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スメラ~想いをカタチに~

スメラは想いをカタチにするコミュニティーです みんなの想いをつなげて大きな輪にしてゆきましょう

【混沌】

2011-05-26 19:54:25 | 【沖縄の旅】
ご飯場を探す。

沖縄そば、ゴーヤ、ソーミ、豆腐チャンプルー、ラフテー、テビチ・・・・。
県道沿いの道を物色する。

すると見えてきたのが、オレンジ色と茶色の看板。「A&W」。

沖縄にしかないファーストフード店。ハンバーガーが主力商品で、島内に複数点在している。
知る人ぞ知るルートビアは飲み放題。コーヒーもお代わり自由。
アメリカンスタイルであることには間違いない。

時間も時間だったので、この看板に吸い込まれていく。
彼女はベジタブルバーガー、自分はタコライスセット。
子供たちに風船を渡す店員さん。
彼女には言わなかったが、みんな感じがよく、そしてかわいかった☆

最近のマクドナルドの店員さんは年齢層の幅が広い。
それがどうこうというわけではないが、一昔前は若くてきれいなお姉さんが多かった。
店舗数、営業時間も変わり、雇用の幅も広がったのはいいこと。
A&Wではマックの相対的な変化が見てとれた。

腹ごしらえを終え、一路平和祈念公園へ。

リゾート沖縄に彼女連れ。修学旅行ではない。でもいつかは行きたかった。
曇天の天気で新原ビーチ行きをあきらめたのでそこそこ時間もあった。
彼女におそるおそる、「平和記念公園行きたい」というと。

二つ返事で「いいよ」の答えだった。

数ヶ月前ベトナムに行った彼女はホーチミンで戦争博物館に行っていた。
旅のテンションがかなり停滞したと言っていた。
2泊3日。限られた時間に、複雑な気持ちになることが容易に想像できる中、「いいよ」。
この人を選んで本当によかったと思える瞬間だった。
沖縄には通算6回ぐらいだろうか来たことがあったが、1度も行ったことがなかった。

自分の誕生日は、6/23。太平洋戦争の沖縄戦の終戦の日とされている。
ずっとそこにひっかかりがあった。何かを感じていた。

平和記念公園は南城市にある。かつての戦地に建てられている。
公園、慰霊碑、資料館とかなり広い敷地だ。
着くと修学旅行生がたくさん来ていることに気づく。わいわいがやがや。
できるだけ人の少ないところ歩く。

歩きながら、自分と沖縄戦との関わりを脳内で検索する。
すると思い出した。
母方の祖母、つまり、おばあちゃんの弟さんが、沖縄戦で戦地に行っていた。
大叔父さんは部隊を率いていて、何人も部下を失ったと話していた。
自分の部下の遺品や記録をご家族に返し、報告していた。
数年前に亡くなったが、あまり話もしたこともなく、関わりも薄かったが、ここでは大叔父のことを思い出した。
責任感が強く、人の道を大事にしている印象が残っている。

大叔父の部隊の戦死者の方々の名前もここの碑に名が刻まれている。
距離はぐんと縮まった。これは他人事ではない。 

資料館に歩を進めると、修学旅行生でごった返し。
本当は解説も含め時間をかけたかったけど、隙間をぬっての閲覧となった。
資料館は、時系列的に4パートに分かれており、すごくよくできていた。
写真、映像、実物、ジオラマ、模型と戦前、戦中、戦後と未来が、質感を伴って伝わるようになっていた。
適切な表現ではないが、面白かった。それはfunny,ではなくintresting。

そこで思ったのは、沖縄は沖縄だということ。日本ではないということ。
琉球であるということ。

今更独立したほうがいいという話ではない。
日本史だけから見ると、とんでもない勘違いを起こしてしまう。
世界史、とりわけ古代史からの視点は重要。
琉球史から見ること、中国史から見ること、アジア史から見ること、視野を広げること。
視点を琉球にフォーカスすることが大事だ。

日本の統治、戦中、アメリカの統治、本土復帰。
海の国「琉球」は平和の国だった。古琉球は平和重んじた。

前記した祭政一致、女性が国を統べていた時代を思うと、
外からの干渉は軸やアイデンティティをとんでもなく複雑なものにした。
余計なお世話というもの。
失われた犠牲は計り知れない。自然も人も文化も神話も。
日本という国家、アメリカという国家でのフレームで話が進む中、沖縄は置いていかれていく。
民族の声が置き去りになる。

中国と同じなんだ。そう思った。

でも真実を語るには、まだ情報も経験も足りない。「知らなくちゃ。」そう思った。

修学旅行生は、おのおの多様な表現をしていた。
神妙になっている子。わいわいしている子。目を細めている子。首を傾げている子。おびえている子。
とにかく、わかるわからないでなく、この場にいることは大事だと思った。
いつか思い出すときが来る。

そしてこれは、自分自身を見つめる大きな鏡。

歴史は体の中に流れている。血として。
そして刻まれている。DNAの中に。
自分の未来はその中からやってくる。

だからこそ触れることが大事。
頭ではなく、身体がわかる。脳が感じる。魂が震える。

そして平和祈念公園を出る。彼女に運転を代わってもらう。
とりあえず那覇市内に向かうことにした。

ホテルにチェックインして国際通りに繰り出そう。旅を楽しむんだ。

「まずは自分自身が満たされよ。」

そこが基本。それが大事。

さぁ、オリオンが待っている。いざオリオンへ!

【引き潮】

2011-05-24 23:44:16 | 【沖縄の旅】
浜辺の茶屋は地元ではというか、観光客の中でも有名なcafe。

南城市に位置し、斎場御嶽と平和記念公園の間くらいにある。
331号線をちょっと海に入って、新原ビーチのすぐそば。
とてもじゃないが、普通ならお客様が集まらない立地のカフェに多い時には1日200人もお客様がくるという。

ガイドブックにも大きく取り上げられており、写真では美しいオーシャンビューの風景を見ながらの
ティータイムやコーヒーブレイクのシーンが掲載されていた。

斎場御嶽で清められた二人は、波の音と写真のような美しい情景を眺めながら、
まったりとした時間を期待していた。
お腹もそこそこすいていた。

着いてみると、残念ながら、あのガイドブックの風景は見当たらなかった。
到着した日は、大潮の2日前。眼前に広がるのは、潮がかなり引いた磯場だった。
折しもの曇天も手伝って、ちょっと寂しい東シナ海だった。

ここではお茶と軽食だけにすることにした。
腰が落ち着くと、東京のカフェとはやはりそこは違う。
潮風が心地よく、波音が遠くに聞こえ、イメージではなくリアルに自分に入っていく。

自然のなせる力。

ほどなくして、磯場に降りる自分。
カフェの外観を正面から撮れた。これは潮がひいてないとできないこと。

そしてそこから彼女を見る。

彼女は浜辺のカフェにおいてある、お客様がつけた思い出ノートに夢中になっている。
「私たちのカフェにもこういうの置こう。」

そう。二人の間でのHOTな話題はカフェを作ろうということ。
最近週末になると、三軒茶屋や下北沢のカフェ行脚をしている。カフェノートもつけ始めた。

当然資金の見通しなどないが、二人で結構盛り上がってきている。
今回の旅のきっかけも以前彼女が泊まった民宿の本棚を見に行く、ということもあった。
彼女は本棚のあるカフェというイメージがあり、それを共有したいとう想いがあった。

ああでもない、こうでもないと話合うのはとても楽しい。
何がよく、何が気に入らないかの分かち合いは価値観の擦り合わせ。
それが高じて、今回の旅にも繋がった。ともかく声にだす、言葉にすることはとても大事だ。

お客様を惹き付ける「何か」-something special-。
立地や価格のハンディキャップを凌駕する「何か」。

人が集まるところには何かしらの理由がある。
人が再び、みたび訪れるには理由がある。

それについてともに考え、ともに語る。それができるのが今のパートナー。
彼女が見ていた思い出ノートの中には今日のような干潮のときに来たお客様の声があった。
ただそれも含めて、ノート中身は、とても詩的で、ちょっとアーティスティックなものが多かった。

この席に座ると、みんな自分の光の面を見つめる。
そんなカフェが人気が出ないわけがない。

潮風は運ぶ木漏れ日のようなすがすがしい光の思い出を。
波音は思い出させる、忘れていた優しい記憶を。

会計をすませ、ランチをどうするか話し合う。
「適当に走りながら決めようや。でも平和祈念公園の前に食べちゃおう。
平和祈念館に行ったら食欲減退するかもしれないから。」

そして沖縄らしい「食」を求めて、331号線を走らせた。

半年ぶりのハンドルも感覚が戻ってきていた。 

【いんすぴれいしょん】

2011-05-24 23:30:49 | 【沖縄の旅】
天気は曇り。雨はあがった。レンタカーで斎場御嶽(せーふぁうたき)に向かう。
前職が10月で終わったので、半年ぶりの運転。緊張する。

ナビを頼りに、運転すると40分ぐらいで現地無事到着。
駐車場ではバスの運転手さんが、三線(さんしん)を弾いていた。
彼女はここに1度来たことがあり、その時の記憶を辿りながら二人で御嶽(うたき)をまわる。

その聖地は欝蒼とした亜熱帯のちょっとした林の中にある。

朝つゆと、小雨あとの石畳は少し滑りやすかった。世界文化遺産である斎場御嶽は観光地。
休日ともなれば人がどっと押し寄せる。朝が早かったせいか観光客はまばら。
その中できるだけ人がいないところを選んで歩く。

緑に囲まれて空気は澄んでいる。湿気が潤いを与え、生命力が自分の中にあるのを感じる。

この御嶽は15世紀、琉球王国の時代に最も格式高い祭祀が行われていた。
そもそもは琉球の創世神アマミキヨが降臨される場所で、
自分の印象で言えば日本で言うところの宮崎県は高千穂の天岩戸にあたる感じがした。

琉球王朝は、女性が祭政の長を統べていた。
神事も政治も神様の下、女性の王が取り仕切っていた。
生命を生み出す女性は、やはり創造主にも近い。
国の成り立ちも、社会の形成も、西洋視点で見れば原始的で、原初的なのかもしれないが、
そこには平和があり調和があることを見逃してはならない。

その土地の自然の中に、インスピレーションの泉がある。
インスピレーションという言葉を分解すると、in spirit tion,つまりは魂から湧く想い。
そのコトバにしたがって生きていた時代があった。そんな場所があった。

神話が生み出すだけの力がある。彼の地。

御嶽で祈る。「生きとしいける生けるものすべてのものに感謝します」。
「この旅が、インスピレーションに満ち、無事に全うできますように」

そして、私たちは【浜辺の茶屋】に車を走らせた。
お腹がグーグー鳴っていた。

御嶽のからの最初のメッセージは、「腹ごしらえをせよ」だった。

【箱根八里で目が覚めて】

2011-05-24 00:37:38 | 【沖縄の旅】
AM4:00に携帯のアラームがなる。

普段ならこのまどろみを2往復ぐらいするのだけど、今日はそうも行かない。目覚めは悪くはない。彼女を起こす。
女性は何かと準備がかかるので、ちょっと強めに起こしてみる。

そこででてきたのが、なぜか滝廉太郎の「箱根八里」。

♪はっこねのやまは~ てんかのけん
 かんこくかんも ものらず~ (拳を振りながら☆)

さすがにうざかったらしく、身を起こす彼女。
「箱根八里で起こされたのは初めてだわ」と彼女。

歌ってて、テンションがあがっている自分に驚き、もう一回歌う。

♪はっこねのやまは~ てんかのけん
 かんこくかんも ものらず~

あっ、もういいですね。はい。

そうです。今回は二人旅。中国行く前に、伊勢に二人で行ったことはあったけれど、まともな旅行は今回が初めて。

今回の沖縄行き、彼女の尽力によるところが大きいのです。
まぁびっくりしたことでしょう。5/5コーチングの勉強会から家に帰って、いきなり沖縄に行こうといわれたわけですから。
そもそもどっか温泉にでもいこうねと約束していたけれど、確かに沖縄に行こうね、なんて話はしていたけれど、
具体的には決まっていませんでした。
それが、5月、6月のどっかで必ず沖縄に行くなんて宣言したもんだから、あわてて手帳を広げるわけです。

給料日とにらめっこ、仕事のピーク、女性には月のものもある。それで今回の日程に決まったわけです。
もう7日には決めて、9日には支払いを済ませ、あとは行くだけになりました。
急転直下、電光石火の展開に、狐につままれているようで、足が2cmぐらい浮かんでいる感じです。

今横には雲海が広がっている。空の色はスカイブルー。機上は穏やか。
さっきまでうるさくはしゃいでいた若者たちも眠っている。
そして彼女も眠っている。

キーボードが走る。自分が自分に戻っている。自分が自分に還ってきている。

沖縄行きが決まってから、会社で上長と揉めた。
現場の末端にいながら事業への想いを持っている自分は、上長の視野の狭さと視点の低さにあきれ、ぶつかった。
自分の提案は却下され、それを飲み込むのに浅い眠りがつづいた。飲み込めなかった。
毒が自分の口から出てきた。仏のshige!が毒を吐き、批判と中傷のミサイルを放った。
汚い言葉、どろどろした怨恨。自分でない自分。でもまぎれもなく自分。
それは驚きだった。

ともあれ、機上の人になる。そこにはまぎれもない自分がいる。それは自分らしい自分だ。

二つの電子が、螺旋を描いて自分を巻き上っている。
空の上から自分を見ると、自分らしいと思っている自分も、毒を吐く自分も、向かっているベクトルは同じ。
不思議なことに、毒まみれの自分をも愛おしく感じる。なぜだろう?

今日はレンタカーで沖縄の南部を回る。那覇は雨とアナウンス。
でも自分たちのいるところはいい天気。そう思える。

「斎場御嶽(せーふぁうたき)」まずは沖縄の神様に会いに行く。

飛行機は10分遅れで着くらしい。
眠っている彼女にはちょうどいいかも。

沖縄の旅に光を。

【答えが自分の中にあるならば】

2011-05-13 23:24:26 | 【沖縄の旅】
ども!

ごぶさたしてます。shige!です。

wombが終わって早半年。

スメラのブログに帰ってきました。

というのは理由があって、つい1週間前の5/5。
スメラ仲間のMACOちゃんと奥様のマリカさん主催のコーチングの体験会に参加したことに端を発します。

これからの仕事のことで悩んでいた私は、もう一度自分は本当は何をやりたいのかをテーマにコーチングに望みました。

コーチングは自分との対話。

3回目のコーチングで、学校を作りたいという話しをしました。

それはスメラの起源に遡るもので美和Fがスメラの「ス」の字も無い頃から語っていたこと。

学校教育で教えられべきことは、もっと他にある。

新しいカリキュラムについて話していた時、ふと自分のエネルギーが出ていないことに気づきました。

そしてでてきたことは。

本当に答えが自分の中にあるならば、自分に答えを見いだす力があるならば、
教えられべきことは外にはないと。

ただ自分が満たされていれば、自ずと答えは見いだせる。

「人が満たされる環境を作ること」、それがいまエネルギーを感じることでした。

明確な答えではない、具体的な答えではない。

でも今湧いてきた想いを知ることはできました。

そして今何をすべきか。

「お前自身が満たされよ。」

それなくして、答えの先は見出されることはなかろう。という地点に至ったのでした。

はじめの一歩。コミットメントは、「沖縄に行く」でした。

それを宣言し、実は明日の14日から3日間、沖縄に行くことになりました。

とにかく明日から行ってきます。

それが言いたくて、ブログに帰ってきたのです。

想いをカタチに。

朝4:00起きです。

どうか寝坊しません様に。