映画と自然主義 労働者は奴隷ではない.生産者でない者は、全て泥棒と思え

自身の、先入観に囚われてはならない
社会の、既成概念に囚われてはならない
周りの言うことに、惑わされてはならない

フランス映画『女と男のいる舗道』 - VIVRE SA VIE - (ジャン=リュック・ゴダール)

2012年12月06日 22時09分17秒 | ジャン=リュック・ゴダール
『女と男のいる舗道』 - VIVRE SA VIE -
1962年 80分 フランス

監督  ジャン=リュック・ゴダール
脚本  ジャン=リュック・ゴダール
撮影  ラウール・クタール
編集  マルグリット・ウーレ
音楽  ミシェル・ルグラン

出演  アンナ・カリーナ
    サディ・レボ
    ブリス・パラン
    アンドレ・S・ラバルト


他人に自分を貸すこと、ただし自分を与えるのは自分にだけ限ること.
モンテーニュでしたっけ、冒頭のこの言葉、分かりません.訳が間違ってない?
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こう言う映画は、辞書を引いてみるのが手っ取り早いはず.
【不満】なっとくできず、もの足りなく感じること.あきたらないこと.
【満足】望みが満たされて不平のないこと.



1=カフェ
夫に対する不満.観てても何がなんだかよく分からないけど、それで良い.なぜなら不満とは、納得できないことなのだから.
きっと、互いに不満があって、この二人は別れたのでしょう.


2=レコード店
客がレコードを探すけど求めるものはあれもない、これもない.でもなんとか欲しい物を見つけたみたい.不満と満足.
そして店員同士の会話で雑誌を読むのだけど「数秒間私は苦い勝利の感覚に酔った」、満足.2000フランのお金が必要なことを示すための出来事なのだけど、物語とは直接関係なくとも、不満と満足で構成されている.ということで、以下省略して、簡潔にいこう.


3=写真家
裁かるるジャンヌ、ジャンヌは殉教者.殉教とは神様のために死ぬこと、満足(とは思わないけど).
ナナは映画を観て泣いた、感動した、満足.

映画を一緒に観た男.
「じゃ、ここで」
「映画だけか」
「そうよ」
映画だけでは不満だった.

「裸はいやよ」
なかなか撮影の条件は合わなかったようだ.不満.


4=警察
ナナはお金を返したのに訴えられた.相手の人、何が不満だったのだろう?


5=最初の客
お釣りがないと言ったら、取っておけと言った.始めての客で自分の値段を決められないナナにとって嬉しかった.満足.


6=郊外のカフェ
イベットは、好きな男に置き去りにされて、娼婦に身を落とすことになった.逃げた男はアメリカで映画俳優.イベット自身が最悪と言う.不満.


7=手紙
働き口を見つけるために手紙を書いていたナナ.ヒモのラウールとの話がまとまって満足.
6の警察の手入れは政治的判断だった、つまり警察の自己満足.

背景の写真、プロジェクターだろうか.これだけの大きさ、写真だと結構お金がかかる.

8=昼下がり
当時のパリの娼婦の実態の解説.
ラウールのヒモの下で娼婦になったナナは、一応は、満足な仕事を見つけたと言ってよいのでしょう.


9=若い男
休日に映画に行けなくなったナナは不満.そして、ジュークBOXをかけ、若い男を誘惑するように踊りまくるナナは満足.


10=ある男
「椅子もないのか」、部屋に入るとお客は文句を言った.不満.
「良い名前ね」、名前を褒めると、お客も自分で気に入っていると答えた.満足.

次第にナナは自分が幸せかどうか考えるようになった.言い換えれば自分の現状に不満を抱くようになっていた.そして、ナナは客を選び、同時に、ナナ自身が客から選ばれるようになっていた.強引に金をせびり、客に嫌われ、他の女と変われと言われた.不満.
付け加えれば、新車を買った刑事は、嬉しそうに手を振りながら走っていった.満足.


11=見知らぬ人
哲学の話、話をすることは考える事、愛することはとは考えること.言葉を見つけること.突き詰めて行けば、それは不満のない自分を見つけ出すことだった.
ナナは哲学の話と言うか、自分の話したいことを一生懸命話して満足.
三銃士の話を合せると、今の自分の生き方が、自分にとって満足が行くものかどうか、考えて生きて行かなければいけないことである.
ある日突然、その時になって考えてみても遅い.


12=若い男
ポーの不思議物語、満足の行く人生、そこに同時に死があるような事が書かれているようなのですが.芸術、美 それが人生.ナナの満足の行く人生が見つかったと言ってよいのでしょう.
けれども、そのナナの満足が、つまり好きな男と一緒に居たいという気持ちが、ヒモのラウールの不満を買った.
ナナは売られることになり、金が不足だという言い争い(不満)から、ピストルを撃ち合う争いに巻き込まれる.そして、ナナにとって納得の行かない結果をを招くことに、彼女の人生にとって不満な結果の死を迎えることになった.






シャンゼリゼの喫茶店を借りるお金もなかったのでしょうか?、それともお金が無いことを自慢したいのでしょうか?
しけた映画.それはそれとして、簡単にまとめて置きましょう.
ポーの詩はゴダール自らが朗読した.人を好きになる純粋な心を呼び覚ましながら、彼は娼婦にこう問いかけている.
体を売って生きるということが、自分にとって満足の行く生き方かどうか、明日では遅い、今、考えなければ.....
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芸術表現の話
不満と満足、相反する一つの感情を作品全体を通して描き込むことによって、全く無関係の出来事が、受け手の心の中で一つに繋がって理解されることになる、単純で分りやすい表現方法であり、非常に自然な表現方法でもあると思います.
ジャン・ルノワールの作品に多くみられるのですが、『浜辺の女』は、この表現手法の最高傑作と言えます.ジャン・ルノワールは、以降、表現手法を変えて行くのですが、逆に、お弟子さんのヴィスコンティの方が、この手法を忠実に守った作品を多く撮ることになりました.
この映画の編集者のマルグリット・ウーレは、以前はジャン・ルノワールの愛人であり、彼の映画の編集を行っていました.
アンナ・カリーナが、演技を始める前の表情を作っている所から、作品に編集されてしまって怒ったそうですが、マルグリット・ウーレは、アンナ・カリーナの不満な表情から満足の表情への変化を見て取って、編集したのだと思います.

この女たちのすべてを語らないために (イングマール・ベルイマン)

2012年12月06日 07時53分57秒 | イングマール・ベルイマン

(1964 80min)

最初の葬儀のシーンから.「良く似ているけど別人のようだわ」、婦人が何人も出て来て皆同じようなことを言う.少し言い換えれば、この人達、死んだのが本人でも別人でも、どっちでも構わないみたい.
ラストシーンでも同じことが言える.若い音楽家がやってきて、すぐに皆の興味は彼の方に移っていった.天才とは何か、巨匠とは何か、と言うより、そんな存在は回りの皆が勝手に騒ぎ立てて、でっち上げている存在にすぎない.
この女達にとって天才と言われるチェロリストの存在は居ても居なくても同じだった.居ても居なくても同じということは、居ないのと同じこと.つまり、天才、巨匠などというものは居なくても構わない.
小中学生程度の描き方、ベルイマンさん、もう少し真面目にやらなくては駄目.金返せ!

近松物語 (溝口健二 1954年 102分 大映)

2012年12月06日 07時37分52秒 | 溝口健二
近松物語 (1954年 102分 大映)

監督   溝口健二
製作   永田雅一
企画   辻久一
原作   近松門左衛門
劇化   川口松太郎
脚本   依田義賢
撮影   宮川一夫
録音   大谷巖
照明   岡本健一
美術   水谷浩
音楽   早坂文雄
編集   菅沼完二
擬闘   宮内昌平
衣裳   伊藤なつ
助監督  田中徳三

出演
茂兵衛..........長谷川一夫
おさん..........香川京子
お玉............南田洋子
以春............進藤英太郎
助右衛門........小沢栄
源兵衛..........菅井一郎
道喜............田中春男
以三............石黒達也
おこう..........浪花千栄子
鞠小路侍従......十朱久雄
公卿の諸太夫....荒木忍
赤松梅龍........東良之助
僧侶............葛木香一
黒木大納言......水野浩
検校............天野一郎
お蝶............橘公子
船宿の女中......金剛麗子
茶店の老婆......小松みどり
おたつ..........小林加奈枝
おその..........仲上小夜子
おかや..........小柳圭子
堅田の役人......伊達三郎
宿の番頭........石原須磨男
庄屋............横山文彦
村役人..........藤川準
梅垣重四郎......玉置一恵
忠七............岩田正
職人............芝田総二
講中の人........菊野昌代士
伏見の役人......福井隆次
〃    ......大國八郎
手代............三浦志郎
〃    ......沖時男
〃    ......瀧川潔
栗売り..........大崎四郎


冒頭のシーンを一つ.
お坊さん『大名も町民も不景気で青息吐息.このお宅は結構やな』
公家の男『今度の将軍は、主人には忠義、親には孝行と、えらい喧しいが、食うや食わずでは人倫の道もないものですな』

ここで、忠義、孝行を辞書で調べてみると、
【忠義】まごころをつくして、主君に仕えること
【孝行】子が親をうやまい、親につくすこと
つまり、どちらもお金には関係のない人の心であり、食うや食わずでも人倫の道はあるはず、公家の男が言ったことは間違っているのではないでしょうか?.

さて、それはそれとして、
『おさん』は、30以上歳の違う男の後妻に、お金と引き換えで嫁入しました.更にそれだけでも終わらず、弟も母親も金の無心に来る.母親は『おさん』に親孝行を要求するけれど、それは単に親につくすことを要求されただけであり、やがては『おさん』は親を敬う心を失って行きました.
『お玉』ちゃんは、『茂兵衛』が病気の時、あるいは夜なべ仕事の時、献身的につくしました.好きな相手に、真心でつくしたのです.けれども、彼女が主人の慰み者にされようとしていることを相談したら、『茂兵衛』は、我慢して奉公しろ、つまりは我慢して主君に仕えろと言いました.
『おさん』の孝行の場合、敬う心はなく親につくすことだけを要求された.『お玉』の忠義の場合もしかり、真心は伴わない、主君に仕えることだけを要求されたのです.これが、忠義、孝行を要求する、あるいは強要するときの実態なのでしょう.
いまひとつ上げておきましょう.手配のお触れ書きは自分だけだった.『茂兵衛』は自分一人が罪を負うことにして、山の中の一軒家に、『おさん』を置き去りにしようとしました.彼は主君に仕えることを優先して、好き合った相手に対する真心を、捨てようとしてしまったのです.
さて、話を戻しましょう.
『茂兵衛』は『おさん』に忠義をつくすために、店の金を横領しようとした.それがばれそうになって、『茂兵衛』は店の主人に自分の罪を告白した.つまりは、主人に忠義をつくしました.けれども主人は、『茂兵衛』を自分が妾にしようとした『お玉』の恋敵と思い込み、茂平を叱りつけた.
この時、『茂兵衛』は、『おさん』をかばって真実を語らない.『茂兵衛』は『おさん』に真心で接しました.他方、『おさん』も『茂兵衛』を救うため、真実を話そうとする.真心で真実を話そうとしました.そして、その時、『お玉』もまた、嘘の話をして『茂兵衛』かばおうとした、好きな相手に真心を示しました.
忠義をつくした主人から冷たい仕打ちを受けた『茂兵衛』は、主人を見限って逃げ出す決心をする.

今一度、忠義、孝行、
【忠義】まごころをつくして、主君に仕えること
【孝行】子が親をうやまい、親につくすこと
描かれた主君は、到底真心を理解する人間ではありませんでした.同様に、おさんの親たちも、敬うに値する人間ではなかったと言わなければなりません.
主君と使用人の関係は、所詮はお金の関係であり、おさんの親もまた、子供をお金としか考えていなかった、このようにも言えると思います.少し視点を変えれば、事、お金の絡んだ出来事では、主君に真心を尽くしても無駄であり、同様に、子が親を敬っても無駄である.
更に少し視点を変えて、【忠義】も【孝行】も、その言葉を口にするときには、所詮は相手にお金を求めることになる、ろくでもない行為、こう言って良いのではないでしょうか?
まごころは、お金とは関係のない心なのに、主君に仕えることとは、主人にお金を稼がせる事に外なりません.
同様に、子が親をうやまう事は、お金とは関係のない心なのに、親につくすことにはお金がかかる.
忠義と孝行が人倫の道であるならば、確かに『食うや食わずでは人倫の道もない』と言わなければなりませが、さて忠義と孝行が、本当に人倫の道なのかどうか?



処女の泉 (イングマール・ベルイマン)

2012年12月06日 05時45分15秒 | イングマール・ベルイマン

(1960 89min)

憎しみと罪
順序は逆ですが、まずカーリンを殺した兄弟から.彼らは単に悪い、誰がどう考えても悪いやつらということで考えるものはない.けれども一番下の子供は、何も悪くなかった.彼には罪はありません.

インゲリ.
彼女はカーリンを憎んでいました.これは彼女自身がそう言っていることです.憎しみと罪の絡みで考えてみると、彼女の罪はカーリンが襲われるのを見ていながら、憎しみから救うのを躊躇ったことにあります.これも、彼女自身が父親に告白することであり、描かれたとおりと言えます.
そして、この点で付け加えれば、彼女はカーリンに不幸が訪れるように、悪魔か何かに祈ったみたいですが、まともな人ならその所為でカーリンが強姦に襲われたとは考えないはず.当たり前のことですが宗教は関係ありません.いくら憎い相手であっても、襲われ殺されるのを、観てみぬ振りをしたのは許されない.インゲリの、憎しみと罪の絡みは、これでよいでしょうか.

父親.
法治国家では復讐は許されない事かもしれませんが、時代背景は犯罪者を裁く法律その他が整っていない頃の事、法治国家ではないのですから、復讐という行為が良い事か悪いことか、この点は考えないことにします.カーリンを殺した兄弟二人は、この場合復讐によって殺されても仕方がないとしておきます.書き加えれば、父親は兄弟二人に対して一人で立ち向かった.身を清め彼自身が死ぬ覚悟で立ち向かったと考えて良く、卑怯なものは何もありません.
問題は一番下の幼い子供まで殺してしまったことにあります.食事中の様子とか、上の二人からこの子が殴られていた事とかから、皆にもこの子に罪がないのは分かったはずであり、事実、母親はこの子をかばいました.なのに父親は衝動的にこの子まで投げ殺してしまったのです.この行為は復讐ではなく、単に憎しみの所為に他なりません.憎しみから罪のないものを殺してしまった、ここに罪があると言えます.

信仰と罪.
インゲリはカーリンに不幸が訪れるように悪魔に祈りましたが、決してその所為であの兄弟に襲われ殺されたのでなく、父親もそんな事は分かっているから、インゲリの告白を聞いてそれ以上に責めることはありませんでした.神様に(悪魔に)お願いしても現実に罪を犯すことはできません.(人の不幸を願うことは心の中であってもいけないことですが)
インゲリは悪魔に祈って罪を犯したのではなく、襲われるカーリンを憎しみから見殺しにしたことに罪があり、そしてその罪は「自分が悪い.あの兄弟は悪くはない」と父親に告白することによって、許されるものがあったと思われます.

さて、父親の場合は.非常に信神深い一家でなのですが、彼は殺人を犯しました.憎しみから罪を犯したのは、インゲリも父親も、違いはありません.そしてインゲリが信仰心で罪を犯したのでないのと同様に、信仰深い父親ではあるのですが、信仰によって罪が許されることはないと言えます.
そして、その事は父親自身が一番よく解っている事であり、もし、父親が神に祈って許されるならば、インゲリは悪魔に祈れば許されることになる.インゲリは自分に罪を告白したからこそ許された.
では、一体自分はどうしたら良いのか、天に向かって(神に向かって)「私には分からない」.

夏の嵐 - SENSO - (ルキノ・ヴィスコンティ 1954年 119分 イタリア)

2012年12月06日 05時32分03秒 | ルキノ・ヴィスコンティ
夏の嵐 - SENSO - (1954年 119分 イタリア)

監督  ルキノ・ヴィスコンティ
原作  カミッロ・ボイト
脚本  スーゾ・チェッキ・ダミーコ
    ルキノ・ヴィスコンティ
撮影  G・R・アルド
    ロバート・クラスカー
出演  アリダ・ヴァリ
    ファーリー・グレンジャー
    マッシモ・ジロッティ
    ハインツ・モーグ
    リナ・モレリ
    クリスチャン・マルカン



勇敢と卑怯
冒頭のオペラは、勇敢を表現したものなのでしょう.そして、オペラが終わるとベネチア市民の観客が一斉に花を投げて、オーストリアの侵略に抗議した.勇敢な行為で映画は始まった.

貴族の伯爵は、保身を図ってオーストリアの将軍にへつらう卑怯な人間で、その妻もまた、勇敢な従兄弟を救うためと偽って、敵軍の将校へ近づいて行き、美男子の将校を愛人にしようとした卑怯な女だった.

戦争のシーンは非常に断片的な描き方でなのだけど、例えば、この道を通りたいと言うと、ラッパの合図で身を潜めていた両軍の兵士が一斉に姿を現し、撃ち合いを始めたその真ん中の道を馬車で駆け抜ける、勇敢な行為が描かれた.

卑怯、淫売の女は美男子の将校に入れあげ、結局は預かった軍資金を横領して、敵軍の将校に貢いでしまった.将校はその金で、医者を買収して兵役を逃れ、そして若い女を買って優雅に暮らしていた.

勇敢な戦士のための軍資金、その金を横領すると言う卑怯、勇敢と卑怯がお金によって結びついて描かれる.
勇敢が、お金で買えない行為であるならば、卑怯とは、お金で買えないものを買おうとする行為、お金で買ってはならないものを買う行為である.


ベネチア人としての義務を果す、勇敢な行為と言いたかったのであろうか.


密告は殺人であった.密告は恥ずべき行為、卑怯な行為であった.

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この映画は、テクニカラーのカラー作品で、アメリカから戻ってきたジャン・ルノワールが、直接フランスへ帰らず、テクニカラーの技術者を連れてイタリアにやってきました.テクニカラーは3色分解した元版から、転染と言う技法でプリントを作る特殊なものなので、最初は撮影には技術者の指導が必要であったのだと思われます.
ジャン・ルノワールは、アメリカに渡る前は、イタリアでヴィスコンティを助監督として『トスカ』を撮っていたのですが、一巻目を撮ったところで、イタリアが第二次世界大戦に参戦し、アメリカに逃れることになりました.
ヒットラーの最も嫌いな映画『大いなる幻影』を撮っていたジャン・ルノワールは、迫害を恐れてアメリカへ渡った、そうした事情を考えると、イタリアへ戻ってきたと言っていいのかも知れません.イタリアのチネチッタで、ジャン・ルノワールは2本目のカラー作品『黄金の馬車』を、ヴィスコンティは最初のカラー作品『夏の嵐』を、一緒に撮っています.