民家の縁側と庭の間をくぐり抜けると、そこには工房があった。
お客様を迎えるように犬が佇んでいた。
工房には3人の職人さんと一人の案内の女性の方がいて、その方以外はみなさん作業をつづけていらした。
入ってすぐ右手のショウケースに独特できれいな銀細工が並んでいた。
その銀細工に美しさや重厚さを感じたけれど、そこには距離感を感じなかった。
馴染み、近しく感じた。
その銀細工の存在感に勝るとも劣らない輝くものがあった。
それが彼女の目だった。
その銀細工を見つめる眼差しは、運命の出逢いに対する確信に満ちていた。
迷いはなかった。
ついさっき「買わないし、見るだけだから」なんて言っていた人とは思えない。
「意志」がそこにはあった。 彼女の目線は結び指輪に注がれていた。
似たような指輪を国際通りを見たのを思い出したけど、そこにある指輪とは何かが違っていた。
何だろう・・・。
最早その指輪を買わずして帰るという選択肢はまったくなかった。
あとはどれにするかということだけだったが、彼女はこれというのがもうすでに決まっていた。
その磁力の集中度は高く、彼女の意志が工房の場のすべてを作っているようだった。
彼女の選んだ指輪は確かに素敵だった。
そして指輪もまた彼女の薬指を求めていた。
サイズは見事にぴったりだった。
シンデレラのガラスの靴のようだった。
満洲里でプロポーズの時の指輪を買ったが、それは今彼女のネックレスになっている。
サイズがブカブカの指輪をそういう形で彼女は身につけていてくれた。
いつか指輪をプレゼントしようと思っていた。
「これで婚約指輪でいいの?」 2度うなずく彼女。
婚約指輪は給料3カ月分なんていうけれど、それよりずっと安い。
でもこれがいいという彼女。
ご縁を感じたのがすべて。
足りないお金は来月返すという約束で彼女に借りて、その結び指輪は彼女の薬指に入って行った。
まるで故郷に還るように、あたかも最初から彼女と一つであるかのように。
購入すると、その一部始終を見ていらした、工房長の又吉さんが声をかけて下さった。
そして桐のケースにこうメッセージを認めて頂いた。
「想い愛々と 千重指さちに 結び花咲かち 世果報たぼり」
この結び指輪、ジーファー(簪)、房指輪とならんで沖縄の伝統工芸品。
このような伝統技術は、どこも後継者不足というのが世の常。
又吉さんはこの工房の7代目。 先代からの技術と型を守り続けていた。
新しいものを作るのではなく、伝統に基づいた形を忠実に継承していくとおっしゃっていた。
また100年たっても残るものを作っていきたいともおっしゃっていた。
伝統はこのようにして守られ継承されていくということがわかった。
伝統というと若いころは古い、めんどくさいものと思っていた。
今は年をとったせいか、日々忘れ去られていくものが多い中で、 大事に残されていくものとその背後にある「想い」に興味がある。
やめれば、それでおしまい。
そして無情にもなくなる。
文化の礎(いしずえ)がなければ、文化の成長はない。
文化はもちろんアイデンティティと深く関わっている。
文化や伝統にリスペクトを持つこと、そして大事にすることは、 自らの個性を愛することにつながるのだと思う。
今回は結び指輪という琉球の指に咲く小さな花と繋がりができた。
文化との相性というものがあるとすれば、琉球のカルチャーには深いご縁がありそうな気がする。
帰ってから調べると、シンガーソングライターのCoccoさんと又吉さんも交流があり、相通ずる何かがあるようだった。
http://www.youtube.com/watch?v=r8CW0xsDyxQ
アーティストは響き合う。
ともあれ、予想外に、指輪をめぐる物語はここで完結することになった。
これがその婚約指輪。
沖縄の旅は一見天気に恵まれなかった旅だった。
でもいい天気とは何だろうと思う。
2人の旅としては初めての旅だった。
2泊3日の間で、相当密度の濃い時間を過ごせた。
それと最終的に指輪という、二人の関係性をコミットさせるアイテムにつながれたことは、 この旅が二人にとって、必然性を帯びていた旅であったことを物語っているような気がする。
そのためにはタイミング、出逢い、環境、天気、全てにおいてパーフェクトであることが求められる。
たとえその瞬間が雨であったとしても、たとえその時が引き潮であったとしても、たとえお目当てのお店がしまっていたとしても、それは完全性につながるまでの演出でしかない。
よりもっとおおきな答えを受け取るプロセス。
だからどんなことがあってもありがとう。
だからどんな天気でもいい天気なのだろう。
感謝といえば、この旅をともに楽しんでくれた彼女に心からのありがとうを届けたい。
一人旅もいい。
そして二人の旅もいい。
また沖縄に行こう。
そしていつか沖縄に住もう。
それが沖縄で最後に思ったこと。
内から湧くつぶやきが次の物語を予感させた。
お客様を迎えるように犬が佇んでいた。
工房には3人の職人さんと一人の案内の女性の方がいて、その方以外はみなさん作業をつづけていらした。
入ってすぐ右手のショウケースに独特できれいな銀細工が並んでいた。
その銀細工に美しさや重厚さを感じたけれど、そこには距離感を感じなかった。
馴染み、近しく感じた。
その銀細工の存在感に勝るとも劣らない輝くものがあった。
それが彼女の目だった。
その銀細工を見つめる眼差しは、運命の出逢いに対する確信に満ちていた。
迷いはなかった。
ついさっき「買わないし、見るだけだから」なんて言っていた人とは思えない。
「意志」がそこにはあった。 彼女の目線は結び指輪に注がれていた。
似たような指輪を国際通りを見たのを思い出したけど、そこにある指輪とは何かが違っていた。
何だろう・・・。
最早その指輪を買わずして帰るという選択肢はまったくなかった。
あとはどれにするかということだけだったが、彼女はこれというのがもうすでに決まっていた。
その磁力の集中度は高く、彼女の意志が工房の場のすべてを作っているようだった。
彼女の選んだ指輪は確かに素敵だった。
そして指輪もまた彼女の薬指を求めていた。
サイズは見事にぴったりだった。
シンデレラのガラスの靴のようだった。
満洲里でプロポーズの時の指輪を買ったが、それは今彼女のネックレスになっている。
サイズがブカブカの指輪をそういう形で彼女は身につけていてくれた。
いつか指輪をプレゼントしようと思っていた。
「これで婚約指輪でいいの?」 2度うなずく彼女。
婚約指輪は給料3カ月分なんていうけれど、それよりずっと安い。
でもこれがいいという彼女。
ご縁を感じたのがすべて。
足りないお金は来月返すという約束で彼女に借りて、その結び指輪は彼女の薬指に入って行った。
まるで故郷に還るように、あたかも最初から彼女と一つであるかのように。
購入すると、その一部始終を見ていらした、工房長の又吉さんが声をかけて下さった。
そして桐のケースにこうメッセージを認めて頂いた。
「想い愛々と 千重指さちに 結び花咲かち 世果報たぼり」
この結び指輪、ジーファー(簪)、房指輪とならんで沖縄の伝統工芸品。
このような伝統技術は、どこも後継者不足というのが世の常。
又吉さんはこの工房の7代目。 先代からの技術と型を守り続けていた。
新しいものを作るのではなく、伝統に基づいた形を忠実に継承していくとおっしゃっていた。
また100年たっても残るものを作っていきたいともおっしゃっていた。
伝統はこのようにして守られ継承されていくということがわかった。
伝統というと若いころは古い、めんどくさいものと思っていた。
今は年をとったせいか、日々忘れ去られていくものが多い中で、 大事に残されていくものとその背後にある「想い」に興味がある。
やめれば、それでおしまい。
そして無情にもなくなる。
文化の礎(いしずえ)がなければ、文化の成長はない。
文化はもちろんアイデンティティと深く関わっている。
文化や伝統にリスペクトを持つこと、そして大事にすることは、 自らの個性を愛することにつながるのだと思う。
今回は結び指輪という琉球の指に咲く小さな花と繋がりができた。
文化との相性というものがあるとすれば、琉球のカルチャーには深いご縁がありそうな気がする。
帰ってから調べると、シンガーソングライターのCoccoさんと又吉さんも交流があり、相通ずる何かがあるようだった。
http://www.youtube.com/watch?v=r8CW0xsDyxQ
アーティストは響き合う。
ともあれ、予想外に、指輪をめぐる物語はここで完結することになった。
これがその婚約指輪。
沖縄の旅は一見天気に恵まれなかった旅だった。
でもいい天気とは何だろうと思う。
2人の旅としては初めての旅だった。
2泊3日の間で、相当密度の濃い時間を過ごせた。
それと最終的に指輪という、二人の関係性をコミットさせるアイテムにつながれたことは、 この旅が二人にとって、必然性を帯びていた旅であったことを物語っているような気がする。
そのためにはタイミング、出逢い、環境、天気、全てにおいてパーフェクトであることが求められる。
たとえその瞬間が雨であったとしても、たとえその時が引き潮であったとしても、たとえお目当てのお店がしまっていたとしても、それは完全性につながるまでの演出でしかない。
よりもっとおおきな答えを受け取るプロセス。
だからどんなことがあってもありがとう。
だからどんな天気でもいい天気なのだろう。
感謝といえば、この旅をともに楽しんでくれた彼女に心からのありがとうを届けたい。
一人旅もいい。
そして二人の旅もいい。
また沖縄に行こう。
そしていつか沖縄に住もう。
それが沖縄で最後に思ったこと。
内から湧くつぶやきが次の物語を予感させた。