偽満洲故宮博物館。
そもそも偽って何よ?って感じです。
日本語の解説文もあり、ワイヤレスの説明スピーカーがあったので、言葉にはまったく苦労することはありません。
でもなんていうのかな、何だったのかな、満洲国って。
傀儡、傀儡と言ってるけど、確かにそういう側面もあったかもしれないけど、そんなにひどかったのかな?
騙していた、欺いていた、言いなりになっていた・・・そんな言葉ばっかりです。
寂しくなりました。
そもそも中国という名前もまだここ最近なんですよね。70年ぐらいかな?中華民国時代も入れて。
満洲というのは満洲民族が建てた征服王朝。1612年の後金の時代からです。明の次の時代ですね。中国って今回動いてわかったんですけど、とんでもなくでっかいのです。55の民族がいる多民族国家なのです。4000年の歴史の中で、様々な民族が入れ替わりで王朝を築いてきました。覇権社会なので、強いものが残って来たのです。
もちろん漢民族が人口多くて、歴史も長いのだけど。
そもそも多民族で共存共栄していくことという思想はあったかなかったかはわかりません。でも自分が思うに、思想ではなく生活はあったと思います。多民族多様な文化をどこかで受け入れ合っていたところはあると思うのです。根拠はありませんが、でなきゃこの国で生きていけないと思ったからなんですけどね。少なくとも、食文化と経済、お金の流れみたいなものは、ある程度のバランスや協調、調和がないと定着しないのです。
列強の帝国主義(植民地拡大)の流れの中で、清という大国がターゲットになり、脆くも崩れてしまった。中国が分割されていく。その一端をもちろん日本も担ってます。そんな中で、国民が黙ってるはずはありません。愛国心が生まれて来る。国民党と共産党の国共合作で、敵国日本をつぶそうとなるのはわかります。
でもその後どうなるかといえば、共産化が加速していきます。文革の時には宗教は毒になり、民族は一様に国家への忠誠を誓う人民になります。
別に悪くはない。でもその影で、民族は縮小され、宗教も制限されていきます。それは国が選んだことなので、しょうがないといえばしょうがない。
ちなみに満洲国なんてせずに、日本の満洲県にしたほうがわかりやすかったのかもしれません。日本が突っ走って、そうすれば。←ひどい発想です・・
でもそんなことは出来ないに決まってる。
思うに、満州民族の今までの中国の歴史を踏まえた正統の皇帝を建て、新しい国家を作ることは、当時の状況を考えると画期的なことだったと思うのです。
ともあれ、皇帝の血は途絶えました。もちろん満洲民族は残ってますから、系統としては残っているわけだけども。単純に血が途絶える。それも国の成り立ちを作っていた血族の。
これは覇権社会のなごりではないかと、子供を残さず、末代までの怨恨をここで根絶やしにするということ。ではないかと思うのです。
ことの真偽はよくわかりません。
でも日本でいうアイデンティティと中国のアイデンティティって違うような気はします。
偽者、傀儡・・・中国の方たちの歴史の反省なのでしょうか。こうならないようにしましょうということなのでしょうか。征服される、征服する歴史を常として繰り返してきた国としては、なんだか1面的な捉え方のような気がします。
とにかく敵を作るという。そんな感じがしました。
もっとグローバルにみれば新しい歴史観できると思うんですよね。人類史みたいな。
そこから見れば、少なくともそういう言葉たちは出てこないと思うんですよね。
確かに自分たちの先輩たちがしてきたこと、反省します。ってのもわかるんですけど、何かもっと別の言葉や違う表現方法ってあると思います。
俯瞰した歴史認識。別にやったことが全て正しいなんて思ってません。悪かったことを謝りませんと言ってるわけでもない。でも何が間違っていたのか、何が問題だったのかは、今一度、今一度検証されるべきではないかと思いました。
この偽満洲故宮の歴史観で、未来は拓けない。そう思いました。主観です。
気を悪くされた方がいましたら、そこは謝ります。ごめんなさい。
つまりは傷ついたってことなんですよ。すごく。すごく。
でも戦争って言うのはそういうことだったんでしょうね。手段を選ばず、人をあやめる。
今ね、すごく悲しいんですよ。
どこでこれを書いてるかといえば大連行きの電車の中なんです。
PCで書いてるんですけど。5人がけ向かい合わせの硬座でみんな中国の方なんです。
そしたらこの5時間ずっと話なんかできなかったんですけど、机なくて窮屈そうだからって、小さい机のあるスペースを譲ってくれたんですよね。
こういうことが、大事なんだと思うんです。前提に愛ありきの歴史観。自分たちは、ある方向に向かっています。
これが、この数日の中で笑顔ができた瞬間でした。
そう寄席にいったときも楽しくはあったけど。
湧いてくる笑顔ではありませんでした。
今少し笑顔ができた。
もう忘れてしまったかのような人間性。
笑いは人間性の中でも、本当に素晴らしいものだと思うのです。
離れていた自分が、少し戻ってきました。
笑顔が出来る。
こういう方たちもたくさんいるのです。
人間の欲求には愛されたい欲求と同時に愛したいという欲求もあります。
自分なりであるけれど、この国に敬意を表わしたいし、仲良くしたいと思っています。桜のことだってここにつながっています。
自分たちにできることってなんだろう。
昨日は天安門事件から11年の日でした。
今日は祖母が若い時代を生きた大連に行きます。
もう少しで旅は終わります。
最後まで、自分らしく、自分のままで。
そもそも偽って何よ?って感じです。
日本語の解説文もあり、ワイヤレスの説明スピーカーがあったので、言葉にはまったく苦労することはありません。
でもなんていうのかな、何だったのかな、満洲国って。
傀儡、傀儡と言ってるけど、確かにそういう側面もあったかもしれないけど、そんなにひどかったのかな?
騙していた、欺いていた、言いなりになっていた・・・そんな言葉ばっかりです。
寂しくなりました。
そもそも中国という名前もまだここ最近なんですよね。70年ぐらいかな?中華民国時代も入れて。
満洲というのは満洲民族が建てた征服王朝。1612年の後金の時代からです。明の次の時代ですね。中国って今回動いてわかったんですけど、とんでもなくでっかいのです。55の民族がいる多民族国家なのです。4000年の歴史の中で、様々な民族が入れ替わりで王朝を築いてきました。覇権社会なので、強いものが残って来たのです。
もちろん漢民族が人口多くて、歴史も長いのだけど。
そもそも多民族で共存共栄していくことという思想はあったかなかったかはわかりません。でも自分が思うに、思想ではなく生活はあったと思います。多民族多様な文化をどこかで受け入れ合っていたところはあると思うのです。根拠はありませんが、でなきゃこの国で生きていけないと思ったからなんですけどね。少なくとも、食文化と経済、お金の流れみたいなものは、ある程度のバランスや協調、調和がないと定着しないのです。
列強の帝国主義(植民地拡大)の流れの中で、清という大国がターゲットになり、脆くも崩れてしまった。中国が分割されていく。その一端をもちろん日本も担ってます。そんな中で、国民が黙ってるはずはありません。愛国心が生まれて来る。国民党と共産党の国共合作で、敵国日本をつぶそうとなるのはわかります。
でもその後どうなるかといえば、共産化が加速していきます。文革の時には宗教は毒になり、民族は一様に国家への忠誠を誓う人民になります。
別に悪くはない。でもその影で、民族は縮小され、宗教も制限されていきます。それは国が選んだことなので、しょうがないといえばしょうがない。
ちなみに満洲国なんてせずに、日本の満洲県にしたほうがわかりやすかったのかもしれません。日本が突っ走って、そうすれば。←ひどい発想です・・
でもそんなことは出来ないに決まってる。
思うに、満州民族の今までの中国の歴史を踏まえた正統の皇帝を建て、新しい国家を作ることは、当時の状況を考えると画期的なことだったと思うのです。
ともあれ、皇帝の血は途絶えました。もちろん満洲民族は残ってますから、系統としては残っているわけだけども。単純に血が途絶える。それも国の成り立ちを作っていた血族の。
これは覇権社会のなごりではないかと、子供を残さず、末代までの怨恨をここで根絶やしにするということ。ではないかと思うのです。
ことの真偽はよくわかりません。
でも日本でいうアイデンティティと中国のアイデンティティって違うような気はします。
偽者、傀儡・・・中国の方たちの歴史の反省なのでしょうか。こうならないようにしましょうということなのでしょうか。征服される、征服する歴史を常として繰り返してきた国としては、なんだか1面的な捉え方のような気がします。
とにかく敵を作るという。そんな感じがしました。
もっとグローバルにみれば新しい歴史観できると思うんですよね。人類史みたいな。
そこから見れば、少なくともそういう言葉たちは出てこないと思うんですよね。
確かに自分たちの先輩たちがしてきたこと、反省します。ってのもわかるんですけど、何かもっと別の言葉や違う表現方法ってあると思います。
俯瞰した歴史認識。別にやったことが全て正しいなんて思ってません。悪かったことを謝りませんと言ってるわけでもない。でも何が間違っていたのか、何が問題だったのかは、今一度、今一度検証されるべきではないかと思いました。
この偽満洲故宮の歴史観で、未来は拓けない。そう思いました。主観です。
気を悪くされた方がいましたら、そこは謝ります。ごめんなさい。
つまりは傷ついたってことなんですよ。すごく。すごく。
でも戦争って言うのはそういうことだったんでしょうね。手段を選ばず、人をあやめる。
今ね、すごく悲しいんですよ。
どこでこれを書いてるかといえば大連行きの電車の中なんです。
PCで書いてるんですけど。5人がけ向かい合わせの硬座でみんな中国の方なんです。
そしたらこの5時間ずっと話なんかできなかったんですけど、机なくて窮屈そうだからって、小さい机のあるスペースを譲ってくれたんですよね。
こういうことが、大事なんだと思うんです。前提に愛ありきの歴史観。自分たちは、ある方向に向かっています。
これが、この数日の中で笑顔ができた瞬間でした。
そう寄席にいったときも楽しくはあったけど。
湧いてくる笑顔ではありませんでした。
今少し笑顔ができた。
もう忘れてしまったかのような人間性。
笑いは人間性の中でも、本当に素晴らしいものだと思うのです。
離れていた自分が、少し戻ってきました。
笑顔が出来る。
こういう方たちもたくさんいるのです。
人間の欲求には愛されたい欲求と同時に愛したいという欲求もあります。
自分なりであるけれど、この国に敬意を表わしたいし、仲良くしたいと思っています。桜のことだってここにつながっています。
自分たちにできることってなんだろう。
昨日は天安門事件から11年の日でした。
今日は祖母が若い時代を生きた大連に行きます。
もう少しで旅は終わります。
最後まで、自分らしく、自分のままで。