産経新聞文化部桑原聡は、モンテーニュとの対話、「随想録」を読みながら、と題して論文を連載している。今日は98回目である。
ベルリン五輪前夜のごとし 終了後から 悲劇は本格化
1933年に権力を掌握したヒトラーは当初、すでに開催が決定していた36年のベルリン五輪には乗り気ではなかったという。
いわく「五輪はユダヤとフリーメイソンによる発明」。
ところが側近のアドバイスを受け、五輪をナチス・ドイツのプロパガンダとして利用することを決意する。
とはいうものの、「ゲルマン民族の優越性」という妄想にとらわれたヒトラーが推し進める領土拡張、人種差別、ユダヤ人迫害政策を理由に、ユダヤ人が多く暮らすアメリカやイギリスなどで「ベルリン五輪はボイコットすべきだとの声が上がっていた。
これを押さえ込んだのが、当時はアメリカ五輪協会会長で、のちに国際オリンピック委員会(IOC)会長となるブランデージだ。
彼は「オリンピック大会は選手のものであり、政治家のものではない」との「正論」を説きボイコット阻止に成功する。
ただ、彼が大会前にベルリンを訪問し、宣伝大臣ゲッベルスや空軍大臣ゲーリングといったナチス幹部から歓待を受けていた事実は覚えておくべきだろう。
ベルリン五輪で4つの金メダルを取ったアメリカの黒人陸上選手、ジェシー・オーエンズを描いた映画「栄光のランナー 1936ベルリン」 (スティーブン・ホフキンス監督)の中では、ブランデージとゲッべルスとの間に裏取引のあったことがほのめかされている。
そんなこんなで36年8月1日にベルリン五輪は開幕する。
前回のロサンゼルス大会を大きく上回る49の国と地域から4066人(男性3738人、女性328人)が参加、21競技129種目で競い合った。
ヒトラーは開催期間中、外国人訪問者に好印象を与えるため反ユダヤ活動を緩和する指示を出す。
16日間にわたる大会は、黒人であるオーエンスの活躍を除けば、ヒトラ―の狙い通りの結果となる。
金メダル獲得数は次の通りだ。
ドイツ33▽アメリカ24▽ハンガリー10▽イタリア8▽フィンランド7▽フランス7▽スウェーデン6▽日本6▽オランダ6▽イギリス4…
池井優慶応大名誉教授の論文「スポーツの政治的利用-ベルリンオリンピックを中心として」に、べルリン五輪をめぐるアメリカの歴史家とイギリスのジャーナリストによる興味深い指摘が掲載されていたので紹介したい。
まず歴史家のリチャード・マンデル。
その著書『ナチ・オリンピック』で、ドイツとアメリカ、イタリアとフランス、日本とイギリスを対比しながら辛辣にこう評している。
《ファシストと全体主義は人間のエネルギーをより効果的に発揮させる方法であることを証明したことになった》
お次はジャーナリストのダフ・ハート・デイヴイス。
『ヒトラーヘの聖火-べルリン・オリンピック』のなかで、外国から五輪観戦に来た観光客のこんな言葉を紹介している。
(首都で愉快に過しているうちに、新聞で読んだ強制収容所やゲシュタポ本部の地下室がデマのように思われ出した》
大会終了後、ヒトラーは牙をむき出し本格的に動き始める。
38年11月、ナチス突撃隊による「クリスタル・ナハ卜(水晶の夜)」といわれる反ユダヤ主義暴動が起き、ドイツ各地のユダヤ人の住宅や商店、教会が襲われ放火される。
41年6月には独ソ戦開始と同時に 「移動虐殺部隊」を創設、侵攻したポーランド、リトアニア、ウクライナなどでユダヤ人、ロマ人、共産主義者を虐殺する。
そして42年1月、ユダヤ人問題の 「最終的解決」として物理的な絶滅を決定し、「絶滅収容所」を建設する。
北京以外で開催 IOCは奮起を
北京冬季五輪の開幕まであと10ヵ月。
中国共産党がウイグル人をどのように扱っているか、その実態が明らかになるにつれ、欧米では「五輪をボイコットすべきだ」という声が続々と上がっている。
なんだかベルリン五輪の前夜のようだ。
ヒトラーがとらわれた「ゲルマン民族の優越性」と習近平国家主席の言う「偉大なる中華民族」はぴたりと重なり、ヒトラーのユダヤ人やロマ人虐殺は、習近平氏のウイグル人、チベット人、モンゴル人に対する弾圧・虐殺と二重写しだ(読者には中国共産党のウイグル人弾圧を当事者が実名で告発した清水ともみさんの漫画『命がけの証言』にぜひ目を通していただきたい)。
もちろん中国共産党はウイグル人弾圧を「フェイクニュース」と否定する。
それならば、新疆ウイグル自治区に国連機関の調査団を正々堂々と受け入れ、徹底的な実態調査をしてもらったらどうだ。
ロイター通信が3月12日に配信したニュースによれば、中国の人権問題についてIOCのバッハ会長は 「この問題を非常に真剣に受け止めている」としながらも、「国連安全保障理事会や主要7力国(G7)、20力国・地域(G20)でも解決できないような問題をIOCが解決することは無理」と語ったという。
東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長 (当時)の軽口を「女性蔑視発言」として辞任に追い込むほど、差別や人権に敏感なIOCであれば(もちろん皮肉である)、人生をかけて努力を続ける選手のためにも、中止ではなく別都市での開催を検討すべきだろう。
このまま北京での開催になだれ込めば、五輪のブランドイメージは地に落ちるだけだ。
スイスのローザンヌに本部を置くIOCの第1公用語はフランス語だ。
「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」という言葉を理事たちが知らぬはずがない。
歴史は繰り返す。
かりにボイコットもなく 「無事」に北京冬季五輪が終了すれば、次に起こるのは台湾侵攻とウイグル人たちへの弾圧強化、そして東シナ海、南シナ海での活動の凶暴化だろう。
モンテーニュは第3巻第7章「身分の高い人の不便窮屈について」にこう記している。
(じっさい我々が正直な 判断を下しうる事柄とい うものは、はなはだ少な い。大なり小なり何か特殊な利害関係をもたない事柄というものはないからである》
IOCの理事たちよ、だからこそ、ここで「ノブレス・オブリージュ」と唱えながら、勇気ある行動を起こしてくれないか。
※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』 (国書刊行会)による。
=次回は16日掲載予定
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