一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『鈴木家の嘘』 …木竜麻生を輝かせる野尻克己監督のオリジナル脚本と演出…

2019年01月06日 | 映画


2018年に公開された映画で、
極私的に最も優れていると思ったのは、瀬々敬久監督作品『菊とギロチン』であった。


この映画で、ヒロインである新人力士・花菊を演じていたのが、
約300名の応募者の中から選ばれたという木竜麻生であった。


【木竜麻生】(きりゅう・まい)
1994年、新潟県出身。
中学2年生の時に原宿でスカウトされ、
2010年のデンソーの企業CMでデビュー。
高校卒業まで地元・新潟で暮らし、大学進学を機に上京。
大学では近代文学を学び、卒業後、役者の道を本格的に志す。
映画では、『まほろ駅前狂騒曲』(2014・大森立嗣監督)でデビュー。
2018年、瀬々敬久監督の映画『菊とギロチン』では新人女力士の花菊役にオーディションで300人の中から選ばれ、映画初主演を果たし、
映画『鈴木家の嘘』でもオーディションを兼ねたワークショップで400人の中から選ばれ、ヒロインを務めた。
この二つの作品が出品された第31回東京国際映画祭で輝きを放った若手俳優に贈られるジェムストーン賞を受賞する。



この木竜麻生について、
私は2018年10月4日に書いた『菊とギロチン』のレビューで次のように記している。

ちょっと原沙知絵に似た、印象に残る顔立ち。
乱暴な夫との生活を抜け出し、女力士となり、強く自由に生きる道を模索する女性を、
ひたむきに演じていて好感が持てた。
見ているうちに、どんどんと花菊(木竜麻生)に惹きこまれ、
本作の主役はやはり木竜麻生と思わされた。
2018年11月16日公開予定の『鈴木家の嘘』も、絶対見に行こうと思った。


なので、
『菊とギロチン』で木竜麻生という女優に出逢わなかったら、私は、
『鈴木家の嘘』には関心さえ抱かなかったかもしれない。
『菊とギロチン』で木竜麻生に魅了され、
〈彼女の出演作なら見てみたい!〉
と熱望したのだ。
2018年11月16日に公開された作品であるが、
佐賀のシアターシエマでは、1ヶ月半ほど遅れて、
12月28日から上映が始まった。
木竜麻生にまた逢えるという嬉しさに、
ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。



鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)が、ある日突然、この世を去った。


母・悠子(原日出子)は、ショックのあまり意識を失ってしまう。
浩一の四十九日。
父・幸男(岸部一徳)と、娘の富美(木竜麻生)は、
名古屋で冠婚葬祭会社を経営する幸男の妹・君子(岸本加世子)、
アルゼンチンで事業を始めたばかりの悠子の弟・博(大森南朋)とともに、
意識を失ったままの悠子の今後について話し合っていた。


そんな中、悠子が病室で意識を取り戻す。
慌てて幸男、富美、君子、博が病院に駆けつけると、
彼らの姿をみて驚きながら、悠子が尋ねる。
「浩一は?」
思わず目を見合わせる4人。


そこで富美はとっさに、
「お兄ちゃんは引きこもりをやめてアルゼンチンに行ったの。おじさんの仕事を手伝うために」
と嘘をつく。
それはひきこもりだった浩一が部屋の扉を開き、家を離れ、
世界に飛び出していったという、母の笑顔を守るためのやさしい嘘だった。
「お父さん、本当?」
と感極まった様子の悠子に、
幸男は、
「ああ」
と返すしかなかった。
母の笑顔を守るべく、父と娘の奮闘が始まった。


父は原宿でチェ・ゲバラのTシャツを探し、
娘は兄になりかわって手紙をしたためるなど、
親戚たちも巻き込んでのアリバイ作りにいそしむ。


そんななか、博がアルゼンチンの事業から撤退することが決まった。
母への嘘の終わりが近づいていた……




本作『鈴木家の嘘』の製作母体となったのは、
松竹ブロードキャスティングが推し進める、
「松竹ブロードキャスティングオリジナル映画プロジェクト」。
低予算ながら、“作家主義”と“俳優発掘”をテーマに、
オリジナル脚本にこだわって2013年に始動したプロジェクトだ。
第1弾として製作されたのは沖田修一監督『滝を見にいく』(2014年)
同作は東京国際映画祭でスペシャルメンションを受賞した。
続く、第2弾の橋口亮輔監督『恋人たち』(2015年)は、
キネマ旬報ベスト・テン第1位ほか数々の映画賞を受賞。
(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
以降、
『東京ウィンドオーケストラ』(2016年)
『心に吹く風』(2017年)
『ピンカートンに会いにいく』
と続き、
第6弾として製作されたのが、
本作『鈴木家の嘘』なのだ。
監督は、野尻克己。
橋口亮輔(『恋人たち』)、石井裕也(『舟を編む』)、大森立嗣(『セトウツミ』)らの助監督を務めてきた野尻克己監督のデビュー作である。


まず褒めたいのは、オリジナル脚本。
野尻克己監督が4年をかけて書いたという、この脚本が素晴らしい。
完成度が高く、
家族の再生をあたたかなユーモアで包みこんだ物語は、
岸部一徳、原日出子、加瀬亮、大森南朋といったベテラン俳優たちをもうならせ、
出演を快諾させたという逸話も「さもありなん」と思わせた。

では、どのようにしてこの脚本が生まれたのか?
某インタビューで、次のように語っている。

書く根拠という意味で言えば、これだったら出せる、というのがありました。それは、兄の死なんです。当たり前にいる家族が突然いなくなる、その衝撃が自分でも驚くほど大きかった。彼は何も告げずに死んだので、家族は罪悪感に苦しむんですよ。あのとき救いの手を差し伸べていたら……と。その一方で、彼の身勝手さに対する怒りもある。負の感情が渦巻いて心が壊れそうになる。長いこと助監督をやっていて、たいていのことには動じなくなっていたんですが……

兄の死に苦しみながらも、やがて、
「わからないことを知ろうとする家族の話は、映画になると思った」
という。
こう書いてくると、誰しも深刻な内容の映画を想像するだろうが、
これがユーモアあふれる作品なのだ。

1カ所も笑いがない映画はダメだと思っているんです。人が年がら年中、24時間ふさぎこんでいるのかといったら、そんなことはないわけで。実際、お葬式だって思わず笑ってしまうような出来事があったりするでしょう。不謹慎な笑いではないんですよ。親しい者同士の愛情ゆえなんです。自死という重いテーマでありながら、こういう背景が描けると、家族の死に寄り添った普遍的な映画ができるんじゃないかなと思った。僕の体験は特殊ですけど、その特殊な面を強調したくなかった。ちゃんと伝えるには、お客さんに見てもらえるような演出をしなければいけない。それが映画監督としての使命だと思うんです。

このように、脚本の質が高く、しっかりしているので、
見ていて安心できるし、物語に集中できる。
「野尻克己監督のデビュー作を良いものにしよう!」
という俳優陣、スタッフの心意気さえ感じられ、
“映画を見る歓び”の感じられる作品に仕上がっている。

この映画の登場人物では、やはり私は、
鈴木家の娘・富美に感情移入したし、その富美を演じた木竜麻生に心惹かれた。


『菊とギロチン』だけだったら、
瀬々敬久監督の魔法にかけられただけ……と思ったかもしれないが、
本作『鈴木家の嘘』での木竜麻生を見て、
〈女優・木竜麻生はやはり本物だ!〉
と思った。
ベテラン俳優たちの中にあっても鮮烈な印象を残すその存在感に圧倒された。


この富美の役は、
オーディションを兼ねたワークショップで400人の中から木竜麻生が選ばれたという。
野尻克己監督は、木竜麻生の第一印象を、

『Wの悲劇』の薬師丸ひろ子さんっぽいなと感じたんです。

と語っている。

最近の日本映画には少ないヒロイン像ですが、木竜さんからはスターの風格が感じられたのと同時に、純朴なところがあるのがよかったですね。『鈴木家の嘘』にはシビアな描写も多いのですが、木竜さんにはどこか「すっとぼけた感じ」があるんです。そういった部分がスクリーンに映れば、おそらく観客もクスッと笑えて、救いがある映画になるんじゃないかなと思ったんです。


木竜麻生が演じる富美が、新体操を披露するシーンがある。


これがとても美しく、印象に残るのだが、
野尻克己監督は、
兄の死に囚われた富美が“生きづらさ”を表す手段としてこのシーンを挿入したという。


最初は陸上部という設定だったそうだが、
木竜麻生が実際にやっていた競技の方が“画の力”が強くなると思い、
新体操に変更したそうだ。


この新体操のシーンと共に、(いや、それ以上に)
木竜麻生の演技が際立っていたのは、
グリーフケア(身近な人を亡くし、大きな悲しみに暮れている人をサポートする遺族ケア)の会で、富美が、初めて兄への思いを吐露するシーンだ。
約5分ものワンカットの長台詞なのだが、
野尻克己監督の「もう一回やろう」との優しい声(笑)が何度もかかり、
撮影は5時間にも及んだという。
そのときのメイキング映像がコチラ。


このシーンだけでも、この映画を見る価値はあるとさえ言える。
それほどの木竜麻生による魂の演技であった。


木竜麻生があまりに良かったので、
彼女の話ばかりになってしまったが、
父・幸男を演じた岸部一徳、


母・悠子演じた原日出子、


長男・浩一を演じた加瀬亮、


岸本加世子や大森南朋らの、




「野尻克己監督のデビュー作を良いものにしよう!」
「ヒロインの新人・木竜麻生を盛り立てよう!」
というような、
気持ちのこもった演技が素晴らしかった。


人気アニメや人気小説家の原作モノばかりの邦画界で、
このようなオリジナル脚本を、
新人女優をヒロインとした、
前途ある監督のデビュー作として見ることのできる幸せ。
……この幸福感は、何物にも代えがたい。
映画『鈴木家の嘘』は、
嘘いつわりの無い、映画を見る歓びがいっぱい詰まった傑作であった。
映画館で、ぜひぜひ。

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