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スメラ~想いをカタチに~

スメラは想いをカタチにするコミュニティーです みんなの想いをつなげて大きな輪にしてゆきましょう

【はじめに行こう】

2018-01-14 05:00:00 | 【ごあいさつ】
大先生のことを、ちょっと書きます。
※初めて読まれる方はわからないと思うで関連のリンクを貼りますね。

これはこのブログで大先生が「はじめ」をオープンした時に書いたものです
これは「指圧―はじめ―」のHPです。

では、はじまりはじまり。

もし自分の家族が目に見えないものが見えるようになったり、聞こえない声が聞こえるようになったらどう思うでしょう?もし友達だったり、大切な人がそうなったとしたらどうなるでしょうか?

不思議に思うだろうか?気味悪がるだろうか?嫌いになるのだろうか?

上の問いですが答えは「何にも変わらない。」です。

少しは不思議に思うかもしれないし、世間との折り合いの中で心配になっちゃうところは多少ある。

でも基本は変わらない。それはいいとか悪いとかを越えて、育(はぐく)んできた関係性と積み重ねた時間そして宝物と言ってもいい思い出たちがあるから。

ただ正直言うと、大先生の急速な成長と進化にとまどい、心配になったことはあるにはあるのです。20年来の親友である自分がそう思うのだから、彼を大事に思っている人たちの中には頼もしさとともに、多少の不安は感じたのではないかと思うのです。一部のクライアントの方もブログの読者もかつての彼を知っている人たちもとまどいを覚えた方もいたのではないでしょうか?

年末、10歳下の嫁が原因不明の腰の痛みで「はじめ」に行きました。神奈川の座間から世田谷の等々力は遠いは遠いのだけれど、嫁の「大くんに診てもらいたい」の気持ちもあって「はじめ」に行くことにしました。結果として痛みは消散しやや前屈みだった姿勢もまっすぐに立っても大丈夫になったのです。

大先生は大きく二つの点について教えてくれました。一つは子育て中の身体の負荷について。もう一つは間食での胃への負担です。そして痛みのある腰への施術と合わせて、子育ての負荷と胃への負担が両足の脹脛(ふくろはぎ)に来てるのを見て取ると、手を当て温め筋の繊維のすみずみまで熱を注ぎ、骨の芯まで届くよう伸ばして行きました。

その施術で過剰な疲労は休まり、眠っていた細胞は目覚めます。その細胞が自己の役割に気づき、失われたものを取り戻すように、疲弊した細胞を癒すのです。自浄する力、自然治癒力が回り始めました。

そこには疲れと癒しが同時に存在する瞬間があります。そこに大先生はいるのです。その調和を温度によって見守るのです。そして施術を加えていく。過不足なく無理なく漏れなく。

嫁は間食のことは伝えていませんでした。でもわかるのです。それは超能力でもなくマジックでもありません。身体が伝えてくれる「声」を感じる耳を持ち、身体が発する「周波数」を感受する感性ー魂ーを持っているということなのです。

この3年の中で、大先生は言葉を話し始めました。言葉を持つようになったという表現が近いかもしれません。それまでの大先生は考えや想いをしっかりと持ってはいたけれど、決して発信するタイプでもなったしどちらかと言えば無口なほうでした。この変化にはいくつかの要因があると思われますがその中の一つを取り上げるならこういうことだと思ます。「はじめ」を創業したことで、より施術の頻度が増え、加えて日々の勉強の毎日を経て、来院されるお客様の身体の声をあまた聴くことでINPUTが満たされOUTPUTが始まったのではないかと思っています。ブログの数々、冊子も含めて言葉が湧いてくる。この言葉の成果はある意味、ご来院されたお客様によって培われてきたものも多分にあると思います。大先生がいつも言うのはお客様への感謝です。

そしてブログの内容がああいう内容になるのも、痛みと癒しの間にいてその人の持つ治癒力を高め調和を助けることを通して、その範囲が個人から社会に、身体から魂に、日本から世界に広がっていったからではないかと思うのです。これはある意味自然な流れなのかなと思います。

また月読尊(ツキヨミノミコト)についてですが、ツキヨミは古事記、日本書紀に出てくる日本の神話に由来します。世界を創造したイザナギとイザナミの間に生まれたアマテラス・スサノヲ・ツキヨミの3兄弟の一人です。古事記や日本の神話を読むとわかるのですが出てくるのはアマテラスやスサノヲの話ばかりでツキヨミはもうほっとんど出てこないのです。それはもうびっくりなくらいに(1,2行ぐらい)。ところが日本の神話を見ると神様の子供が3人のケースはいくつかあって、ツキヨミと同様に存在感のない神様がいるのです。アメノミナカヌシ、ホスセリ等も名前は出てきてもどういう役割でどんな性格でというのは書かれていないのです。

このように地位はあるものの実体もはたらきもない存在は「無為」と見えます。けれどこの日本神話の構造やパターンは、アマテラスとスサノヲのような対立する権力をツクヨミの「存在」が適当に均衡させているモデルとも言われているのです。つまりツキヨミはエネルギーの均衡を活性化させたり鎮静化させる見えないバランサーの役割を示すのです。

このパターンと施術を照らし合わせるとクライアントの痛みと癒しの間にいる大先生の存在はこのツキヨミの存在によく似ています。身体のなかで巻き起こる陰と陽の嵐を適宜において起こしまた鎮めるのに寄与しています。

クライアントの中にあるツキヨミ的存在と大先生のツキヨミの役割がスイングするとき癒しがふわっと絹のようにつつみ、人を元の気、つまり元気に戻すのだと思います。

大先生は日本神話のツキヨミのレベルで癒しているということです。これはこれで凄いことなのですが大先生の本当に凄いところは、人はみなそれだけ深い存在で、進化する価値がみんなあると信じられているところなのです。

だからでしょう想い溢れて、物言わぬツキヨミは語り始めたのだと思います。それはそれで自然のなりゆきだったのかもしれません。ただ言葉は力もあるけれどカタチにすることでその真意から離れていくものでもあります。

もしHPやブログを見て「はじめ」に行くことを迷われている方がいらっしゃったとしたら、言葉を越えた「神伝式施術」を通してもう一人の自分と対話するのはどうでしょうか。何よりも悲鳴を上げているのはその自分かもしれないのですから。痛みはアラーム・信号です。その向こう側にメッセージがある。人から与えられた言葉も大事ですが、自身の「声」に耳をすましてみてはいかがでしょうか?

その支援のために大先生はいて、その役割を大先生は生きています。

大先生の進化にとまどいを感じられている方もいるかもしれません。ただ自信を持って言えることは、彼の本質はなにも変わっていません。「実」が深化しているのです。
その深化はきっと触れた人を癒し、また幸せにしてくれます。

嫁の腰の痛みがなくなった。愛する人が癒えるのは本当に嬉しいこと。子供をだっこする度に歪んでいた顔が、いつものあの笑顔に戻る。この「実」をはじめは積み重ねているのです。

今日も明日もこれからも。
ずっと。ずっと。

では、もういちど⇒はじめのHPはこちら

【はじめ】の一歩

2014-11-01 14:02:28 | 【ごあいさつ】
親友が、マッサージのお店をオープンすることになりました。

その名も【はじめ】

〒158-0082
東京都世田谷区等々力4-5-11
キャルレノアール一階号室
03-5656-5300

奥様、小さい子供二人を養いながらの独立。

勝負をかけたという訳です。

ただそこに切羽詰まった感や、追い込まれた感は感じられません。

今から一年ぐらい前、独立しますと一言。時期は少しずれたけれどやってのけた。

物件、内装、予算組、仕事の引き継ぎ、初めてのことばかりで、相当の負荷、プレッシャーがかかったはず。

なんとか準備できました。

そういう彼を誇りに思う。
心から尊敬している。

彼は選択した。

雇われるのではなく、自分の生きたい生き方を。

自分のやりたいやり方を。

自分にしかできない人生を。

彼が目指すマッサージは、肉体から魂を癒やすこと。

from physical to soul

身体の凝り、滞り、痛み、歪み。

それは明らかに身体からのメッセージ。

そのメッセージに焦点をあて、身体集中してゆく。

そして痛み、歪みの背景を感じとる。

凝り、滞りの理由を感じとる。

生理学、病理学、解剖学それら以前の因果発症の原初・端緒を癒やす。

その人自身ではなく、その痛み、歪みの声なき声を察知する。

その凝り、滞りの叫びなき叫びをキャッチする。

その声や叫びに素直に応えていく。それが彼のスタイルです。

彼は身体集中という言葉を使います。
はからずもそれは、カラダが発するメッセージとのコミュニケーションです。

カラダが本来求めているものは何か。

どうあることが心地よいのか。

どこに向かうのを望んでいるのか。

そういう身体(フィジカル)との関係性が繋がれてくると、

痛みを理解し、受け止めることでそれが発するメッセージの質が変わってきます。

自らあるべき姿に戻ろうとします。

それは自発的に。

彼のマッサージという、痛みとのコミュニケーションが媒体となって、自分本来の意味を思い出すのです。

すると自ずと流れて行くのです。

痛みには、それぞれ負った深さ、大きさが違います。

なにより個性がある。

そのルーツ、その根っこに熱を注ぐのが彼のアプローチです。

massage for message

身体のメッセージのためのマッサージ

そのメッセージに沿うように、触れる、向かい合う、熱を注ぐ。

意思と意図を汲み取る。

そうすることで自らの元に帰る力が引き出されるのです。

中には時間がかかるものもある。
治る過程の痛みを、敢えて発することもある。

それでも痛みに個性があるように、治る過程にも個性があります。

その個性を、その独特の時の流れを諦めずに暖めつづけます。

彼が望んでいること。やりたいこと。

それがはじめの中にあります。

痛みがある方もない方も、深く自分を理解したい方も、是非彼のマッサージを受けてみて下さい。

新たな気づきが浮かんできます。

閃くように。

はじめ、本日オープンです。



【今と60年前、橋わたる】

2013-10-23 12:59:06 | 【ごあいさつ】
外宮のお参りが終わると、風宮、土宮、多賀宮の参拝に向かう。

歩を進め、橋に向かう途中に、四方1メートルのしめ繩に囲まれた小さな一画がある。

そこには幅30㎝ほどの石が三つ、重なるように鎮座している。

しめ繩がなければ見過ごしてしまいそうなその石は、ここ10数年で有名になった。

近年のスピリチュアルな流行から、そこはパワースポットという代名詞で括(くく)られるようになった。

そのパワースポットという言葉の力も手伝って、参拝する人たちは、その石に手を翳(かざ)したり、手を合わせたり、おさい銭を置いたりする。

私たち二人も例に漏れずその石を見に行く。

「ここが、パワースポットって言われてるところだよね。このしめ繩、3年前あったっけ…」

と言っていると、

「ここはパワースポットではない。」

隣に並んだ、品のあるお爺さんが話を始めた。その声は静かだったが、語気は強かった。

「この石のある場所は、遷宮の式の時、ここから遷ずる品々を並べて、この場所でお祓いをして、浄めるところなんや。」

「数年前、時の総理大臣だった麻生さんがここに手を翳し、この場所の重要さに触れたのが大きく広まったきっかけ。それからパワースポットっという言葉が一人歩きして、こう言う風に賽銭を置いたり、変に弄(いじ)ったりする人たちが増えたんよ。」

「ここは確かに神聖な場所で、これは意味のある石。だからと言ってパワースポットでもないし、言われのない不敬なことをされる由(よし)はない。」

ボランティアでずっとガイドをしていると言われた、そのおじ様は、そうお話された。そしてつづく。

「初めて私がこの遷宮に参加できたのは、昭和28年、15歳の時だった。」

「戦後すぐですね」

「そうやな。学校で級長していた私が代表で校長先生と参加した。」

ここで聞き役を彼女にバトンタッチする。

こう言う時は若い女性が聞くこと、相槌をうつこと、笑うことで、話は泉のように湧いて来るもの。

託した。

「遷御の儀のとき、鶏を連れていく。鶏の鳴き声で、式が始まるならわしになっているからだ。でも時間が時間だから鶏は鳴かない。だから神官が鶏の変わりに鳴きまねをする。カケコー、カケコー、カケコーと三回。」

そして遷御の話をしばしして下さった。

地元の生き字引のようなその方に、戦後最初の遷宮の話を思いがけず聞くことができた。

そう伝統は継承され、かつても確かにここで行われていた。

そのことを口伝(こうでん)で伝え聞くことで、時の流れや質感を感じることができた。

TV、ネット、本、媒体は進化し、情報はリアルタイムで共有されるようになった。

ただ、ヴァーチャルな間接的な情報の域であることに変わりはない。

一方でLive(ライブ)は、その文字どおり生き、活きている。
人の五感も脳も魂も、想像以上に感じ、理解し、響いている。

こうやって体験はDNAに記憶されていく。

命の連鎖がつづく中で、守られるべき物語は、無形、曖昧にもかかわらず、漠然としていながらも確かに存在している。しかもそのイメージは大きく。

物語の舞台、物語を語る人、物語を紡(つむ)ぐものたちが、ここ伊勢にはある。
そのおじ様に、「記念に一緒に写真を撮らせてくれませんか?」というと、

「わしは、いい、そんなもんじゃない」と言って、そそくさと私たちから離れていった。

せめて名前だけでも聞けばよかったね。と話ながら、私たち二人は亀石橋を渡った。

【幸先(さいさき)】

2013-10-08 09:37:04 | 【ごあいさつ】
9:00過ぎの伊勢は、もうすっかり暑かった。

駅に到着すると、礼服を着ている人がちらほら目立つ。

今回の遷宮に当たってはジャケットにネクタイ、革靴で準備していた。

ワイシャツは卸したてのシャツに袖を通した。

前日の夜、遅番で22:30に家に帰り、慌ただしくスーツを脱ぎ、さささーっとシャワーを浴び、またスーツを着た。

「それで行くの?わたしは普通でいいのかな?」

彼女は少し不思議そうだった。

自分もまた、なんでここまでするんだろうと内心不思議だった。

外宮にはバスで移動するが、バスを待つ列には正装の方たちが少しいた。

これでよかったんだと、心で頷いた。

外宮のバス停を降り、信号を渡り、その境界に入る。

ジャリッ。

という玉砂利を踏みしめる音を合図に、神域に入っていく。

空は高く、陽射しは強い。

そんな中、最初の鳥居をくぐる前に、写真を携帯で撮ろうとする。

すると、綺麗なOLさん風の女性が「写真撮りましょうか?」と声をかけてくれた。

到着してすぐの優しさに、心が解きほぐれ、それだけで来てよかったと思えた。

お互いに写真を撮り合い、お伊勢参りは美しく始まった。

一礼をして鳥居をくぐると緑の木々に包まれる。陽射しは、木漏れ日となって、優しく、木陰は上がりゆく気温を下げ、風は心地好く気を浄化していた。

木々の匂いが、より身体と気持ちを軽くした。

外宮の遷宮は10/5の土曜日。

ただ準備はもうすっかり整っており、新しいひの木の香りがしていた。

新旧のお宮が並んでいる。

新宮は囲われており、中は屋根しか見えないが、かわぶきの甍も、梁や柱の檜木も新しい息吹を放ち、然としてご神体を待っているようだった。

その新しい息吹は、その新しさが故、いまだそこには深みがなかった。

その隣には20年の祈りと自然の寵愛に育まれた、馴染みある外宮があった。

豊受大神、天照大御神をはじめ、伊勢に集まった神神達の食を司るところ。

神の存在を奉る内宮。

その存在のエネルギーを奉る外宮。

その関係性は相身互い、わかつことができないもの。

外宮には農、漁業に携わる方たち、商、ビジネスに関わる方たちが豊作、商売繁盛を祈願してお参りに来られる。

それは、この大きなエネルギーや、その内外宮の循環の良順な流れを享受するため。

そしてお伊勢参りの順番も外宮を参拝してから内宮へお参りする。

外から内へと。

その順に倣って、手を合わせる。

この20年で通算6回、3年半ぶりの参拝になる。

そしてこのお宮とは今日でお別れ。

前回のチベット、中国の旅の御礼とこれまでの感謝をお伝えする。

少し離れたところで写真を撮る。

伊勢神宮には125のお宮がある。もちろん全部を回るわけではないが、次に向かう。

小さな川の支流から、大きな河川の本流に入った気がした。

「よし、一つ。」

先に歩を進める。

ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ、と。

【行きつ戻りつ】

2013-10-03 18:08:16 | 【ごあいさつ】
AM6:30、定刻通り到着。


名古屋、東海地方は快晴だった。空はかーんと澄み、青は冴えざえと映え、絶好の遷宮日和となった。

20年前は雨から始まったから、今回はスタートから幸先がよい。

バスから近鉄に乗り換える。

特急で宇治山田までの切符を買い、朝食に天むすを買った。

7:14発。約2時間の列車の旅。

桑名、四日市、津と懐かしい駅がつづく。途中左手に長良川河口堰が見えた。

20年前は、夜間部の大学生、昼間はある放送局の報道に属し、カメラマンアシスタントの仕事をしていた。

東海地区では愛知、岐阜、三重をカバーしていたので、取材で三重は時折行っていた。

止まる駅での取材が思い出された。

伊勢に向かいながら、記憶は20年前に戻っていく。

今と過去が行きつ戻りつし、これからの起こることの受け入れるキャパシティを、少し大きくして行った。

式年遷宮も取材で行ったことで初めて知った。

久々の天むすを食べ、エネルギーをチャージする。

宇治山田はもう少し。

彼女がうとうとし、気持ちよさそうに寝息を立てている。

昨日眠らなかった分、眠くなる。

いつもならとっくの昔に落ち、まどろみ、鼾(いびき)の2つ、3つはかいていただろう。

ただ日常とは違う非日常が、眠らせなかった。

今日という日が特別であることを身体も自覚していた。

まもなく宇治山田に着く。

13:00には一般の参拝は終わる。

時間はまだある。

まずは外宮へ行こう。

列車のアナウンスがなる。

「まもなく宇治山田、宇治山田、お降りの方は忘れ物のないようにお気をつけ下さい」

彼女が目を覚ます。

忘れ物のないように降りる準備をした。

記憶も含めて、忘れ物はない。

流れに乗ろう。

【あれから、それから】

2013-10-02 08:17:59 | 【ごあいさつ】
今、夜行バスに揺られている。

台風22号の影響か、外は雨。

これから首都高を経由して東名高速から名古屋に向かう。

あれから3年半ぶりに、伊勢に向かう。

あの時はチベットへ行く前の祈願を込めて正式参拝をした。

そしてまだ出会ったばかりの彼女をつれての初めての遠出でもあった。

満州理でプロポーズを決め、成田のバスでYesを貰い、今。

籍を入れたかといえば入れていない。

式をあげたかといえばあげてない。

形式上は3年半前と変わりない。

進んでいない。

その彼女とまた伊勢に行く。

行く3日前に些細なことで喧嘩した。

不穏なムードが支配し、一人で行く気配が何度となく漂った。

今度ばかりは久々の独り旅かと。

でもそれは自分らしいと言えば自分らしかった。

一人でも行くことは決めていた。

「独り」という言葉に時計の針がぐんと巻き戻った。

なぜこのタイミングで伊勢神宮なのか?

と言えば、20年に一度の「式年遷宮」があるからに他ならない。

10/2が内宮、10/5が外宮で式典が執り行われる。

ほぼ毎日に近い数の祭司を行っている伊勢神宮だが、今年はまた特別な年に当たる。

式年遷宮は持統天皇の代から1300数十年に渡って続いてる伝統行事。

戦国時代や先の大戦下を除いては、20年に一度、欠かすことなく継続されている。

数百億円の寄付金を募り、20年という時間をかけて準備され、1300年という歴史の中で、熟成されていく。
そこには習慣の力があり、継続の力が働き、文化という根を深く張り巡らす。

神様と自然と人が調和を織り成す。

伊勢神宮のありようは、

大和の国、日出ずる国、神話の国のシンボルであり本質。

日本のアーキタイプ、原型。

なぜ伊勢に行くのか?

それはこれからの自分、そしてこれからの二人が、この遷宮のように、永久に護られ、次世代にしっかりと受け継がれていくようにという想いがあったから。

一個人がこの伝統ある遷宮を、傍から眺めるだけのことだが、それでもその日、その場所に身を置きたかった。

できれば二人で。

たとえ一人であったとしても、伊勢の遷宮の力を自分の中に取り込みたかった。

彼女の弟の結婚が決まった。

それは突然のようにも見えたが、二人の間では自然の成り行きとタイミング。

今までも周りの友人知人同僚が、結婚したり、出産したりがつづく。

結婚すると言って一年目、みんなも、いつなのどうなのと声をかけていたが、いつしかその声はなくなってきた。

そして、弟結婚の報は、決定的だった。

焦っていた。

二人とも。

だから伊勢の遷宮だった。

狭いシートの夜行バスは、浜松、豊橋を過ぎ、もうすぐ名古屋に着く。

少し背中が痛い。

前の席の彼女が、静かに寝息をたて丸まっている。

東京は雨だったが、名古屋は朝日が昇っていた。

もうすぐ、名古屋だ。

【コーチング体験会への招待】

2012-05-27 01:11:26 | 【ごあいさつ】
「いぼうく」

そうマリカさんは小さく、でも意志のある声で言いました。

それは7回に渡って開催してきたコーチング体験会の方向性を示すキーワードでした。

この体験会には3回参加していて、その成果のパワフルさには目を見張るものがあります。

転職のきっかけになったり、ブログにも書いた沖縄行きの決断もこの体験会を通してのもの。

慌ただしく過ぎる日常の中で、おいてきぼりになる様々な想いたち。

想いには人格みたいなものがあるから、またあらためてスポットがあてられるとキラキラと復活していきます。

そのキラキラこそが元気の源、エネルギー。

コーチは本来の自分につながる媒体です。

今の自分と本来の自分との対話。

ではどうすれば本来の自分の媒体になりえるのか?

そこがコーチングのスキルであり考え方であり、醍醐味でもあります。

ビジネスのフィールドでコーチングを取り入れているところもかなり増え、一般的になりつつあります。

いくつか理由はありますが、端的には、効果があると認められてきたということです。

組織がより結束された、売上があがった、仕事に対する姿勢が変わった、辞めようと思っていたが思い留まったなどその成果は様々。
体験会ではその成果の源にせまります。

それは、自分が何を求め、何を望んでいるかというところ。

"evoke(いぼうく)"、とはかくれんぼしている、本来の欲求を見つけることです。

短い時間かもしれませんが、本来の自分のしっぽぐらいは見つかるかもしれません。

でもそのしっぽって、それだけでもとても魅力に溢れてます。

いわんやその本体をや(漢文調)。

7人のコーチのみなさんも素敵な信頼の置ける方ばかり。shige!太鼓判☆

ということで、興味のあるかたは是非参加をオススメしまーすo(^-^)o

詳細はこちら→
http://s.ameblo.jp/feelcore-coaching/entry-11237424889.html#info

********************
    
「7人のプロコーチによるコーチング体験会inさいたま新都心」

 【日時】 2012年6月3日(日)12時30分~16時45分

 【場所】 WithYou さいたま4F (JRさいたま新都心駅西口より徒歩5分。またはJR北与野駅から徒歩6分) 

 【定員】 10名

 【参加費】一般3500円
       学生2800円
           
 【内容】 
 ①コーチングの考え方について簡単に触れます。
 ②コーチング体験
   国際コーチ連盟認定、米国CTI認定プロコーチ7名の中から数名を選び、実際にコーチングセッションを体験できます。
   仕事、人間関係、家庭、結婚、恋愛、健康、夢、悩み、etcどんなテーマでもOK。
 ③質問コーナー&まとめ など

********************

テルマエの話は次回にしますね♪

【ごあいさつー特典ー】

2012-05-10 16:02:57 | 【ごあいさつ】
DVDの特典映像ってありますよね。

映画の予告編も好きですが、この「おまけ」も大好きです。

そこで今回のごあいさつの特典企画を今から。

題して、「答え合わせー夢とリアルー」。

ごあいさつ前に見た夢と現実の間をキーワードで繋いでみたいと思います。

1.エレベーター
これは未体験の箱。フリーフォールのような動きや小刻みな揺れ、これはごあいさつに行くにあたっての緊張ですね。行きは地に足がついてません。ところが帰りはもうその動きに慣れている。大変そうに見えても、一度体験してみれば、きちんと対応できるんだよ。そういう風に解釈してみました。

2.新橋
ここは私がかつて働いていた職場が最寄りの駅。
お父様がお勤めの会社の本社もここでした。

3.帝政復古
これは、結婚という人生の一大事が浮上した暗示。他のなにものでもなく、一番の中心事にフォーカスが合い、自分本来の欲求や存在理由(レ-ゾンデートル)に根差した課題であることの象徴かな?

4.国会
5.大浴場

この2つが自分とは掛け離れていてよくわかりませんでした。

ところがわかったのです。

「テルマエだ…」と。

絶賛公開中の映画、【テルマエ・ロマエ】。


ごあいさつが終わってGW4日の夜、その映画を見に行きました。

20:20からの最終回にもかかわらず館内は満席。

最後の2席に滑り込みセーフで見ることができたのでした。

「テルマエ」とは古代ローマの大衆浴場のこと。

きっとどこかでこの映画の予告でも見ていたのでしょう。

夢で見た大浴場とつながりました。

そしてハドリアヌス帝の神格化と帝政復古の審議も自分の中で符合(ふごう)しました。

夢辞典で見ると、お風呂は間違っていた古い考えから脱却して、新しい価値観で自分をよくしていくこととありました。

次回はこの【テルマエ・ロマエ】について思ったことがあったのでそれを書こうと思います。

ちなみに夢をたどる時、気をつけようと思うことがあります。

ユングによると、夢には自身を聖に導くこともあるが、魔に陥れることもあるとのことでした。

こだわり過ぎたり、探求するあまり、生活が破綻したり、社会性を失う危険も指摘していました。

直観でなんですが、それは正しいような気がしました。

ということで、夢解きは、うまく自分自身を拡げる一つのアプローチとして活かして行こうと思っています。

特典としてはとりとめがなくなりましたが、【テルマエ・ロマエ】は映画も原作も素晴らしいです。

是非劇場まで足を運んでみて下さい。

笑いで芯から温まりますよo(^-^o)(o^-^)o



【しげぞう、ごあいさつに行くの巻3】

2012-05-05 20:24:22 | 【ごあいさつ】
壊れかけのRADIO (徳永英明)
STORY (AI)
メタモルフォーゼ (工藤静香)
やさしさに包まれて (松任谷由実)
グリーン グリーン (IN THE SOUP)
赤いスイートピー (松田聖子)
青空 (THE BLUE HEARTS)
WE ARE THE WORLD (USA FOR AFRICA)


この曲達は、ごあいさつの後、二人で打ち上げした時に歌ったもの。

本編を飛び越して、いきなりエンドロールです。

カラオケがあまり好きではない彼女が、「今日はよくがんばりました。行きたいとこ、付き合うよ。」

そう言ってくれたので大好きなカラオケに行ったのでした。

その言葉が出たくらいなので彼女的にも今日のごあいさつはまんざらでもなかったのだと思います。

では本編です(^^ゞ

駅を出ると、もう彼女とお父様がベンチに座っていました。

50m先の二人を、瞬時に捉えた両目は、両足に信号を送ります。

「動けよ、おぃっ!」

そして、えいっ!と声出します。

「お付き合いさせて頂いております、黒木と申します、宜しくお願いします(汗)」

ペこりとお辞儀。ししおどしのように。

そしてししおどしの竹が返りの置き石に当たるのをゴングに始まります。

The 世間話!

「今日はこの電車で渋谷まで行っとたんでしたわ」
「いつまで、こちらにいらっしゃるんですか?」
「以前は家から池袋まで通ってましてね…」
「あー、そうですかー」

そうこうしていると、お母様、イケメンの弟君登場。
まさに全員集合。

集まったところで、現場に向かいます。

約600mのウォーキングタイム。

歩道が狭く、二列で歩く。

するとさりげない気遣いフォーメーションが高速道路の追い越し車線のように繰り広げられます。

彼女、お父様、お母様、弟君、そして自分がスッ、スッと開いたところ、開いたところ入っていきます。

見事に☆

お母様と弟君は会っていたので、ほぼ暗黙の了解でお父様シフトでした。

さて、現場到着です。

田園都市線江田駅が最寄の「木かげ茶屋」。名前だけ聞くとうどん屋かそば屋なんだけど、実際はハイソなカフェー。

とても素敵。
しかも個室。

いつもならテンションいい感じのはずだけど、違う汗腺から、いつもと違う臭いの汗が滲み出ています。

そして自分を真ん中にした席順でよっこいしょと座ります。

すると流れてきたBGMがありました。

ETERNALの"Iam blessed"。

この曲に気づいていたのは、私だけだったと思います。

そしてその曲で気持ちが落ち着いたことも。

遅めのランチでみんなそれぞれでオーダー。

彼女とお父様と同じパスタセット。

そして弟君がナイスパス!「生(ビール)ってありますか?ある!じゃっそれで。」

つづいてお父様もきれいにトラップして「じゃ、こっちも」。

こぼれたボールをすかさず拾います「じゃ、もう一つ!」。

テンポが上がってきたところで兄の話。

実は名前がお父様と同じで、誕生日もどんぴしゃ一緒。

そこからは会話のパス回しは順調につながりました。
ビールが2杯目になると、距離が近くになります。
地震の時の話。
仕事の話。
なぜ東京に来たのかという話。
なぜチベットに行ったのかという話。

ビールがワインに変わると会話は「好きな野球の球団はどこですか?」に。

結局、パスタは残してしまったけれど、生ビール2杯、赤ワイン2杯、コーヒー1杯を飲み、胸だけでなく、お腹も、膀胱もパンパンになりました。

みんな気持ちよくなって、ざっくばらんに。

話は、自分の事だけでなく、久々に家族が揃っての団欒トーク。

家族が全員集合なんてことは、縁談やら不幸のときしかそうそうは集まりません。

そうそう家族なのです。

ごあいさつ前日、長野の松本に検査に行っていた母が東京に来ていて、兄、彼女、自分を交え、親父のお墓参りに行ってきました。

それは他でもない、翌日のごあいさつに先立って、親父の力を借りたかったから。

それを機に、母、兄とも久々に会うと、そりゃあ、近況報告会になるというもの。

例外なく、ごあいさつの場でもそういう空気ができました。

彼女と私という関係性から、家族という関係性に半径が広がります。

家族という単位が変わる、家族という範囲が大きくなる。

彼女のお父様、お母様には息子ができ、私の母には娘ができる。

母は彼女のことをいたく気に入り、最早自分一人の問題を越えています。

婚姻を結ぶことの深さに、戸惑いと面白みを感じます。

そうこうしていると、タイムアップ。写真撮影でエンディングを迎えます。

一人一人が初体験事で、それぞれが違った緊張と不安を持ち、集まったごあいさつ。

開始前、喜びやら期待やらというポジティブな気持ちはありません。

ただただ今日が無事に終わり、お父様にお付き合いの承認を得られることのみを祈っていました。

無難だったのかもしれない。
50点ぐらいだったかもしれない。

でもそれでいい。

前進はできた。

家族みんなで。

夜、彼女にお父様からメールが来ました。

「今日は大丈夫だったか?出るところがあったらいつでもいくので連絡下さい。」

みんな幸せを望んでいます。

その想いは一つ。

今までの家族、これからの家族、自分はその真ん中に立つ。

不慣れなそのポジションに、バランスをとろうとろうとする。

定まれ。定まれ。

深呼吸、二つ。


I have love and Iam blessed.

【しげぞう、ごあいさつに行くの巻2】

2012-05-03 10:24:02 | 【ごあいさつ】
ごあいさつ当日。

緊張でずっとナーバスという訳ではありませんでした。

午前中、アポが入っていたのです。

東大和というところまで、行ってきました。

田園都市線、山手線、西武新宿線、多摩都市モノレールと乗り換えて。

お客様には大変失礼な話ですが、お陰でかなり気が紛れました。

一日の第一声目がお父様だと、声が裏返りそうで、いや間違いなくカウンターテナー米良さんばり、もののけばりだったにちがいありません。

ともあれお客様と向き合います。

いつもの話をいつものように話をすると、

いつの間にか、コミュニケーションの場ができます。

これといって今ニーズも見当たらなかったので、今後の情報提供となにかあったら宜しくお願いしますで、第一幕終了。

しばし移動を含めた休憩。

モードをごあいさつに切り換えます。

前日というか当日深夜1:30過ぎ、母上からメールが届いていました。

それはおみやげを何か持って行きなさいという、助言でした。

御年70歳の一人親としては、心配の案件な訳です。

菓子折りは、相方の彼女が気を使って準備してました。

本当に感心します。

では何を持って行けばいいか…

幕間なんて、あっという間です。

溝の口の0101(マルイ)、を駆け巡りました。

が、迷って、迷って決まらず(*_*)

そして思い出したのがチベットのこと。

まだ付き合って間もなかったあの頃。でも、ラサで彼女の家族みんなにブレスを買っておいたのでした。

お母様分と弟君の分はもう渡していたので、ここぞのここで役立つ時が。

彼女に渡していたので連絡して持ってきてもらうことにしました。

後は時間に遅れず、まな板に乗るのみ。

彼女曰く、「うちの家族あんまり会話は弾まないかもしれないけど、気にしないでね。」

んなこと言ったって、気になっちゃいますよね(^^ゞ

まな板、かまぼこのshige!。

カチンコなります。

5秒前、4、3…

アクション!