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スメラ~想いをカタチに~

スメラは想いをカタチにするコミュニティーです みんなの想いをつなげて大きな輪にしてゆきましょう

【今年もお世話になりました】

2021-12-31 10:02:29 | 【日々雑感】
暮れの年賀状の一言メッセージはこうでした。

50代は老年期の「少年期」、60代は「青年期」、
そう考えるとセカンドライフではぴよぴよです。
家族と共に明るく楽しく成長しつづけます。

エレファントカシマシの宮本さんがそれに近いことをお話されていて、それにインスパイア(触発)されました。

にしてもいい年ですね、50歳。折返しから新年というのもいい。

去年から今年にかけてですが、こんなにも「日本」という国を憂い、愛した期間はありませんでした。あと数時間後に始まる令和4年はそれ以上に日本国を想う年になりそうです。

グローバル全体主義(ディープステイト)にも、中国共産党にも与(くみ)しない、独自の道を歩む選択を支持します。ブロック化するということでもなく、シンプルですが国益に照らして協調する外交を支持します。その点では、中共は「国」という体が健全ではないので距離を置くのは明確にすべきです。安全保障の観点から、「AUKUS(オーストラリア・アメリカ・イギリス)」「QUAD」(「自由」や「民主主義」、「法の支配」といった共通の価値観を持つ4か国日・豪・米・印が、インド太平洋地域での協力を確認する場)側に立つのは当然の流れです。他方で脱炭素など、SDG’sの流れについても、日本の国益に照らすと「NO」です。日本は世界で初めて高齢化社会を現実ベースで生きる特異な国。少子化高齢化ではやや大げさですが世界のロールモデルを示すべき国です。また皇室の存在はより重要度を増していくでしょう。この件については各論でまた改めて書いていきますね。

曖昧な自分でしたが、仮に意見や考え方が変わるにしても一瞬一瞬の立ち位置はコミットしていきたいと思っています。いい意味での曖昧さ寛容ですが、悪い意味での曖昧さはお茶濁しの玉虫色で誰からも信頼されなくなります。友達も減るでしょうし、リスクもあるかもしれませんが残りの20年か30年でしょうか、この路線で行きたいと思います。

娘が「まだ~」と声掛けてくるので今年はこの辺で!
よいお年をお迎え下さいませ。

Bonne année !

【戸越銀座でホットケーキ】

2019-03-29 22:43:22 | 【日々雑感】
久しぶりにホットケーキ巡りに行ってきました。今回行って来たのは戸越銀座にある【PEDRA BRANCA】(ぺドラ・ブランカ)さん。そもそも家族でホットケーキ巡りは恒例の行事になっていましたが、多忙というか自粛というかでしばらく行っておりませんでした。今回のきっかけは職場の新人さん(超優秀)に勧められたことに端を発します。それもあるのだけど、季節の変わり目ということで、質の悪い風邪にかかってしまって、仕事以外はずっとベッドで身体を休めるという2週間。その間ほぼ家族とのコミュニケーションが断たれ、休みもまさに静養(ひたすら寝る!)に時間を費やすという毎日だったのです。という訳で家族に罪滅ぼしというか、身体の回復と合わせて関係性の挽回を図りたかった、のです。
 
彼女の好きなホットケーキはその目的には丁度よく、3歳になったばかりの子どもにも、まあ喜んでもらえるであろうチョイスでした。娘には前振りで出発前に、「おさるのジョージ パンケーキをつくる」を読み、期待値とモチベーションを上げておきました。

神奈川の大和市から戸越銀座までは車で行くと何だかんだで2時間ほどかかります。結構な時間と距離がある。それでも目的があるというのはいいもので、それほど苦痛とは思いません。むしろ街にはちらほら桜が咲き、五分六分咲きの桜は、散るよりも花として枝にその存在を露にしたところで、咲く力で街にエネルギーを振りまいていました。それはドライブにはもってこいの風景で、その咲く力を頂きながら戸越へ向かいます。

到着したのがお昼の13時前ぐらい。中はお昼時でほぼ満席。幸いカウンターの席をご用意頂き、待望のホットケーキをお願いしました。待つこと20分ぐらいでしょうか、直径16cm、厚さ4cmぐらいのホットケーキが2枚重ねられて運ばれてきました。最近のパンケーキはホイップクリームや生クリームが盛られデコられ賑やかなことが多いですが、ここはシンプルにバターのみです。メープルシロップもなく、インスタ映えもないかもしれない。でもその分潔(いさぎよ)く、プリミティヴでホットケーキのあたまに「the」がつくようなホットケーキでした。

媒体として伝わる画像の情報はシンプルでも、それを食せば、味覚を通して五感、六感に働きかけよりリアルに伝わります。体験という彩(いろどり)は視覚の情報を越えてDNAにまで沁みわたります。インスタ映えならぬ体験映えなのです。なんでしょうか、記憶なのです。バターの程よいしょっぱさとほのかで控えめな甘さが、初めてホットケーキを食べた幼少の時のことを思い出させるのです。それは錯覚かもしれませんが、言葉を持つ前に食したホットケーキはこんな感じだった、そう思わせてくれるのです。ケーキのスポンジより柔らかく、ムースよりしっかりとしたその温かい食感は、何のデジャヴかと思い起こさせます。それは万人に通底するカントリーマアムの味なのかもしれません(不二家のカントリーマアムじゃないよ)。

なーんて言ってますが自分なんかは限られたバターを大事にしながらだまってパクパクとほおばるのです。
おいしい、おいしいと。来てよかったと。

お店に入る時小さいお子様が私たち三人を迎えてくれました。おそらく店主の娘さんだと思います。入口付近で一人遊びで戯れている。チェーン店にはない風景。大手ではありえないシチュエーション。でもちょっと前まで、いやもう昭和までさかのぼるかな?かつてそれは日常でした。その事情や状況を汲み、踏まえ営まれる日々。そこに生まれる愛が記憶を蘇らせるここの秘かなレシピなのかもしれません。だとしたら、どこにでもありそうなスタンダードだけれど、どこにもない「the」ホットケーキがここにはあります。

かつてと今が違うとしたら、それは店主の方が好きでそのホットケーキを作り、それが日常であること。生活のためとか、やむなくとかではなく、自ら望み、自ら選び、自ら作っている。そこが新しくもあり、心地よさがある。この日来ていたお客様は、たまたまかもしれませんが7割が小さいお子様連れの20代から30代のヤングママ(表現古い!)たちで、男性は自分一人でした。個人経営のお店には店主の意志が現れるもの。店主の自身を活かす生き方を、どこか潜在的に求めている方が引き寄せられるのかもしれません。それが仮にないものねだりだとしても、「ねだる」というまだ言語化されない「想い」があるのであれば、ここでインスパイアされれば動く何かもあるかもしれません。

そうか、【PEDRA BRANCA】には「咲く力」があるということか。
そこがただの記憶や懐かしさだけではないんだろうなと思いました。

結論!

とてもおいしかったです。ごちそうさまでした!


【聞く、聴く、効く】

2012-04-24 15:36:14 | 【日々雑感】
「聞く、聴く、効く」携帯の変換、【きく】を押すとこうでます。

この【きく】の難しさと未熟さを今、痛感しておりますo(><)o

今の会社の業績は月毎に査定されます。

しげ病だった3月、なんと成績はゼロ!

そして月末近くになって、チームのリーダーが助け舟を出してくれました。

「一緒に行きましょうか」

お客様のドタキャンや提案につながらない現状に、気をかけてくれての言葉でした。

その方は29歳、業界経験2年にしてリーダー職を組織からまかされています。

気にかけてくれた、という表現はかなり適切で、年上で社会経験上では先輩ではある自分に、気を使ってくれたのでした。

そして、コンサルの同行訪問やロープレを日々ともにする毎日。

改めて、心から1,2,3月の自分の対お客様への姿勢に深い反省の念を禁じえませんでした。

知識、経験不足を差し引いても姿勢のところ。

貢献する、お役に立つとはどういうことかを考えさせられております。

それはシンプルに相手の要望も不安もわからないのに、この人にはこれがいいだろうという、あまりにも安易な仮説と妄想で提案してきたこれまで。

そして、結果は散々かと言えば、それに反してうまくいったこともありました。

ただその根拠や理由が見えていない。

お客様をわかっていない。
わかっていないなら、
理解したいなら、

それはもう、聞いてみる。

すると何を聞けばいいのかわからない自分に気づく。
そう、自分は目の前の人に、
どうしたいんだっけ?

どうありたいんだっけ?

そこがわかって始めて、好奇心や関心の泉にたどり着ける。

泉は湧く。泉だから湧く。

考えることはない。

だからまず聴く。自分自身に。

同行してもらったとき、先輩はたくさん質問をしていました。

それは尋問でも詰問でもなく、自然と。

しかも、ときに笑いがあり、次第に真剣に深まっていく。

お客様とともに。

この人は持っている。自分のあるべき姿を。

そしてお客様の漠然としたあるべき姿を、一つ一つ明らかにしていく。

やがてお客様は自分の気持ちや意向がどんどん晴れやかになり、そして自分の答えを見い出だしていきました。

「じゃあ、そういうことでよろしいでしょうか?」

べくして手続きへと話は流れます。

そんなシーンを2回ほど目の当たりにしたのでした。

明らかに自分が話していた時と空気が違っていました。

聴くことが効いていました。

明らかに。

同行訪問は、自分の未熟さを痛いほど思い知らされます。

けれど、良薬口に苦し。

よ~く効きます。

先の長さがまだまだなのが実感でわかります。

のんびりもできないんだけど、一つ一つ一歩一歩進むだけ。

GWに、彼女のお父様にご挨拶に行きます。

せめて姿勢だけでも、この身に引き寄せたい。

コンサルの場はある意味セッション、ある意味コーチング、ある意味ブルースカイ。

その数だけ力になるはず。

ためらうな。

じっくり行こう。

耳をすましながら。

【和正】

2012-04-21 09:25:40 | 【日々雑感】
「やばい!」10代、20代の若い子達は、この言葉を、危ない、危険が身にせまっている、という状況のとき以外にも使います。

それは感動した時。

用例:「この映画マジやばい。」(この映画すごく、インパクト大!)

では少々若ぶって…

やばい!つけめん屋があるんですo(><)o

それは国道246を三軒茶屋から池尻大橋に向かう間の左手にある小さなお店。

大概いつも6名前後の列ができています。

つけ麺カルチャーがあるのを知ったのはここ5,6年ぐらい。

一番メジャーなのは「家系」と呼ばれるつけ麺。

大勝軒はその本流ですが、こちらの【和正】もその支流のようです。

その美味さの核心はなんといってもつけ汁です。

それは一口目にわかります。

ヴィジュアルには見えないだしが、味覚を通して、万色の色彩を持って浮かび上がります。

それは空気の澄んだ朝、日の光でキラキラと輝く川面を見るよう。

味につやがあります。

麺はちぢれおりで、出汁をうまく乗せて口へ舌へと運んでくれます。

一口、一口、旨い、美味いといちいち味わってしまうのです。

完食すると、割りスープで今一度つけ汁を味わいます。

この味はどこから来るのか…なんて考えてると、そのつけ汁を飲みきっている我に気づかされます。

あっ、これやばい…

若い子の最上級の形容詞が口をついて出ます。

そして、店主の職人ぶりに感心し、奥様の笑顔に心もてなされ、癒されます。

お店もきれいでBGMがJazzなのもお気に入りのポイント☆

三軒茶屋にお立ちよりの日には、是非【和正】にも。

かなり「やばい!」です。

【意味が集まるとき】

2012-04-19 22:47:47 | 【日々雑感】
髪を切りに表参道に向かうと、いつものようにぎりぎり\(^^:;)

にもかかわらず、財布にお金がNothing!

みずほ銀行へ猛ダッシュ。

一万円、一万円と思って、ATMに駆け込むと、暗証番号押す前に、一万円が受け取り口に入ってました。

ピコーン!ピコーン!という音と赤いランプともに。

そしてATMは語りかける。
「お金をお受け取りください」

それを何度も何度も。

起こりますよね、よこしまな思い。

これは神様が私に与えてくれたものだ。

ギフトだ、ご褒美だ。

なんて、こじつけ、正当化する、もう一人の自分( ̄▽ ̄;)

だってATMは語りかけるんだよ、「お金をお受け取りり下さい」って。

そして一万円札を手にとり、一瞥した私は…

出口に向かって駆け出したー

そして店舗に入る前にすれ違った20代前半、さわやかカップルに声をかけました。

「お金、取り忘れてませんか?」

あっ、と女の子の方が財布を見ると、からっぽの空間が空気のみを満たし、「諭吉さん、あなたの居場所はここよ」とアピール。

そして諭吉さんは行くべきところに帰って行きました。

「あ、ありがとうございます。」と、とても感謝された、気がする。

お金を渡し、疾風(はやて)のようにその場を立ち去った私は、背中にその女の子の感謝の余韻を感じていました。

お役目を果たしたら次は大慌てで自分事。自分のお金を卸し、約束の時間に髪を切りに向かいます。


慌ただしく、二人の前から姿を消したのは勿論、表参道の交差点をスクランブルで横切りました。

そして何事もなかったように、表参道のROUGYについて、いつものように髪を切ってもらいました。とさ。

これは、急いでいた中の、一瞬の話。

どっこい、この数分間のことを書くのに、なんと4日もかかってしまった。

何かっていうと、一瞬の中に盆と正月とクリスマスが一緒くたに起こる時もある。ということ。

時の流れは一定ではない。
ときに急に、ときに緩やかに。

気づかないけれど、
忘れがちだけれど、

ドラマは結構、日常にある。

そんな小さなドラマや気持ちの動きや揺らぎを、大切にしていきたいと思っています。

髪を切った、春の一日でした。

【視野広げるなら夢までも】

2012-04-12 13:27:17 | 【日々雑感】
最近読んだ本に「こころと脳の対話」(新潮文庫)があります。

これはユング心理学を世に広め、文化庁長官でもあった、故、河合隼雄先生と脳科学者で、メディアでもお馴染み、茂木健一郎先生の対談を文庫にしたものです。

世界を見る。という言葉には広がりがあります。
そしてその世界の範囲は実は人それぞれ。

空間的な広がり、アジアとか、ユーラシアとか、グローバルとか。

仕事だったら分野、業種、業界、大学であれば学部、学科。

時間軸でいえば、世代、歴史、現在、過去、未来。

自由で、無限大の世界なんだけど、自分の幅ってのがある。

そこで、自分という範囲なんだけど、時空を超えた広がりのある世界が「夢」。
あ、これは、寝てるときに見る夢です。あーなりたい、こうしたいというあの夢ではなくて。

「答えは自分の中にある」ならば、ここにもヒントがあるはず。必ず。

営業職、コンサル職を担う私としては、現実を生きるのは大変です。

そして想いをカタチにすることも。

自分らしく生きる、働く。そのためには知恵が欲しい。

であれば、見識や経験といった真っ当、正統なアプローチに加えて、「夢」という軸を加えて、総合自分で現実と向き合うってのもあり!かなと。

意識と無意識。自力と他力。

とことん自分で人生を面白くできればなんて思ってます。

そして思う。

「どっちの世界がリアルなのか…?」

おっと、若干マトリックス。

この本に書いてたのだけど、こっちの世界とあっちの世界のバランスがすごく重要。境界線がキーポイント☆

自分がコミットしてるのは今生今世、今を生きる自分です。

という訳で、夢の話をこれから書いて行こうと思います。

夢のshige!と現実のshige!、その交差点は生まれるか?

人生3倍楽しめそうo(^-^)o

河合先生は、自分と誕生日が同じで、星のご縁を感じております。

では引き続き素敵な一日を♪

【ブルースカイ ブルーハ―ツ】

2012-03-31 11:19:00 | 【日々雑感】
やりたいことも。
やるべきことも。
自分にしかできないことも。
すべて一つの円になる。

自分が迷っていられなくなるくらい、隙間なく、時が回る。
時に悩み、発狂することだってあるけどそれはそれ。
回っていくんだよ。

だから定まっていない今だから、一番苦しいところなのかもね。
しげちゃんが決めれば、今よりスムーズに流れていくのよ。

と、美和Fは言っていた。

久しぶりのブルースカイ。
大森の電車のある公園で1歳になったばかりの子どもも参加で3人で。

今子育てで、子供のペースで自分を生きている美和F。
そこには自由よりも義務、自分の意志よりも子どもの望みが優先される。

彼女を知る自分としてはもう限界の線は何度か通っているはずだと思っていた。
でも変わっていない美和Fがいた。

満たす満たされる、という次元で見ていない。

2時間おきに起きる毎日。
母親になっていた。

「定まる」ということを考えた。

そしたらふとしたことでわかった気がした。
三軒茶屋の交差点で、ブルーハーツのリンダリンダが口をついた。
そう最近まで宮崎あおいがCMで歌っていたあの曲。

つい今しがた行った、DOCOMOショップのBGMがリンダリンダのオルゴールアレンジのチューンだった。
それがシナプスを繋げた。

レコードの針が、脳内のディスクに静かに降りた。
ギターのイントロが入る。
そして "どぶねーずみ みたいに~ ////
すると「ど」のキーがうまく合わない。

ど♪ど♯ど♭ ど! 来たー!

♪どぶねずみ みたいに 美しくなりたい
 写真には 写らない 美しさ が あるか らーー

最初の音がとれたら、レコードはレコードではなくなる。
歌になる。ブルーハーツになる。リンダリンダになる。

♪リンダリンダ  リンダリンダリンダー
 リンダリンダー リンダリンダリンダ

詩も、曲も、ギターもドラムも、心までも

♪もしも 僕が いつか 君と出会い 話し合うなら そんな時は どうか 愛の 意味を知って下さい

考えなくても、悩まなくても、オートマチックに歌は、完璧に流れる。

♪愛じゃなくても 恋じゃなくても 僕は 離しはしない 決して負けない 強い力を 僕は 一つだけ持つ

パーフェクトに…

♪リンダリンダー リンダリンダリンダーリンダリンダー リンダリンダリンダー

そしたら三越前を過ぎて、水天宮まで来ちゃたよ(汗)

想いは自分の中にある。
自分はちゃんとわかっている。

最初の一音がとれれば、自分のキーが見つかれば、あとは自ずと回りつづける。
歌おうという意志と最初の一音をとる。
それが「定まる」ということ。

自分のスコアから、キーを弾け。
自分の歌をうたおう。

詩も曲も、ノリもリズムもそこから流れ出す。
完成された想いたちは、歌われたいと待っている。

やりたいことも。
やるべきことも。
自分にしかできないことも。
すべて。

勇気を出して、ステージに立とう。
マイクはいらないアカペラでいい。
照明は月の光のピンスポット。

ターンテーブルは回っている。

針を降ろそう。

【本音(あぁ・・しげ病のBLUES)】

2012-03-24 17:29:57 | 【日々雑感】
去年の12月に転職をした。
その前の月は日雇いの仕事をしながらの転職活動だった。

がむしゃらに走った4カ月。
自分なりに色んなことが見え、ここで行ける!という自信の兆しもつかみかけた。

そうつかみかけた・・・

風邪をひいて、会社を休んだ。
このサイン、自分を知る人はピンとくる。

「しげ病だ」と。

このウィルスは肉体はおろか心を闇に引き込む病み。
恐ろしく性質(たち)が悪い。
その自暴自棄さ加減といったらひどいに尽きる。
OUT OF CONTROL!

全てを犠牲にして仕事をした。土日も年末年始も仕事のことを考えていた。
犠牲というと聞こえが悪い。
それもこれも自分の夢を叶えるため。想いをカタチにするため。
そう書けば、座りはいい。か?

でも魂の声は違った。悲鳴を上げていた。
いやだ、いやだと言っていた。

そこに耳を傾けていなかった。

社会人、大人、責任、大事だよな。大事。
でも本当に求めていることは何かい?

そんな中、この2週間でやったこと、
その一つ、サマディーのマスターのイベント告知Vを作った。
かなり久しぶりに。それには力が注げた。
しげ病の中でも別なエネルギーが出た。

そしてもう一つ、スメラブログに帰ってきた。
今まで未整理だったものを、カテゴリーごとに並べかえてみた。

それはもう機械的な作業。
めんどくさい作業。
無意味にみえる作業。
病み、闇の中での作業。

籠り、潜った。

なんの生産性もなく、なんの責任もなく、なんのお金もうまない。

外出は帽子、眼鏡、マスク、芸能人ではなく、指名手配の犯罪人のように隠れよう隠れようと小さくなっていた。
でも、その地味な作業は無気力の中で、これももまた「気」が湧いたことだった。

そして今もなおトンネルの中にいて、想ったことがある。

それは、何よりも自分を優先させ、自分を辿っていくと、つながっていくものがあるということ。

サマディーのマスターと繋がれたこともそう。

そして誰とも会いたくない自分は、
一言jam cafe さんに、「ブログにリンクはりました」の一言を告げるためだけにサキさんに会いに行った。
すぐ帰る。はずだった。

するとそこには映像作家であるサキさんのお兄さん、タイキさんがいた。
タイキさんはこれから映画の公開を5月に控えているアーティスト。
カウンターの隣に並んで話をした。

アートの話で気持ちよく心がスイングした。
インスタレーション、参加型のアート作品、見る人が感じる答えを選ぶ作品づくり、面白い話が次から次へと湧いて出た。

そこには台本がなく、嘘がなく、無理がなく、ありたい自分がそこにいた。
いつのまにか時計は23:00を指していた。
病は消えていた。
闇ではなく、光になっていた。

想いの力を感じた。

それは社会の常識や、責任からは外れていることかもしれないが、
本当の想いとつながると、何かの他力がはたらくのを感じた。

なんの生産性もなく、なんの責任もなく、なんのお金もうまない。

それは変わらないが、揺るがざる魂の意志の存在を感じた。

「俺は表現したいことがある。」
そういうことだ。

それは何か?
それはまだわからない。

でもその存在の大きさを感じる。
それはやり遂げねばならないこと。

その存在が生きよと命じている。
その存在が大丈夫だと励ましている。

遠くない。近くにいる。

家に帰ると、メールが来ていた。

美和Fからだった。

何よりも自分を優先させ、我がままに自分を辿っていくとつながるものがある。
それを信じられるのも、意味を持たせるのも自分だけ。

伝えたいことは、そう。
「何よりも自分を優先させ、我がままに自分を辿っていくとつながるものがある。」
ということ。

それが言いたかったんだ。

無駄なことはない。
自分をとことん愛し抜け。

【あんず村】

2012-03-24 16:13:49 | 【日々雑感】
高幡不動に行ってきました。

土曜日なんですが、お客様のアポがあったので。


高幡不動は東京に来てから3年間住んでいたところ。生活だとか日常がそこにはあった。

かつて住んでいたところというのはなかなか行かないもの。

ここ2ヶ月で数回高幡に行くようになったのはお客様があったからこそ。

そして帰りに寄ったのがCafe、【あんず村】。

高幡にいたころ、何度となく通ったお店。

筋金入りのホームなのです。

最初来てからもう11年になる。

とりたててお店の方と仲がよかったという訳でもなく、ただただお店が好きだった。

そこにいる風景は自分とうまく馴染んでいた。

窓側の席に座って、京王線の行き来を眺めたり、ホームにいる人の様子をうかがうのが好きだった。

それとB6サイズの自由帳。

各テーブルに1冊づつ置いてある。


その自由帳、結構書いてる人が多い。

徒然に問わず語りでいろいろと。

それを読むが好きだった。独り言って面白い。
たわいもないがたまらなく愛おしくなるドラマたちがそこにはたくさんころがっていた。

自分はあんまり書きはしなかった。

無名の作家さんのつぶやきにほくそ笑んでいた。

それともう一つ好きだったのが「天才!柳沢教授の生活」。モーニングに不定期で連載されている山下和美先生の漫画。これを読むのが楽しみでしょうがなかった。

よく一人でニヤニヤし、時に涙した。

傍からは見ると気持ち悪い光景だったことは間違いない。

そして先月久しぶりにあんず村に行って、どんスパを食べた。

ケツの座りが悪いという表現があるが、その言葉を借りるなら、おしりの座りが心地好かった。

お帰りなさいという声なき囁きを感じた。

以前と同じくあんずの村の風景の一部になった。

ごくごく自然に。
とても普通に。

精算する時、可愛らしい折り紙でできたスタンプカードを貰った。

その店員さんは11年前からいらっしゃったかた。

「いつからこれ()始めたんですか?」

「5年前くらいですかね」
「じゃあわからない訳だ」と言うと、

「以前よくいらしてましたよね」

こちらが店員さんを覚えるように、店員さんもこちらを覚えていた。

お互い顔は知っていて、言葉を交わしたのはこれが初!

その時の隔たりは11年。

こういうつながりもある。しみじみとそう思った。
心が温かくなった。

homeとは、自分の居場所があって、自分がいてもいいと思えて、おまけに居心地がいいところ。

あんず村は私のhomeの一つです。

【先週の仕事ぶり】

2010-04-13 17:12:41 | 【日々雑感】
中国、チベットに行く。

それを仕事に照らし合わせたとき、現在仕事はしているわけで、仕事はやんなきゃいけない。

あたりまえのこと。

じゃっ、どーよ仕事は?

これがぜんぜんいけてない!

結果が全然出ていない!

普段営業の仕事をしている訳で、それは常に結果を求められる。

夢、想い、やりたいこと・・・

So , What !? (それが何よ?)

仕事は仕事じゃん。

お前、そっちもがんばれよ!

なんて自分にいってみたりします。

結局、未来を生きてんじゃなくて、今を生きてんだよ。

目先、目の前、で視野狭いかもしんないけど、

自分が求めてることは、過程もひっくるめていちいち納得したいんだろね。

仕事もしっかりやろう!

♪今日も明日も~、愛と感謝で生きようー