次に掲げる朝日新聞の記事「中国中央紙「靖国が理由」を報道せず」を見たとき、私は「何と不可解な!」という気分になった。
呉儀副首相が小泉首相との会見を急遽キャンセルしたことを人民日報を初めとした中国中央各紙が報じていないという記事だった。
朝日新聞
中国中央紙「靖国が理由」を報道せず 会談キャンセルで
2005年05月25日23時26分
25日の中国共産党機関紙・人民日報は、靖国神社参拝を「他の国が干渉すべきではない」と述べた小泉首相の国会答弁について、「荒唐無稽(こうとうむけい)な弁解」とする署名入りの論評記事を掲載した。ただ、同紙を含めた中央各紙は、呉儀(ウー・イー)副首相が靖国問題を理由に小泉首相との会談をキャンセルしたことについては、一切報じていない。関係者によると、党中央宣伝部からは、今回の事態を受けた報道指針がまだ示されていないという。
人民日報の論評記事は、靖国参拝問題は「国際正義と人類の道義の問題であり、他国が干渉できない内政問題ではない」と指摘。中国の教育を「反日的」とする議論については「白を黒とするもの」と指摘した。
ただ、同紙や光明日報、経済日報などの主要紙は副首相の会談キャンセルはもちろん、前日の孔泉(コン・チュワン)・外務省報道局長の記者会見についても報じていない。青年向けの中国青年報は同日からA級戦犯について紹介する連載を始めた。
中央紙の関係者によると、4月下旬に反日デモ規制の政府方針が明らかになって以来、社内では、日中関係改善に資する報道をする方針が固まり、呉副首相訪日も前向きな報道姿勢で一貫していた。ところが「同行記者も予想しなかった突然の会談取りやめで報道のトーンを決めかねている」という。
そこで、私の心の中には、過去のあるひとつの疑問が蘇ってきた。その疑問というのは、およそ一ヶ月前、ジャカルタでの日中首脳会談で感じたことだ。私が4月24日にブログに書いた「胡錦涛、「五つの主張」を伝えた?」をもう一度読んでみることにしよう。
「胡錦涛、「五つの主張」を伝えた?」 2005-04-24 14:28:58
ジャカルタでの日中首脳会談に関し、中国側の報道では、「中国側は日本側に対し5項目の提案をおこなった」となっているようである。「5項目の提案?」と、私はちょっと不思議な感じになった。日本の新聞報道を読む限りでは、中国側が5項目もの提案をしたとは受け取れなかったからだ。
けれども、「中国情報局」が紹介するところによれば、5項目のうちで実質的な意味があるのは、第2項「靖国参拝」と第3項「台湾の要人訪日」という2つの問題だけである。「何だ! 嵩上げも甚だしいじゃないか」という印象だ。
第2項では、「正確に歴史を認識し、相対すことは、あの侵略戦争に対して示す反省を実際の行動に移さなければならず、決して中国とアジア諸国の人民の感情を傷つけてはならない」として暗に小泉首相の靖国参拝を非難している。
第3項では、「台湾問題は中国のコアの利益であり、13億の中国人民の民族的感情に関連する。日本政府は従来から「一つの中国」政策の堅持と「台湾独立」への不支持を何度も標榜してきているのであるから、これからも日本側が実際の行動をもってその承諾を表現することを希望する」として、暗に李登輝元総統の日本訪問などを非難しているのだ。
従って、「5項目の提案」というのは、中国外務部の小賢い報道官あたりが、反日に勢いづく中国国民の気持を欺くため、というか、火に油を注ぐ危険を避けるため、見掛け上の嵩上げを狙ったものと思われる。村山談話を引用した前々日小泉演説があるのだから、第1項、第4項および第5項は提案だとか主張だとかと呼べる筋合いのものではなく、ましてや、中国側からなされた要求などでも何でもないのだ。
その一方で、日本の国連安保理常任理事国入りについてまったく触れていないのは、中国外務部としては、日本の国連安保理常任理事国入りにもはや反対できる状況になく、それならあえて自国民を刺激するのは得策ではないと考えているのか。
北京や上海の反日デモで掲げられていた大きな大弾幕には、「日本の国連安保理常任理事国入り断固反対」、「魚釣島は中国領土だ」などと書かれていたはずだ。だが、胡錦涛はそういう提案はしなかった。
胡錦涛が日中首脳会談で主張したといわれる「五つの主張」とは、これを報じた中国情報局が紹介するところでは、「この文面(「五つの主張」)から読み取れるように、(2005年4月)22日に小泉首相が行った「村山談話」を踏襲した演説については直接的に触れられておらず、むしろ「実際の行動」を強調している。特に第二項目では、小泉首相の靖国神社参拝を、第三項目では、日台間の要人往来などを、それぞれけん制した形だ」とされている。
ジャカルタでの日中首脳会談の席上、胡錦涛主席が提示したというこの「五つの主張」に、小泉首相は果たして合意したのであろうか。
小泉首相と胡錦涛主席がもし合意に達していたのだとしたなら、「五つの主張」の中の第二項目の「小泉首相の靖国神社参拝を取り止める」、第二項目の「日台間の要人往来をしない」ということを「実際の行動」として示すということが具体的内容である。両者の間に果たしてそういう具体的内容を持った合意があったのだろうか。
もし両者の合意がこういう具体的内容であったなら、その後20日あまりしか経っていない時期に、「靖国参拝は続ける」、「参拝時期は適切に判断する」などというような衆院予算委員会での小泉首相の発言は、それこそ中国政府を怒らせるにあまりあるものである。けれども、いくら小泉首相といえどもそんな非常識ではないだろうから、こういう具体的な両者合意はなかったと考えざるを得ない。
そうすると、荒れ狂う反日デモの嵐を抑えるため、胡錦涛のほうが日本側にお構いなく勝手に「五つの主張」を小泉首相にぶっつけ、これについては両者合意が一切ないまま、会談は終了したというのだろうか。そう思われるふしは大いにある。第一、あのぶれることのない小泉首相が靖国参拝を取り止める約束など絶対にするはずがないことは、日本人なら誰もが信じられるからだ。
だから、胡錦涛のほうが一方的に日本側に「五つの主張」を伝えただけだったという蓋然性は高い。小泉首相に対して胡錦涛主席は、「反日デモを鎮めるために、中国国民を刺激する発言をできるだけ控えてくれるように」という暗黙の了解を求めただけだったのではなかったのか。つまりは、腹芸の世界だったのじゃないか!
もともと今回の日中首脳会談は日本側が申し入れて実現したものだったから、中国側からのささやかな希望なら、日本側も聞き入れてくれるだろうという期待が、中国側としてはあったかもしれない。けれども、私たち日本人なら誰もよく知っているように、小泉首相は暗黙の了解などが通じる政治家ではない。そもそも、彼は聴く耳を持たない男だ。協議とか会談にはまったくそぐわない男なのだ。
呉儀副首相の訪日目的は経済であった。けれども、胡錦涛主席が期待した暗黙の了解を、小泉首相がしばらくの間だけでも守ってくれるようにと釘を挿すという密かな目的をも携えていただろうと思われる。
ところが、呉儀副首相の来日前日、小泉首相の国会発言が飛び出し、以後、日本のマスメディアではずっとこの話題が尾を引いていた。来日後、状況がどんどん悪化していく中で呉儀副首相は、胡錦涛主席から頼まれた「暗黙の了解に釘を挿す」という密かな目的を断念するべきかどうか迷っていた。彼女は毎日検討を重ねていただろう。だが、小泉首相との会見当日になって、遂に彼女は会見を断念するという決断を下したというのが真相だったのではなかろうか。
呉儀の会見断念の決断を日本政府に伝えなければならない駐日中国大使館は、本国との十分な打ち合わせがないまま、会見キャンセルの理由を「中国国内での緊急の公務」とした。だが、翌日の中国外交部定例記者会見で孔泉報道局長は、小泉首相の靖国参拝を会見キャンセルの理由に挙げた。
このようにして推論を組み立てていくと、中国側の対日外交はジャカルタでの日中首脳会談の段階から既にボタンの掛け違いをしていたことが明るみに出てくる。日中首脳会談直後、中国側のマスメディアが胡錦涛の「五つの主張」を報じていたのに対し、日本側のマスメディアがほとんど報じていなかったわけも理解できる。中国の外交当局の大きな失態であるから、中国共産党機関紙の人民日報をはじめ中央各紙が、呉儀副首相の帰国理由に触れないことも容易に理解できるのである。
呉儀副首相が小泉首相との会見を急遽キャンセルしたことを人民日報を初めとした中国中央各紙が報じていないという記事だった。
朝日新聞
中国中央紙「靖国が理由」を報道せず 会談キャンセルで
2005年05月25日23時26分
25日の中国共産党機関紙・人民日報は、靖国神社参拝を「他の国が干渉すべきではない」と述べた小泉首相の国会答弁について、「荒唐無稽(こうとうむけい)な弁解」とする署名入りの論評記事を掲載した。ただ、同紙を含めた中央各紙は、呉儀(ウー・イー)副首相が靖国問題を理由に小泉首相との会談をキャンセルしたことについては、一切報じていない。関係者によると、党中央宣伝部からは、今回の事態を受けた報道指針がまだ示されていないという。
人民日報の論評記事は、靖国参拝問題は「国際正義と人類の道義の問題であり、他国が干渉できない内政問題ではない」と指摘。中国の教育を「反日的」とする議論については「白を黒とするもの」と指摘した。
ただ、同紙や光明日報、経済日報などの主要紙は副首相の会談キャンセルはもちろん、前日の孔泉(コン・チュワン)・外務省報道局長の記者会見についても報じていない。青年向けの中国青年報は同日からA級戦犯について紹介する連載を始めた。
中央紙の関係者によると、4月下旬に反日デモ規制の政府方針が明らかになって以来、社内では、日中関係改善に資する報道をする方針が固まり、呉副首相訪日も前向きな報道姿勢で一貫していた。ところが「同行記者も予想しなかった突然の会談取りやめで報道のトーンを決めかねている」という。
そこで、私の心の中には、過去のあるひとつの疑問が蘇ってきた。その疑問というのは、およそ一ヶ月前、ジャカルタでの日中首脳会談で感じたことだ。私が4月24日にブログに書いた「胡錦涛、「五つの主張」を伝えた?」をもう一度読んでみることにしよう。
「胡錦涛、「五つの主張」を伝えた?」 2005-04-24 14:28:58
ジャカルタでの日中首脳会談に関し、中国側の報道では、「中国側は日本側に対し5項目の提案をおこなった」となっているようである。「5項目の提案?」と、私はちょっと不思議な感じになった。日本の新聞報道を読む限りでは、中国側が5項目もの提案をしたとは受け取れなかったからだ。
けれども、「中国情報局」が紹介するところによれば、5項目のうちで実質的な意味があるのは、第2項「靖国参拝」と第3項「台湾の要人訪日」という2つの問題だけである。「何だ! 嵩上げも甚だしいじゃないか」という印象だ。
第2項では、「正確に歴史を認識し、相対すことは、あの侵略戦争に対して示す反省を実際の行動に移さなければならず、決して中国とアジア諸国の人民の感情を傷つけてはならない」として暗に小泉首相の靖国参拝を非難している。
第3項では、「台湾問題は中国のコアの利益であり、13億の中国人民の民族的感情に関連する。日本政府は従来から「一つの中国」政策の堅持と「台湾独立」への不支持を何度も標榜してきているのであるから、これからも日本側が実際の行動をもってその承諾を表現することを希望する」として、暗に李登輝元総統の日本訪問などを非難しているのだ。
従って、「5項目の提案」というのは、中国外務部の小賢い報道官あたりが、反日に勢いづく中国国民の気持を欺くため、というか、火に油を注ぐ危険を避けるため、見掛け上の嵩上げを狙ったものと思われる。村山談話を引用した前々日小泉演説があるのだから、第1項、第4項および第5項は提案だとか主張だとかと呼べる筋合いのものではなく、ましてや、中国側からなされた要求などでも何でもないのだ。
その一方で、日本の国連安保理常任理事国入りについてまったく触れていないのは、中国外務部としては、日本の国連安保理常任理事国入りにもはや反対できる状況になく、それならあえて自国民を刺激するのは得策ではないと考えているのか。
北京や上海の反日デモで掲げられていた大きな大弾幕には、「日本の国連安保理常任理事国入り断固反対」、「魚釣島は中国領土だ」などと書かれていたはずだ。だが、胡錦涛はそういう提案はしなかった。
胡錦涛が日中首脳会談で主張したといわれる「五つの主張」とは、これを報じた中国情報局が紹介するところでは、「この文面(「五つの主張」)から読み取れるように、(2005年4月)22日に小泉首相が行った「村山談話」を踏襲した演説については直接的に触れられておらず、むしろ「実際の行動」を強調している。特に第二項目では、小泉首相の靖国神社参拝を、第三項目では、日台間の要人往来などを、それぞれけん制した形だ」とされている。
ジャカルタでの日中首脳会談の席上、胡錦涛主席が提示したというこの「五つの主張」に、小泉首相は果たして合意したのであろうか。
小泉首相と胡錦涛主席がもし合意に達していたのだとしたなら、「五つの主張」の中の第二項目の「小泉首相の靖国神社参拝を取り止める」、第二項目の「日台間の要人往来をしない」ということを「実際の行動」として示すということが具体的内容である。両者の間に果たしてそういう具体的内容を持った合意があったのだろうか。
もし両者の合意がこういう具体的内容であったなら、その後20日あまりしか経っていない時期に、「靖国参拝は続ける」、「参拝時期は適切に判断する」などというような衆院予算委員会での小泉首相の発言は、それこそ中国政府を怒らせるにあまりあるものである。けれども、いくら小泉首相といえどもそんな非常識ではないだろうから、こういう具体的な両者合意はなかったと考えざるを得ない。
そうすると、荒れ狂う反日デモの嵐を抑えるため、胡錦涛のほうが日本側にお構いなく勝手に「五つの主張」を小泉首相にぶっつけ、これについては両者合意が一切ないまま、会談は終了したというのだろうか。そう思われるふしは大いにある。第一、あのぶれることのない小泉首相が靖国参拝を取り止める約束など絶対にするはずがないことは、日本人なら誰もが信じられるからだ。
だから、胡錦涛のほうが一方的に日本側に「五つの主張」を伝えただけだったという蓋然性は高い。小泉首相に対して胡錦涛主席は、「反日デモを鎮めるために、中国国民を刺激する発言をできるだけ控えてくれるように」という暗黙の了解を求めただけだったのではなかったのか。つまりは、腹芸の世界だったのじゃないか!
もともと今回の日中首脳会談は日本側が申し入れて実現したものだったから、中国側からのささやかな希望なら、日本側も聞き入れてくれるだろうという期待が、中国側としてはあったかもしれない。けれども、私たち日本人なら誰もよく知っているように、小泉首相は暗黙の了解などが通じる政治家ではない。そもそも、彼は聴く耳を持たない男だ。協議とか会談にはまったくそぐわない男なのだ。
呉儀副首相の訪日目的は経済であった。けれども、胡錦涛主席が期待した暗黙の了解を、小泉首相がしばらくの間だけでも守ってくれるようにと釘を挿すという密かな目的をも携えていただろうと思われる。
ところが、呉儀副首相の来日前日、小泉首相の国会発言が飛び出し、以後、日本のマスメディアではずっとこの話題が尾を引いていた。来日後、状況がどんどん悪化していく中で呉儀副首相は、胡錦涛主席から頼まれた「暗黙の了解に釘を挿す」という密かな目的を断念するべきかどうか迷っていた。彼女は毎日検討を重ねていただろう。だが、小泉首相との会見当日になって、遂に彼女は会見を断念するという決断を下したというのが真相だったのではなかろうか。
呉儀の会見断念の決断を日本政府に伝えなければならない駐日中国大使館は、本国との十分な打ち合わせがないまま、会見キャンセルの理由を「中国国内での緊急の公務」とした。だが、翌日の中国外交部定例記者会見で孔泉報道局長は、小泉首相の靖国参拝を会見キャンセルの理由に挙げた。
このようにして推論を組み立てていくと、中国側の対日外交はジャカルタでの日中首脳会談の段階から既にボタンの掛け違いをしていたことが明るみに出てくる。日中首脳会談直後、中国側のマスメディアが胡錦涛の「五つの主張」を報じていたのに対し、日本側のマスメディアがほとんど報じていなかったわけも理解できる。中国の外交当局の大きな失態であるから、中国共産党機関紙の人民日報をはじめ中央各紙が、呉儀副首相の帰国理由に触れないことも容易に理解できるのである。