スメラ~想いをカタチに~

スメラは想いをカタチにするコミュニティーです みんなの想いをつなげて大きな輪にしてゆきましょう

【シングルマッチ】(12)

2015-05-30 19:14:38 | 【三茶物語】

歌には人間が出る。
詞、曲、歌い手の三身一体が、歌の真情。それと同じように、歌力、心、選曲はカラオケの肝。
そして自分を知ってもらう、相手を知るにはもってこいだ。歌唱力なんてのはあればいいけれど、それは2の次、3の次で、要は楽しめてるか、開かれているか、自由になれているか。選曲にはセンスと歴史と時代がでる。他にはスタッフがお茶を持ってくる時のきまずい間や、曲の選び方や、キー操作やリモコン操作、つまりはカラオケにまつわるTPOの中に個性が出る。人間が出る。

先行は当然誘った自分から。「いーじゅー☆ライダー」奥田民夫の名曲。ゴングを鳴らした。ジェネレーションギャップが少なさそうで、自分らしくて、比較的長い曲。カラオケに後ろ向きな彼女が選ぶ間を配慮した選曲だった。

そして彼女が選んだ曲が「赤いスイトピー」だった。言わずもがな、80年代代表のラブソング。松本 隆と松任谷由美という豪華なタッグで楽曲を提供し、20世紀代表のアイドルの象徴:松田聖子がその曲を歌う。

♪ 春色の汽車に乗って、
海に連れて行ってよ
煙草の臭いのシャツにそっと寄り添うから

SOUL好きの、プリンス好き。学生の時は吹奏楽でクラリネットを担当。本格派、個性派の彼女が選んだのは「赤いスイトピー」だった。

♪ 何故知りあった日から半年過ぎても
  あなたって手も握らない

この曲は彼女が生まれて翌年の1982年1月にリリース。自分が10歳のころの曲。その曲を高いキーでアイドルのように歌う。

♪ I will follow you あなたについてゆきたい
  I will follow you ちょっぴり気が弱いけど素敵な人だから

歴史・時代の原型、それは普遍性に繋がる。大きな時代の、たくさんの人たちの青春を通り、記憶と想い出のどこかで佇んでいる。  

♪心の岸辺に咲いた赤いスイトピー

春色は何色か、赤いスイトピーは本当にあるかどうかもわからなかったのに、その時代を生きた人ならば、春色が何色で、スイトピーは「赤」という共通の記憶を持っている。

そして彼女の声は時代を越えて、その時少年だった自分にも繋がっていた。

他に彼女が歌った歌と言えば、「恋に落ちて」「なごり雪」「想い出の九十九里浜」昭和の名曲、佳曲がつづいた。

「お前いくつだよ!」そう心の中でつっこんでいた。ただこの選曲たちは自分を安心させた。世代の溝より、原型の共通感の方が大きく感じられた。

そして一所懸命歌う姿が愛おしかった。


【CARRY OK】(11)

2015-05-29 14:47:42 | 【三茶物語】

どこだったらデザートなんかあるんだっけ?とあせる自分がいた。
デザートなんて観点で三茶に出かけたことはなかった。
彼女が来る。2人で会う。これは自分史の事件に値する。そして店選びはセンスが問われる。

結局、三茶のりそな銀行の裏にある【LOVEL】(ラブル)にした。その店は多国籍料理を出すダイニングバーで、お酒もある。カウンター、テーブルも6つぐらいで、大きすぎず、狭すぎず丁度よかった。さすがにファミレスという訳にはいかなくてデザートがあるかはよくわからなかったが、雰囲気でその店に決めた。事前に2回ぐらい行っていて味は間違いない。チェーン店ではないので、オーナーの色、シェフのセンスが店を作っている。

車を置いて、急いで店に向かう。背中は汗をかいている。彼女とほぼ同時ぐらいにつき、After youで彼女を奥の席に座ってもらい、オーダーする。ワンプレートの感じのいいデザートがあり安心する。サーモンのサラダとパテ、そしてジントニックをオーダーする。

「ご飯食べるの早いね。」
「お腹すいてたからね。」
「何食べたの?」
「グリーンカレー、簡単だからね。」
「自炊してんるんだ」
「簡単なものはね。早く帰ってきた時はそんな感じかな。」

たわいもないが、このすんなり感がありがたかった。まだ酒が入る前だったから、こちらはどこか緊張は続いていた。そして彼女も気を使っていた。

「いつも帽子かぶってるから、頭海老蔵だと思ってた。髪あるんだね。」
「いつもハンチングだからね。少し食べる?」
「うん頂く。」
「フォーク下さい。」

とにかくこの日は、彼女が来て、会ってくれる。その事実でお腹も気持ちもいっぱいだった。
そして聞く、気になってた例のことを。さりげない演技で。

「あの気になる先生とはどうなったのさ?」
「あれ、もういいの。」
「なんかあったの?」
「別になにもないけど、もういいんだ。」
「いいならいいけど・・」

感情の輪郭が見えてきた。ひょっとすると、いやひょっとしなくても魅かれている自分がいる。まだ手遅れじゃない。

「また誘ってもいいかな?」
「いいですよ。」

ここまではよかった。ここまでは。

「次はカラオケでも行こうか?」そういうと、返事が曇った。

「まあね・・」

翌日も仕事だから、その日はそれでお開きに。家まで送りたかったが、そこはまだ早いだろうということで、そこでさよならした。

それどころではない状況を越える人がいる。混沌としながらも、繋がった水脈の流れは止まらなくなっていた。それはどこに向かって流れているのかはわからなかったが、その流れの中には、自分で作っているという自覚があった。そして意志もあった。先は見えなくても、その流れを泳いでいる自分がいた。ゴールはある意味どうでもよかった。

3年閉じ込めていたsoulを自由にした。鍵を開けた。
もう自分の中では始まっていた。

だから強引でもカラオケだった。求愛する孔雀のように翼を開きたかった。歌にはそんな力がある。みっともなくても、下手でも、自分を知ってもらいたかった。それでだめならそれでもいい。空振りするならフルスイングでしたかった。そして次回、彼女は嫌なのにカラオケにいくことになる。

というより付き合わされる。


【デザートなら】(10)

2015-05-28 04:18:49 | 【三茶物語】

祝!開通☆道ができた。それはずっと掘り続けた水脈が繋がった瞬間だった。
数行のメールを何度も何度も読み返した。寝転がって足をバタバタして喜んだ。そして喜びながら眠っていた。

翌日はもちろん仕事、回っているエリアは千葉の茂原だった。茂原は日本で唯一天然ガスがとれるところで、ガス料金がとんでもなく安かった。それは営業する上で致命的だった。それでも同乗の車に仲間を2人乗せて管理していた自分は弱音は言えなかったし、なんとかチベット・中国の旅の資金、帰ってからの生活を支えるために結果が欲しかった。ただうまくは行かなかった。出発まであと1カ月半。焦りが仕事を空回りさせていた。帰るときは、いつもラジオを聞いていた。夕方の首都高に入るといつも道は混んでいた。そして晩めしについて考える。そんな時、彼女のメールを見る。車の時計は19:00を回っていた。

渋滞の中、道路交通法上は違反のメールを打つ。ドキドキしながら。

「もしよかったらご飯でもどうですか?」。

この文面に辿りつくため5,6回見直し、書き直した。
それで、「もしよかったらご飯でもどうですか?」。
渋滞のペースはちょうどよかった。
社交辞令か、愛想の安売りか・・・それとも返信を期待していいのか?鼓動はバクバクで、脈は光の速さで打っていた。

すると携帯が光った。

「ごはん、食べちゃいました。デザートならいいですよ。」


【始まり】(9)

2015-05-27 06:26:10 | 【三茶物語】

2回BABY以外で一緒に飲んでいる。どんなに人見知りでも、彼女は少なくとも顔見知りだった。マスターも彼女の隣に導いた。しけた顔をしていた表情が少し緊張に変わった。

チャイナブルーを頼んだ。ライチリキュール、グレープフルーツジュースにブルーキュラソーを加えステアする。グラスの中がパラオの海になる。

何かを察したマスターは、曲のリクエストを促した。

「何かかけましょうか?」

「じゃ、MY GIRLを」

テンプテーションズのMY GIRLは、映画「MY GIRL」の主題歌に使われていた。なぜかその曲が好きだった。馬鹿の一つ覚えのようにいつもこの曲をリクエストした。またBABYで酒を飲みながら聞くMY GIRLは格別で一瞬で鬱のモードは消え去り、気持ちは自分が生まれたばかりの1972年のアメリカに飛んだ。緊張も和らぎ一息つけた。少し自分が還ってきた。

「映画、何が好き?」彼女に聞いてみた。

「あのウーピーが出てる、尼さんのあれ・・・」
「『天使にラブソングを』だよね」
「そうそうあの2(ツー)の方!オープニングのところ!あたし背中ゾクゾクしちゃった」

SOULのことはそんなに詳しくないけれど、この映画についてはよく知っていた。
ウ―ピー扮するラスベガスのシンガー、デロリスが、修道女になって、崩壊寸前の教会や、廃校寸前の高校を、歌の力で立て直すコメディ映画。
その映画を田舎の劇場で観たとき、自分も確かにゾクゾクした。それ以来、いつかはゴスペルをとの気持ちが高まり、一時期ゴスペルをやっていた。自分もその映画が好きだったし思い入れがあった。
ようやく彼女との共通点が見つかった。置いてきぼりではない。シュープリームスが好きなのもここに繋がった。MOTOWNの話からマイケルの話に広がり、彼女のお気に入りはプリンスだということがわかった。81年生まれでプリンスはちょっと渋かった。その特異なセンスに素直に魅かれた。話はSWINGした。

1年前にオーストラリアに行ったこと、行ってみたい国はスペインだということ、これからも海外にはどんどん行きたいと思っていること。今まで彼女との間にあったバリアを通り抜けてどんどん入ってくる。そしてこちらの相槌もうなずきも、話も、沈黙も。どんどん流れ回って行った。そして彼女に聞いてみた。

「基本、自分のこと好きでしょ?」

するとためらいもなくこう答えた。

「あたし、自分のこと大好き。」

そう言い切った。満面の笑顔で、足を組みかえた。そして煙草に火をつけ一服ふかした。煙がこっちに来ないように換気扇に向けていた。

人の種類に陰と陽があるならば、彼女は陽の人、光の人だった。夜のBABYには少しまぶしかった。「彼女は幸せになる」その確信はより強固になった。

気づくと店に入る前のシケ顔はなくなっていた。思いもよらぬ楽しいひと時を味わった。そして一杯のシンデレラアワーは終わった。時計は0時を過ぎていた。翌日も朝から仕事。お会計だ。おあいそが終わるとマスターがこう振った。

「二人ともメアドとか知ってんの?」

一瞬時が止まり、脳に空白ができた。この世界に天と地の線を分かつ瞬間があるとしたら、きっとこの時だろうと思う。日常の中にも見えない時の線がある。見えはしないが明確に濃く。それは歴史の年表のように。

そしてテクノロジー万歳、赤外線によるアドレス交換。見えない線で音もなく繋がっていく。PC、携帯音痴の自分が現代のテクノロジーによって流れた瞬間だった。それまで赤外線のことは馬鹿にしていた。マスターのあの一言が、彼女との実線・虎ロープを消し去った。

それまではBABYの大切なお客様、それはそれで変わらないが、この一言でマスターの御墨を頂けたと思った。

マスターは司祭だった。

いいんだ、素直になって。

そして家路につく、上馬の6畳一間のアパートに。程なくしてメールの受信。

「登録しました。よろしくお願いします。」

それが二人の始まりだった。


【In those days】(8)

2015-05-27 06:11:40 | 【三茶物語】

昼は仕事、夜は親友の大井町にあるBAR:Wombを手伝っていた。この二つは両方大事で、両方大切だった。なぜかといえば、チベットと中国に行くという計画の実現が目前に迫っていたからだった。大学時代に一度チベットに行き、悔いが残った計画をもう一度チベットに行き実現させたかった。実際は実現させる前段階の下調べのような目的に変わってしまったが、それはそれで大きなチャレンジだった。一人旅でチベットと中国に40日間滞在する。友人、店の人たち、お客様に宣言した手前引っ込みもつかない。行く以外選択肢はなかった。

言い訳にはなるかもしれないが、正直好きだの、惚れた晴れたどころではなかった。女性にコミットできなかったのはそういう背景もあった。やりたいこと、やるべきことがあった。

1971年6月蟹座生まれ。蟹座というのは、家族を思う星。恋愛に入ると、それが一番になり、それが全てになる。占いというのはほどほど信じていればいいのだけれど、このことに関しては、悔しいほどに当てはまっていた。チベットに行くには何しろお金がかかる。旅をしている間はもちろん戻ってからの蓄えも必要。旅の資金はまだ十分ではなかった。それでもBABYに行っていたのはその目的を果たすマインドやスピリットを支えるためだった。マインドが折れ、スピリットが萎えるのは致命傷だった。マインドとスピリットが立っていることが結果を出すうえで不可欠だった。もう引き返せなかった。
だから旅立つ直前まで働いた。そして奇跡は起こり無事旅立つことができるのだが、これはまだ奇跡が起こる前の話。ともかくその時仕事は重要だったが、決してうまくはいっていなかった。むしろあせっていた。

そんな最中、また衝動が起こる、まっすぐ家に帰りたくない病の発症だ。資金のこともあるので節約したかった。5、6分BABYの前をうろついた末、地下に続く階段を下りていく自分がいた。マスターの顔見て帰ろう、そして店に入っていった。

客は4~5人、新規、常連の顔ぶれ。そしてその中に彼女がいた。


【Another Monday<2>】(7)

2015-05-26 07:19:24 | 【三茶物語】

そしてまた次の月曜日。メールが来る。
「Bel Canto」(ベルカント)にいます。

「Bel Canto」は三角地帯の角のBAR。そこの店の売りは店主のTAAKOさんだろう。ベリーダンスを嗜み、時にギターを、時にアコーディオンを、時に歌をうたう総合エンターテイナー。年齢不詳ながら妖艶な美しさがあり、程よい毒があり、彼女の関わるものは全てアートに変わっていった。そして何より人が好きで、新規と常連のお客様をすぐ繋げようとした。
夜のBAR探索にはそういうのは煩わしいと思うところもあったけど、TAAKOさんにかかるとやな感じはなかった。初めて合う人でも時折盛り上がることもあった。お酒より、人と空間に酔いに来ていた。その店で飲んでるとのメール。
しばらくBel Cantoにも行っていなかったということもあって、というよりまっすぐ帰るのが嫌で店に向かった。するとマスターとTAAKOさんそして彼女が飲んでいた。

前回点線から実線に変わった見えない線は少し濃くなっていた。工事の時に使う黄色と黒のあの虎紐ロープのようにここから先は入ってはダメという意味がその紐には込められていた。

マスターは彼女を誘い、彼女が来る。それが一つの答えだった。そしてそう思い込んでいた。

酒が入れば、男の話、女の話はつきもので、時折「下」の話に飛び火する。そんなとき彼女は下ネタの話もうまく受け、うまく流していた。それは女性版の闘牛士、マタドールだった。赤い性の角をヒラリヒラリと笑いながらかわす。そんな受け答えを見ていると、彼女のBAR MORINOKOでの接客が垣間見えた。一度も接客は受けたことはなかったがクリアにイメージができた。老若男女、お客様がたくさんつくだろうなと思った。

その日のマスターとの会話で彼女に「彼」がいないことがわかった。そして昼間は病院に勤めていること、資格取得のために専門学校にも通っていることも。なぜBARで働いているかということはよくわからなかったが、マスターとの会話で、コミュニケーション能力に長け、人を惹き付ける魅力があることはよくわかった。二人の話は気持ちよかった。その日はTAAKOさんと話したり飲んだり相槌をうったりで、特に深い話はなかったが、気さくなたわいもない世間話が日常で失われた魂の隙間や、欠けたところを埋めていった。

深夜の飲みは、明日があるという理由で、落ちをつけずにお開きとなる。
帰りの信号待ちで、たまたま自分と彼女が二人並んだ。

「いい人はいないの?気になる人とか」
世間話として聞いてみた。あくまで世間話として。

「よくわかんないのよね。この間もうちの非常勤の先生と飲んでて、帰りしなフレンチキスなんかするから・・・男の人ってどうなの?」
「勘違いしちゃわない?」

「そりゃするわな。で・・・」

信号が青になるまでの時間が、やたらと短かった。
信号を渡ると自分は右へ、彼女とマスターは左だった。

帰りの自転車でペダルをこぎながら、マスターと彼女のことを考えた。確かにマスターと彼女も合うと思う。でも彼女は病院で、医師と結婚して幸せになる典型的なタイプかもしれない。相応の努力をし、女性としての魅力持ち、加減のいい心地よいコミュニケーションができる彼女。
彼女のことはまだよくわからない。でも一つわかったことがあった。それはどの道彼女は間違いなく幸せになるということだった。それは彼女と自分にある実線を越えて、実感と確からしさがあった。

「彼女は幸せになる」その想いは確信だった。

【Another Monday<1>】(6)

2015-05-26 07:08:18 | 【三茶物語】

LOVIN’G POWERはすずらん通りの西友寄りにある雑居ビルの2階にあるSOUL BAR。BABYのマスターとオーナーがSOULつながりで交流があり、そこもまた音楽好き、SOUL好きの社交場になっていた。店に入るとカウンターと壁に面して高いテーブルが2つ並んでいる。いつもカウンターに座るマスターがその時は、高いテーブルに座っていた。そして向かい合うように例の女の子が座っていた。
マスターが店のお客様と飲むことはたまにあるらしかったが、女性と一緒というのはめずらしかった。MORINOKOにも何度か行ったが彼女と会うことはなかった。だから彼女を見るのは、年末の「よろしくお願いしま―す」以来だった。マスターと彼女は仲が良かった。夜店にお客様がいないときは、何人かの常連さんにメールをする。そのメンバーの中に彼女がいた。店というのは「待ちが仕事」。そこに人がいるのといないのでは雲泥の違いがある。人が人を呼ぶ。そして客層も誰がいるかで変わってくる。気が気を呼ぶのだ。
そのとき彼女は髪がロングで背中まであり、黒縁の眼鏡をかけていた。スパッツの上にではあったがやや短めのスカートを着ており、赤いVネックのシャツにグレーのニットを羽織っていた。長い脚を組み、肘をついてマイルドセブンを吸っていた。色気があった。彼女はマリブコークをゆっくりと唇を湿らす程度に飲んでいた。

当然こう思っていた。彼女はマスターのお気に入りのお客様だということを。
この認識が彼女と自分の最初の距離感を定めさせた。マスターにステディな彼女がいないことは知っている。BABYは自由の聖域でマスターはそこの司祭だった。おのずとその線は決まっていった。

彼女は音楽好きで、その年の割にレコードプレイヤーを持っていた。その年・・そう彼女は29歳だった。20代最後、崖っぷちとよく笑っていた。マスターと彼女はSOULの話をしていた。自分のSOUL好きは、ミーハーなノリと雰囲気が好きなだけで、その辺の周辺知識はなかった。アルバム名やB面のあの曲やらなんて話にはまったくついていけない。マスターはやはりSOULに造詣が深く詳しかった。その話に彼女はついて行っていた。マスターはちょっとしたプロフェッサーでもあった。だからプロのソウルシンガーが来ても十二分に渡り合えたし、SOUL好きのマニアや専門家とも話が弾んでいた。そういう話の時は残念ながらついていけなかったが、話の背景を想像すると、その奥深さは感じられ、SOULのジャンルに対しての畏敬の念を持った。ただの酒の盛り場ではないことを喚起させた。ここにも文化が生まれる土壌があると思えた。
そんな場所を知っている。そしてそこの登場人物になれていることはちょっとした優越感があった。

彼女はそんな話によくついていけていた。そして自分の好みの音楽を持っていた。マスターとの会話はリスペクトと置いてきぼりの感覚で50/50だった。ただ時の経過とともに、話の濃さとともに彼女との自分の一線のラインは点線から実線になっていった。その日はマスターと2次会に行った。

彼女とはそこでバイバイとなった。特別な話は一切なかった。ただ2次会に彼女がいない、そのことが一抹の名残として漂った。酒の周りが早かった。


【線】(5)

2015-05-25 04:58:49 | 【三茶物語】

月曜日BABYはお休みだった。マスターも休みだったので、そんな時は三茶のBARで一緒に飲むこともあった。そんな長時間でもないし、拘束もない。お互いの時間を大事にしてくれていた。
よく行ったのが【MORINOKO】(モリノコ)というdining BAR。三茶の西友の目の前で、雑居ビルの地下にあった。MORINOKOのマスターとBABYのマスターが仲が良く、休みの日や、MORINOKOが早く終わるとよくBABYに足を運んでいた。同業界の交流もさることながら、店に人がいること、お客様がいることをお互いよく理解していた。あとは単純に飲むのが好きというのもあるだろう。

マスターの紹介もあって自分もMORINOKOには時々行った。その店は大学生のイケメンバイト君、女子大のキュートな可愛いバイトさんがいた。オーナーは別にいるらしかったが、店を回すのはマスターに一任されていた。BABYの倍以上の広さもあるDining BARで、客層も客数も違っていた。テーブル席もあったが、カウンターに座り、バーテンさんやスタッフさんとの距離感を楽しんだ。最初は座りづらかった高めのイスも次第に慣れていった。安心感の材料としては、BABYのマスターが編集したCDを流しており、ここでもよくSOULで満たされた。カウンター越しにリキュール・ウィスキー・バーボン・ワイン達が林立し、三茶に世界のどこかで醸造された酒が集まっていた。ここもまた夜の世界、無意識の空間だった。

そこであの女の子は働いていた。ただ年末から1カ月は過ぎたが、その女の子に会うことは一度もなかった。シフトで月曜日を外していたからだった。

そんなとある月曜日BABYのマスターからメールが来た。

「LOVIN’G POWERで飲んでます。」

月・火曜休みが多かったこともあり、タイミングが合えば、マスターと飲みに行った。
その日も、どうするか迷ったがまっすぐ帰ることが寂しかった自分はその店に向かった。


【DESIRE/LUXURIA】(4)

2015-05-25 04:31:50 | 【三茶物語】

BABY通いには色んな意味があった。それは「色情」つまりは風俗について。

前の彼女と別れてから3年の月日が経過していた。その間に片思いがあったり、なんとなくいい人だったり、それとなく一緒に食事できる友人は何人かいた。
ただそれらは、いずれも発展することなくうまくいかなかったり、自然と連絡が途絶えた。それはそれだった。なぜだろう?と思うところもなくはなかったが、そんなもんだろうという思いがほとんどだった。だからその当時は、女性に対して中途半端だった。強く意志や想いを注げなかった。空振りの連続だったが、始末がもっと悪いのは全力の空振りでもなかったことだった。だらしなかった。それとは反比例して性欲はなくならない。むしろ抑えることができなかった。街で出会った人をナンパして・・・という度胸もなく。お店のお客様は当然もってのほか。友達にはしがらみを恐れ、そういうことはできなかった。面倒くさがったり、傷つくのを恐れたりで、そのラインを越えられなかった。チキンだった。そしてそういう時期でもあった。

時折BABYでは、マスターと2人の時や、男性の常連さんの時は猥談をした。
夜、男同士、酒・・・ということで盛り上がる。GIRL’Sトークならぬ、BOY’Sトークだ。抑圧の箍(たが)が緩むと果てしない。経験・いらない情報・下らない知識が堰を切ったように流れ出す。ムラムラや悶々、欲情と色情が湧く。そして大塚・上野・錦糸町にはお世話になった。その帰りはめし食って、店によって馬鹿話をする。BABYではそんな抑圧や世間体からも解放された。またそんな時のジンやウォッカは効いた。シュープリームス・テンプターズ・アースは響いた。後ろめたさを懺悔ではなく馬鹿話で解放させ、讃美歌はモータウンだった。ジンは身体を消毒し、ウォッカは魂をキレイにした。束の間だったが、そこにはバランスを保つための救いがあった。本当に有難かった。

そんなこんなで、特定の女性に対してコミットはできなかった。だらしないことには変わりなく、中途半端であることに疑問の余地はなかった。だからこそBABYの存在は大きく、特別な場所だった。マスターの存在もまた特別なつながりになっていった。


【教会】(3)

2015-05-24 10:03:43 | 【三茶物語】

彼女との最初の遭遇は5年前の年末に遡る。2009年の暮れ、BABYの常連になって半年もしたころだった。BABYはその日すこぶる盛況で、9つの席の内、8つがお客様で埋まっていた。そういう時は、基本的に店を出ようとする。なぜなら店がお客を呼んでいるときは、ふらっと新規のお客が入ってくるからだ。そんな「気」が流れている。レギュラーの自分は、BABYが流行ることを密かに望んでいた。マスターには潤って欲しかった。

レコード・SOUL・music
ジン・ウォッカ・ラム・ウィスキー
夜の時間・空間、深夜のネオン
そこに流れ、集う人、人。

本当の教会も同じだが、そこには経営というものが横たわる。
売上がなければ継続はない。
BABYは夜の教会。境界だった。昼の自分と夜の自分。意識と無意識を分けるとしたらまさにそこは境界だった。そしていつもそこが本当の世界だと思っていた。
本当の世界がなくなることは自分の崩壊を意味していた。
そんな気持ちだけではない。BABYに触れることで、解放される人達はもっとたくさんいてもいいと思っていた。あともう一つ理由を加えるとしたら、混んでいる時はマスターと話ができない。そんな理由もあったと思う。が、ともあれBABYが盛況な時は嬉しい瞬間でもあった。

店内はいつもキレイで清潔だった。マスターは文字通りマスターだった。お客様一人の時でも、たくさんの時でもSOULを流した。50s、60s、70s、80s。それぞれの年代のSOULをその時の雰囲気、お客様、ノリ、出したカクテルに合わせて曲を走らせた。黒い大きな棚からレコードを取り出す。INDEXはなく、マスターのみがどこにどのアーティストのレコードがあるのかがわかっている。PCの小さなファイルに並んでいるのではない。整理されているその棚からレコードを出す。18インチのレコードは33回転で回る。それを器用にターンテーブルに乗せていく。このレコードの何曲目というところにピンポイントでレコードの針を置く。そして流れるようなフェードアウトとフェードイン。BABYはクラブではなかったけれど、心の中では指を鳴らし、脳の中ではダンスをしていた。音の出ない指笛を「ヒューッ!」と鳴らした。

マイケルが他界した日も、ホイットニーが亡くなった日もBABYにはSOULが流れた。
訃報を知った日、ささやかでいい、弔いたい。そんな欲求をBABYは叶えた。そこは大衆の弔いの場になった。そこではアーティストと名もなきファンとの小さな別れがあった。あかの他人にもかかわらず、得も知れぬ喪失感は癒され、慰められた。
BABYは夜の教会にもなった。
だから新しいお客様が来るのは自分の喜びでもあった。夜のたわいもない束の間の自由を酔って欲しかった。

その夜は、一席開いていたので、そこに一人座った。

すると違うBARのマスターが女の子を連れて各席を回っていた。ずっとカウンターを向いていたので、その女の子の顔は見えなかったが、「わーわー」と一席、一席声をかけている。どうやらそのBARで働くことになった新しい女の子らしかった。
そして背中越しにその女の子は自分の席にも声をかけた。
「今度MORINOKOで働くことになりました。よろしくお願いしま―す!」
元気なその声は、夜の感じがしなかった。

軽くお辞儀するぐらいで、何も言葉は交わさなかった。

「Welcome to the NIGHT WORLD」

とりあえずは、そんな感じだった。
そこには直感も衝動も何もなかった。
ただそれが、一瞬の出来事で、彼女との出逢いと言えば出逢いだった。