菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

寿限無、ジュゲム……

2011-10-20 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第11講

 ある家に男の子が生まれた。
 いい名前を付けてやりたいと、父親が檀家寺の和尚に相談する。
 和尚は「寿限無というのはどうだ。寿限り無し、長生きをするという意味じゃ。このほか五劫のすり切れ、海砂利水魚……」と
 お経の文句や仏教の説話などから、いろいろ書いてくれた。
 このうち一つ名付けてしまった後、やっぱりあれにすればよかったなどと後悔するのも嫌だから、いっそのこと全部つけてしまえというわけで
 
 「寿限無寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末、運行末、風来末、食う寝る所に住む所、やぶら小路ぶら小路、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコナ、ポンポコナのポンポコピーの長久命の長助」という長い長い名前ができあがる。
 これが腕白な子どもに成長し、近所の子を泣かせたりするから、困ったものだ。
 「(泣きながら)おばさんとこの寿限無……長助が、あたいの頭をぶって、こんな大きなコブをこさえたよォ」
 「あらまぁ、家の寿限無……が。ちょいとお前さん聞いたかい、家の寿限無……が金ちゃんの頭を叩いてコブをこさえたってサ」
 「じゃ何か、家の寿限無……が金坊の頭にコブをこさえたってえのか。どれ、頭を見せてみろ。何だ、コブなんぞねェじゃねえか」
 「あんまり名前が長いんで、コブが引っ込んじゃったァ」

     *  *  *



 この『寿限無』、口慣らしに好適なことから、前座噺として余りに有名である。
 
 さて、子どもが生まれたら、まずは出生届を出さなければならない。
 出生届により、子どもは初めて戸籍に記載され、出生したことが証明される。届出人は原則として父または母だが、離婚しているときは母が届出を出す。届出の期間は生まれた日から14日以内(14日目が休日の場合はその翌日)、もし外国で出生した場合ならば国籍留保届とともに3ヵ月以内だ(戸籍法49条)。
 届出は、本人の出生地、本籍地、届出人の所在地のいずれかの市町村役場・区役所で行う。列車や航空機などの交通機関の中で生まれた子は、母親がその交通機関を降りた地でも届出できる(同法51条)。
 もし、出生届を忘れると、過料3万円の制裁があるから要注意だ(同法120条)。
 
 子の名は、常用漢字、人名用漢字、カタカナ、ひらがなを用いなければならず、○×などの符号やABCなどの外国文字は使えない。また、同一の戸籍内では、同じ名前を付けることもできない(ただし、死亡した者と同じ名はよい)。
 しかし、「寿限無ジュゲム……」と長い名前そのものがダメというわけではない。ちなみに、戸籍原簿の記載には「藤本太郎喜左右衛門将時能」という漢字にして12文字という名前もあるという。
 
 ところで、寿限無君が「せっかくの名前だが、どうも気に入らない」と思った場合には、名を変えることができるものだろうか。
 これについても戸籍法に規定があり、勝手に変更することはできないことになっている。名は、氏とともに、その人の同一性を表すものであり、軽々しく変更を許すべきではないからだ。
 したがって、「正当な事由」がある場合にかぎり、家庭裁判所の許可を得て、名を変更できるのである(同法107条の2)。
 
 この正当な事由とは、名を変更しないと、その人の社会生活に著しい支障を来たす場合をいい、単に個人の趣味や感情だけでは足りない。たとえば、(1)営業上の目的から襲名する必要がある、(2)近隣に同姓同名の者がいて日常生活に支障がある、(3)長いあいだ使用している通称に変更するなどの場合には、正当な事由があるとされている。また、帰化した外国人関取が日本風の名前に改めるのも、正当な事由の一例だ。
 しかしながら、占いによる姓名判断で「こりゃ運勢が良くないので、一生涯苦労が絶えませんねェ」などと言われたくらいでは、家裁の許可を得るのは難しい。
 
 それでは、件の「寿限無ジュゲム……長久命の長助」君の場合はどうか。
 何せ、コブが引っ込んじまうくらいに長ったらしい珍奇な名前である。社会生活上甚だしく支障があるとして、お奉行様(家裁)だって変更を認めてくれるに違いあるまい。




【楽屋帳】
「寿限無、寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末・・・」という途方もなく長い名前を7回も繰り返す有名な一席。しかし、高座にはそれほどはかからない。緩急やら間(ま)が難しく、うまく変化をつけないとならない。上方では、故・桂枝雀師がよく口演していた。
 最近、本人になりすまし他人の戸籍や住民票を不正に取得したり、資格を利用して不正に取得、利用する事件の発生している。また、個人情報保護意識が(少し過剰なくらいに)社会的に高まっている。そこで、平成20(2009)年5月、戸籍法の一部が改正された。戸籍謄本や住民票を交付請求できる者が法律で限定されるようになり、たとえば、姻族(配偶者の兄弟姉妹・おじ・おば等)や傍系血族(おじ、おば、甥、姪、いとこ等)の戸籍謄本の請求には委任状が必要となる。また、戸籍謄本の交付請求時などには、本人確認が法律で義務づけられた。


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