一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ふがいない僕は空を見た』 ……田畑智子の熱演が光る傑作……

2013年01月29日 | 映画
本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10の1位、
2011年本屋大賞2位、
そして、第24回山本周五郎賞を受賞した、
窪美澄の小説『ふがいない僕は空を見た』が原作。
小説が素晴らしかったので、
映画も見たいと思っていた。

映画は昨年(2012年)の11月17日に公開され始めたのだが、
昨年中の佐賀での上映はなく、
DVD待ちかと諦めかけたていたところ、
今年になってイオンシネマ佐賀大和での上映が決まった。
だが、上映期間が短い(1月12日~1月24日)上に、
1日の上映回数も1回という日が多く、
それも昼間だけの上映とあって、
(レイトショーで見る機会の多い私としては)なかなか見に行くことができなかった。
そうこうしているうちに、アッと言う間に上映最終日。
あたふたと映画館に駆けつけ、
なんとか見ることができたのだった。

で、見た感想はというと、
これがとんでもない傑作であったのだった。
〈見に行って良かった~〉
〈間に合って良かった~〉
その割にレビューを書くのが遅いけれど……(汗)

映画評論家の西村雄一郎さんは、
昨年(2012年)の日本映画ベストテンを次のように発表されていた。
①終の信託
②ヘルタースケルター
③ヒミズ
④この空の花・長岡花火物語
⑤テルマエ・ロマエ
⑥あなたへ
⑦るろうに剣心
⑧のぼうの城
⑨麒麟の翼
⑩僕達急行A列車で行こう


私も上記の10作品はすべて見ているので、
述べる資格はあると思うのだが、
私のベストテンはちょっと違う。
①ヘルタースケルター
②ヒミズ
③ふがいない僕は空を見た
④鍵泥棒のメソッド
⑤夢売るふたり
⑥終の信託
⑦ALWAYS 三丁目の夕日'64
⑧この空の花・長岡花火物語
⑨あなたへ
⑩僕達急行A列車で行こう


西村雄一郎さんのベストテンに入っていない
『鍵泥棒のメソッド』
『夢売るふたり』
『ALWAYS 三丁目の夕日'64』
の3作品と、
先日ようやく見ることができた
『ふがいない僕は空を見た』
を入れている。
そう、映画『ふがいない僕は空を見た』は、
私にとっての2012年のベストテン、
いやベスト3に入る傑作であったのだ。
私の〈見に行って良かった~〉〈間に合って良かった~〉は、
私の心の深いところから発せられた言葉であったのだ。

高校生の斉藤卓巳(永山絢斗)は、助産院を営む母子家庭のひとり息子。
友人に誘われて行ったアニメの同人誌販売イベントで、
あんずと名乗るアニメ好きの主婦・岡本里美(田畑智子)と知り合う。
里美は卓巳を自宅に招き、
アニメキャラクターのコスプレをさせて情事に耽るようになるが、
その写真や動画がネットでばら撒かれてしまう。


里美は、元いじめられっこ同士で結婚した夫・慶一郎(山中崇)と二人暮らし。
執拗に子作りを求める姑・マチコ(銀粉蝶)からは不妊治療や体外受精を強要され、
マザコンの夫は頼りにならず、卓巳との関係だけが心の拠り所だった。
しかし二人の関係を夫と姑に知られてしまい、
里美は土下座して離婚を懇願するが受け入れられない。


卓巳の親友・福田良太(窪田正孝)は、
団地での極貧の生活に耐えながらコンビニでバイト中。
共に暮らしている痴呆症の祖母は辺りを徘徊、
新しい男と暮らしている母親には消費者金融の督促が後を絶たない。


写真や動画がネットでばら撒かれたことで、
学校に来なくなった卓巳の家庭訪問に、
担任の野村(藤原よしこ)が斉藤助産院を訪れる。
卓巳の母・寿美子(原田美枝子)は、野村のお腹に子供がいることを見抜く。
妊娠したことを誰にも言っていないという野村だったが、
寿美子の助手・長田光代(梶原阿貴)の協力で野村の結婚が正式に決まる。
そして、出産の日が訪れる……
(ストーリーはパンフレット等から引用し構成)


どうしようもなさを抱えた人物ばかりが出てくる作品で、
正直、少々「気が滅入る」物語ではある。(笑)
だが、今という時代を鋭く活写し、
ヒリヒリするような感覚で見る者に迫ってくる映像は、
いま流行りの「癒しを主題にしたような作品群」を寄せ付けない強さがあり、
傑作の名にふさわしいと思う。

小説(原作)の方は、
「ミクマリ」(あんずと名乗るアニメ好きの主婦と不倫している高校生・斉藤卓巳の話)
「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」(斉藤卓巳の不倫相手の主婦・あんず=岡本里美の話)
「2035年のオーガズム」(斉藤卓巳に告白した同級生・松永七菜の話)
「セイタカアワダチソウの空」(斉藤卓巳の親友・福田良太の話)
「花粉・受粉」(斉藤卓巳の母親の話)
の5つの短篇から成る連作長篇で、


5つの物語は、それぞれ違う人物の視点で描かれており、
基本的に映画の方もそれに倣って、
高校生の斉藤くんと、あんずと名乗るアニメ好きの主婦との不倫の話かと思いきや、
次々と主人公が入れ替わり、
原作を読んでいない映画鑑賞者は、少々頭の中が混乱することになる。
ネットの映画評などで、
「軸が多すぎで収拾つかずにバラバラ」
といった批判があるのは、その所為である。
原作がそうであるように、
映画の方も、安易に物語をまとめるようなことはしていない。

《なにより惹かれたのは、どうしようもなさをそれぞれに抱えた登場人物一人ひとりへの作者のまなざしだった。救いはしない。かばうわけでもない。彼らや彼女たちを、ただ、認める。官能が(哀しみとともに)濃厚ににおいたつ世界を描きながら、作者はきっぱりと、清潔に、登場人物の「性(せい/さが)」を受け容れ、それを「生」へと昇華するための五編の物語を重ねていくのだ》

と、第24回山本周五郎賞の選評で重松清が書いているように、
どうしようもなさをまるごと肯定し、
見る者(読む者)に、それをそのまま差し出してくる。
映画もしかり。
やっかいなものや、
どうしようもないものを抱えた登場人物たちを、
最初はふがいないと感じ、憐れみの目で見ていた鑑賞者も、
やがて、彼らや彼女たちを愛おしく感じるようになる。
そこが、原作者の窪美澄と、映画監督のタナダユキの凄いところだ。
両者とも女性というところも現代を象徴している。

俳優陣では、やはり田畑智子が良かった。


以前(2008年11月27日)、映画『ハッピーフライト』のレビューで、

今年5月に見た映画『アフタースクール』にも出ていたが、その時私は、
「この女優、こんなにイイ女だったっけと思わせる一瞬がある。さすがだ」
とブログに書いたが、『ハッピーフライト』でも、ちょっとしたロマンスを演じていて、なかなか素敵だった。


と書いているが、今回もまた、
〈この女優、こんなにイイ女だったっけ〉
と思わされてしまった。
過激な場面(R18+)でも攻めの演技をしている。
惜しむらくは、出演シーンが前半のみだということ。
それが主演という印象をやや薄めている。
それでも、先日発表された第67回毎日映画コンクールで、
女優主演賞を受賞しているから、「さすが」と言うべきだろう。


高校生・斉藤卓巳を演じた永山絢斗も良かったが、


斉藤卓巳の親友を演じた窪田正孝の方がより印象に残った。
映画の後半は、間違いなく彼が主役であった。
どうしようもなさを、最も表現できていたように思う。


斉藤卓巳の母親を演じた原田美枝子も素晴らしかった。
この映画に救いの部分があるとすれば、
それは彼女の存在そのものであったかもしれない。


その他、三浦貴大や銀粉蝶がとても好い演技をしていた。


一般受けする作品ではないが、
映画好きには堪えられない作品である。
先程も述べたが、
こういう作品が、女性によって創られていることが、現代を象徴していると感じた。
原作者の窪美澄と、映画監督のタナダユキに拍手。

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