文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

膨張宇宙の発見 マーシャ・バトゥーシャク著…日経、読書欄から。

2011年09月12日 07時37分34秒 | 日記
科学史の闇に消えた人物たち

(長沢工・永山淳子訳、地人書館・2800円)
▼著者は米国のサイエンスライター。マサチューセッツ工科大客員教授。
 
歴史が古くなればなるほど、物語が単純化され、歴史上の人物が偶像化されていくことは多い。その人物が成し遂げた仕事が画期的であればあるほど、偉人伝化されていく中、その影も大きくなるため、他の人物は闇に埋もれて消えていく。
 
天文学の偉人伝の代表といえばガリレオ・ガリレイであろう。望遠鏡によって、画期的な発見を次々と成し遂げ、地動説を信じるに至ったものの、宗教裁判の末に自説を曲げざるを得ないという悲劇性も加わり、偉人中の偉人である。しかし、その影で、ガリレオよりも早く、望遠鏡を天体に向け、数々の記録を残したトーマス・ハリオットは忘れ去られ、ガリレオは 「人類で最初に望遠鏡を用いて宇宙を観察した」という誤った名誉が与えられてしまっている。
 
近年の科学史上の同様の事例が、本書が取り上げるアメリカの天文学者エドウィン・ハッブルだ。宇宙望遠鏡の名前にもなった彼の発見は、多くの先人たちが築いたデータに、その多くを負っている。しかし、その先人たちの名前は歴史の影に消えつつある。さらに驚くべき事だが、ハッブル自身は膨張する宇宙という概念を最後まで信じなかった。にもかかわらず、「膨張宇宙を発見した」と、誤って伝説化されている。
 
先駆的な仕事をしながら、先人たちはなぜハッブルが到達した場所までたどり着けなかったのか? 渦巻き星雲の正体を見破る直前で夭逝したジェームズ・キーラー。本質を見抜きつつも、別の天文台長職を優先させたビーバー・カーティス。宇宙膨張の直接的証拠をハッブルより先に集めながらも、慎重すぎた性格が災いしたヴェスト・スライファー。星雲の距離推定の鍵を握る発見を自ら生かせる環境がなかったヘンリエッタ・リーヴィット。

本書では、影に消えつつあるアンサング・ヒーロー・ヒロインたちの事情と、当時の時代背景を含めて、膨張宇宙に懐疑的だったハッブルが、その発見者として伝説化されていく経緯を明らかにしている。

偉人伝がいかに作られ、その影がどのように消えていくのかを示す科学史上の金字塔的良書といえるだろう。

国立天文台教授 渡部潤一


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。