霊界の門 ・見えないものの力

霊界や因縁から、現在の自分をみつめ、「見えないものの力」を味方にしましょう。

「ものごと」の点と線

2012年11月28日 | 心霊現象
「点と線」という題名の推理小説があった。
有名な松本清張氏の著書である。
点を結べば線になる。しかしそれは、必ず二つの点がなければならない。
とまあ、推理の構造が見え隠れする物語に、私達は一喜一憂したものだ。

また、こんな形もある。

『彼は一人海岸に仁王立ちになり、紺碧の海を睨んでいたが、実際には何も見ていなかった。
 頭の中で一心不乱に情報の断片をつなぎ合わせていたのだ。
 難解にして巨大なジグソーパズルへの挑戦である。
 断片の収まる場所を間違えなければ、情景が見事に浮かび上がるはずだ。
 (中略)
 敵は恐ろしく頭のいいやつだ。ますます面白くなってきたぞ。彼の闘志はいよいよ盛り上がった。
 砂浜に足を踏み入れると、大きな岩の上にドッカと腰をおろした。
 彼は目を閉じ、また頭の中で知識の断片を動かし始めた。こっちは駄目だ。あれとあれをつなご  う。ジグソーパズルは少しづつ形を作り始めた。
  二十分後に、最後の断片が収まるべき場所にピシャリと収まった。
 彼はそのときパット目を開き、心の中で歓声を上げた。
 <ブラボー! この天才には、ぜひお目にかからせていただこう>     』


              (シドニィ・シェルダン 作 『血族』から)

この本の帯には、「空前のサスペンス・現代小説の傑作」と書かれている。
文面の「彼」とは小説に出てくる「刑事」である。(外人の名前は面倒なので彼とした)
この刑事が探せる限りの事実を目の前に置き、そこから浮かび上がってくる犯罪の質、奥深く沈んだままの血族の深い闇、登場人物の背景と事情等々から、その天才的な頭脳をもつ犯人を割り出していく、というものだった。
辣腕(らつわん)刑事が主人公ではない。この小説の主人公はあくまでも他の人物である。

しかし私はこの小説の進みゆく面白さもそうだが、この刑事の点と点を結びながら、それを「絵」にして浮かび上がる情景に「人間の罪」をあぶり出す、というやり方に脱帽したのだ。
ジグソーパズルの断片をはめ込んでいくなかで、カチットはまるその一ツの断片を探して行動する。
人が見過ごす「それ」を決して捨てない。
確かなものをはめ込めば、その情景(絵)は確実に「真実」を語る。

このようにして犯罪の捜査も、そして人生の真実の意味も、さらに神の声からうかがえるその意図も
必ず確かなものとして、その姿を現すはずである、とそう思っている。


今私達がこの世に生き、日々味わい続けている人生の機微(きび)の中で、あるものを忘れ、あるものを捨ててきた。
しかし、捨てたものの中に「神」が意図する大切な「断片」があるとしたら・・・。
私達は、永遠に真実の「絵」を見ることなしに死んでゆく。
自分の人生なのに、それも一度っきりの人生を何も知らないで死んでゆく・・・。
これって・・、気持ちいくないでしょ(今風にいう)。
これは個人の人生においての事である。
が、一つの血族においてもそうだ。同じことが言える。
血統の点と点を繋いで、浮かび上がる「絵」あるいは「情景」を見たいとは・・・、実は誰も思わないのだ。
国家においてもだ。
そこに私達が、遠くその「ツボ」を神の前に外し続けてきた歴史をみる。



さあ、がんばれ、がんばれ!
まだボケる年じゃない「あなたがた」。
これからだって間に合うでしょ。断片を探して繋ぎ合わせるくらいはね。
人生の不思議は、偶然ではないのです。
その背景に見える「霊界の思い」を、是非あなたの人生という「絵」に埋め込みながら、「真の意図」を探り当ててくださいませ。
人の人生は、「絶望」に向けて誕生させられたものでは決してないから・・・。

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