めるべく、接待交際費やリスク低減のための準備調査費用に充当されていました。(つまり、私的流用は一切ありませんでした)。そして、その支店長の努力の甲斐(?)あってか、取引先開拓は順調でして、前年比2,5倍の収益を計上する「最優秀営業店」となり、事実を知らない一般社員はその支店長を尊敬しております。

もちろん、取締役会の意思決定に反して、独断で取引を進め、会社の金員を流用した事実については「領得意思」はないものの、会社に対する害意は認められるでしょうから、刑事告訴の対象にはなるでしょう。(収益を上げていても、使い込みしている以上は、損害が発生していると考えられます)しかし、世間の好景気と支店長の才覚によってこの企業は近年まれに見る好成績を残しました。本人は流用の事実が発覚しないと思っていたようですが、残念ながら会計士の先生と内部監査人の調査によって発覚してしまい、いまは不満はあるものの、退職の準備をしているところであります。

この事例を拝見して、率直に感じたのが「大変難しい事案だよな~」ということです。もし仮に私が“顧問社労士”として会社から対応の相談を受けた場合には、「懲戒解雇」までを視野に入れた助言指導が出来るかといえば、“流用金額”の多寡にもよりますが恐らく難しいのではないかと考えます。

過去の判例では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」というのが定まっており、これは現在では労働基準法第18条の2として法律上も定められています。これを具体的に見ていくと、「正当な解雇」といえるための要素としては、(1)解雇に合理的な理由があること、(2)不当動機・不当目的でないこと、(3)解雇理由とされた行状と解雇処分との均衡が取れていること、(4)使用者側の対応に信義則から見て問題がないこと、(5)解雇手続が適正に行われていること等が上げられています。

そこで、今回のケースを照らし合わせて考えた場合、従業員である支店長側から見れば、この内容だけから判断するとなると(3)の「行状と処分の重さの比較」の部分で争う余地があるのではないかと考えられます。なぜなら、「結果」からだけ追っていくと、確かに支店長の行動ベースでは不適切な行為があったにせよ、それによって会社は損失どころか利益を得ているわけですので、「裁量権の逸脱はあったにせよ、結果としては支店長の判断は誤っていなかった。」ということを主張する余地が出てきます。このため、これによってもし解雇が許されるとすれば、「部下が出した結果に、異なる判断を下した上司(経営者)がただ乗りして、あたかも掠め取ったかのように見える」という、大変嫌な状況が待っています。したがって、この事例のケースの範疇の情報を前提とすると、「一発レッドカード」とするのは、労働法的にはかなり“無理筋”の話になってしまう可能性があります。

また、「使い込み」の事実がどれくらいの期間にわたってどのような状況で行われていたかによっては、「支店長には暗黙上の権限が与えられていた」とされたり、また「会社がこのようなことを防ぐ手立てを怠っていた」ということが、会社側に不利な要素として加わる可能性もあります。

では、会社としては何も対応できないかといえば、そんなことはありません。細かな状況によっては、降格や減給等の“重めの懲戒処分”は可能でしょう。また、懲戒処分とは別に話し合いによる「合意退職」に持っていくことも考えられます。

ただ、ここに紹介されている事例の範囲の情報だけで考えてしまうと、解雇や合意退職といった方向性は「コンプライアンスを重視したことにより、より大きなロス(優秀な人材の喪失+従業員全体のモラルの低下)を引き起こす」といった状況を生み出しかねないのかなとも感じます。

もし、私が“顧問社労士”このような事案に直面したとすれば、「懲戒処分として支店長の任を解き中間管理職相当まで降格をさせた上で、本社の企画又は総務系(内部監査でもよいかも)の然るべきポジションへ異動させる。」といった処置を提案すると考えます。これは次の4点に注目して導き出しています。

(1)この支店長が「非常にやり手」で、「部下の信頼もかなり厚い」人物であること - 会社としては失うには忍びない
(2)そして、結果だけ見れば、この支店長の意思判断に基づくマネジメントによって、業績が大きく伸びている。
(3)しかしながら、今回の一連の行動は会社のルールを大きく逸脱するものであり、非難は免れない。
(4)さらに、支店長という「独立した判断を行い、一定の権限を有する地位」までを任せるだけの適正に欠く部分があると考えざるを得ない。

そして、このような“処分”の裏で「本社部門で社長(OR重役)直轄のプロジェクトを特命的に任せる」ということを合わせ技として持ってくることで、マネジメントについてのしっかりとした“議論”を行いつつ、“復活の目”を持たせることが望ましいのではないかと私は考えます。(とはいえ、これを実行するには経営陣が支店長に食われないだけの相当な『度量』が必要ですが・・・・)

この事例に触れて、私が一つ感じることは「業務執行の適正を保つこともコンプライアンスであれば、企業(経営者)として労働法の“趣旨・精神”を守ることもコンプライアンスの一つである」ということです。このように考えるとコンプライアンス経営というものは、内部に複雑でかつ対立的な要素をはらんでしまうことにもなりかねません。しかし、「コンプライアンス経営」に徹することで、常に経営者が多面的な要素を見据えて考え抜くようになり、経営全体として「法令や規範に従う=誰に対しても一定の筋道は説明できる」ような意思決定が行われるようにっていくのではないかと、私は考えます。

もちろん、今回の事例のようなケースは、具体的な事象のわずかな違いによって判断が大きく変わってくることが通常です。、今回のエントリで述べた私の考えは、あくまでも「非常に抽象化されたケース」だけを見た中での意見であり、具体的な内容次第では判断が大きく変わることは十分にあり得ます。本日の私のエントリは、あくまでも「一般的な話の中での一つの見方」程度としてご覧頂けますよう宜しくお願い申し上げます。

長くなりましたが、今日はここまで。

【追記 06.07.07 23:30】
このエントリを書き終えた後に元ブログへのコメントをみると、同じくよく拝見しているブログの筆者であるbun様から示唆に富んだコメントが寄せられていました。
bun様のご意見は「早めに取締役にしてしまった方がいいのではないか?」ということ。事例を通じてみた“支店長の持っている資質を最大限に発揮される”という方向で考えられているようです。私よりさらに一歩踏み込んだ考え方で、大変勉強になります。

bun様のコメントにもありますが、「必要なリスクすら取らない縮小均衡の会社になる」ことが、実は会社にとっては一番怖いリスク要因であると感じます。どのような選択を行うにせよ、このことは頭の中からはずすことが出来ない重要な視点になると私は考えます。


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2 コメント

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光栄です (bun)
2006-07-09 00:08:02
お褒めにあずかり、光栄です。



法というのはそもそも基本的に、社会が親戚でも友達でもない人達の間の権利・義務関係で成り立っていることに鑑みて、それらを処理するために用意されている道具だと思いますので、社内の権利・義務関係の処理方法として無批判にそうした道具であるところの法的処理方法を取ると、大変に水くさい職場というか、疑心暗鬼が横行して円滑に業務が進まない職場になってしまうと思い、あのようにコメントさせていただきました。日本的配慮との指摘がありましたが、私は従来より指摘されてきたような日本的配慮というよりはもっと経済合理的な配慮だと思っております。
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Re: 光栄です (Swind)
2006-07-10 21:08:52
bun様>

コメントありがとうございました。経営者の立場に他って考えた時には、私もbun様の意見に1票!とさせていただきたいと思いますm(_ _)m



別のところのコメントにも書きましたが、車のハンドルやアクセルでも『ゆとり(アソビ)』があるように、マネジメントの中でも『ゆとり』というか『余裕』が必要なのではないかと感じます。



ただ、これまでの日本ではこの『ゆとり』の部分を『優秀な経営者の人的属性』に頼ってきた部分が大きいと思いますが、今後の“会社法時代”に向けては、『仕組みと仕掛け』によってうまくこの『ゆとり』を生み出していく必要があるのではないかと思います。とはいえ、『仕組みと仕掛け』を動かしていくのはやはり『人』なわけですから、最終的には人的属性は避けて通れないのかもしれませんが・・・。



コンプライアンスを含めて、会社経営の中では「竹のようなしなやかで強いマネジメントの仕組み」が求められているのではないかと感じます。今後自分の仕事として継続的に検討を重ねていきたいと考えております。

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