風と僕の歩調

釣りが好きで、台所に立つ事が好きで、音楽が好きで、毎日の暮らしの中で感じたことを僕の言葉で綴ります

広島県豊田郡安芸津町

2010年01月11日 | 回想録
GENKIさんからのトラックバックより
このブログを通じて、僕の故郷の方と出会いました。

8年前、福岡まで祖母のお葬式に出た後、育った広島の地を訪ねました。
計画を立てた旅ではく、思いもよらない時間の経過を残しておこうと、記憶をたどりながら綴ったものです。
今日は、
広島の事が書いてある第三章を、これから何回かに分けてご紹介したいと思います。

8年前の文面となりますが・・・

第三章

博多駅は、三連休の初日だからか混雑していた。安芸津までの乗車券を買った後おみやげ屋を見て回った。3日間、両親と過ごすと息子になってしまう。別に忘れてたわけじゃないが、改めて自分の家族を思った。中州の屋台も、ラーメンも味わえなかったせいか、明太子、長浜ラーメン、高菜漬け、何だか食べ物ばかりだ。せめて帰ってから味わうことにしよう。
現金な者で四日前、東京を発った時の動揺はなくすでに旅慣れた人になっている。動き始めた列車の中、ふと過った。雲ひとつない真っ青な空の下で、今おじいちゃんは何をしてるのだろう。今日一日をどう過ごすのだろう。昨日、孫の突然の訪問を思い出してくれているのだろうか。生きている間にもう一度会えるのだろうか、あの太い幹の様な暖かい手にもう一度触れることができるのだろうか。脳裏に昨日の真っ赤な夕日が蘇ってくる。今、博多を離れようとしている。走り過ぎる窓辺の景色、このスピードでおじいちゃんとの距離が遠のいていく。

広島に到着したのは十二時二十分だった。とりあえず呉線の乗り継ぎを見てお好み焼きにビールだな!そんなこと考えながら、両手の荷物を引きずって在来線の時刻を見た。
十二時三四分発があるが、昼食時間がない。ホームまで降り駅員さんに聞いてみる。
「安芸津までなんですが・・」
「このあとは、[広]までですから、安芸津まで行くのは一時間後ですね」
親切に教えてくれたが、間延びしたダイヤに愕然とする。京浜東北線と全然違うぞ!頭の中でお好み焼きから瀬戸内穴子弁当へと切り替えた。弁当屋を捜すがが、ホームには無さそうである。そのうち、いやなことに気がついた。止まってる車両は四人掛けではなくロングシートだ。参ったな、こうなったら立ち食いそばだ!瀬戸内穴子弁当も消えてしまった。
数人の広島弁中学生達が、往ったり来りする自分をいぶかしげに見ている。
おそばのいい匂いに誘われて暖簾をくぐりメニューを見る。桜えび天そばだ!これにしょう。

その時、無情にも発車のベルが鳴った…。

お好み焼きから瀬戸内穴子弁当、桜えび天そば、思考の切り替えは早かったのだが、ここでも郷土の食に縁がないらしい。未練は残るが仕方がないか。
のんびりとした在来線特有の横揺れが、心を和ませてくれる。見渡すと一車両に数人しか乗ってない。それもお婆さんが多い。過疎化が進んでいるのだろうか。いっしょに乗り込んだ中学生達の屈託のない笑い声が午後の日差しに溶け一層空気を暖かくしている。

「まるで温室列車だな」

ひとり言まで出てくる。なんて長閑なんだろう。源氏物語の枕詞にそんなのあったっけ(いと長閑に想ひなされて…)そんなことを考えていると、この一瞬一瞬、時間の流れがとても大切に思えてくる。
そうだ、何でもいいから記しておこう。スーツのポケットから手帳とペンを取り出した。なんだか久しぶりに手に取った感がする。現実から離れ自分だけが時空をさまよっている様に仕事の記録が19日から途切れている。
もしかしたら、ここからの旅は、おばあちゃんからのプレゼントかもしれない。
揺れる体に合わせて「むこうなだ向洋」・「海田市」・「矢野」と駅名を記し始めた。坂駅辺りから瀬戸内海が見え隠れし始めると次のみずしり水尻では駅前で釣りをしている。何という光景だろう。釣り好きの自分は腰が浮きそうになる。
天応駅では、手が届きそうなところに島が浮かんでいる、なんて言う島なんだ!帰ってから調べてみよう。
おとぎ話しに出てきそうな風景を目に刻んでおこうと、車窓にへばり付いている自分を、向かいに座っているおばさんが微笑しく見ていた。
呉を過ぎ二つ目の広駅では、なかなか発車しない。一時三十七分発とアナウンスがあるが、ここで十五分近く待つことになる。どうなってるんだ?単線なのは気づいてはいたが、東京圏と、ここでの生活は時間の感覚が随分違うのだろう。皆に従い荷物を置いたまま外へ出て、今日二本目のタバコに火を付けた。
なぜかこの駅舎全体が檜の香りがする。今まで海側ばかり気にしていたが、見ると紅葉に彩られた山が迫っている。言葉に表せないほど、素敵な景色だ。観光地でもないそんな素朴な情景がなぜか心に迫ってくる。
広駅を発つと「仁方」・「安浦」と記憶にある駅が出てきた。線路沿いに熟した柿の実が、鮮やかに輝いている。
着いたのは二時八分だった。

十四年ぶりの安芸津である。

                                  つづく
コメント (4)
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