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ポケットにパク・ヒョシン 🥨

[インタビュー]ライブで感じるバラードの旋律 パク・ヒョシンコンサート(2000)

2020-05-24 23:40:00 | パク・ヒョシン
ヒョシンくんの初コンサート時のインタビューをUpします。映像も付けておきます。爽やかなバックスの《As Long As You Love Me》がこってりした感じの仕上がりとなってます

数年前にリア友Aちゃんが、バックスのコンサートに行った時に、思わず「オッサンじぁーん」と言ってしまい、こっ酷く怒られたのを思い出しました
まぁ、そうですよ。初めからオッサンな訳ではないですよ。でもね、年をとってもその年齢なりにカッコよくいて欲しい人たちっているじゃないですか。まぁ、そういう事ですよ。でも、ファンは盲目ですからネ。一般ピーポーよりは寛大になりますよね


ところで、ヒョシンくんの初コンサートでは、ファンが爆竹🧨❓を準備してたのですね。
ちょっと怖いデス😱けど、爆竹の映像ないかなぁ〜。見てみたい...👀




今年に入って最も注目される新人歌手パク・ヒョシン。今回の公演は彼の最初の公演ということで皆の関心が集まった。新人でありながら、新人らしくないパワーで観客を呼び集め、魂をぶちまけるパク・ヒョシンの熱唱は観客たちの歓声を沸き起こすのに十分だった。同日、使用されたセッションの楽器はKORGのキーボード、DWのドラム、フェンダーのベースギターとアイバニーズのギターで、バラードがメインだっただけに、キーボードが公演の流れをリードした。リハーサルの時見られたセッションは、それぞれ演奏力に優れた演奏者たちだった。ベースギターの場合、チョッパーベースに長けており、ギターもライトハンド奏法でウォーミングアップしたが、実際の公演ではバラードという特性上、テクニックを節制する姿を見せてくれた。

パク・ヒョシンのアルバムの中で《Love Is Blind》と《Inside Love》を除き、全ての曲を聞かせたが、この他にもハンソンの《MMM Bop》とバックストリートボーイズの《As Long As You Love Me》などの歌も聞くことができた。ゲストとしてキム・テヨンとパク・ファヨビ、アンセムなどが舞台を飾った。2部ではファンが準備した花火が公演会場を飾る珍しい風景を見ることが出来、パク・ヒョシンは観客を舞台まで上がらせるイベントを準備した。

今回の公演を通じてライブ歌手パク・ヒョシンの真価を知ることができ、今後の公演についても期待でいっぱいにさせた。


🎁Before the concert
パク・ヒョシン母とのドッキリインタビュー

パク・ヒョシン君が初めてコンサートをしますが、今の母のお気持ちはどうですか❓
「ヒョシンより私の方がもっと震えているようです。すごい事だと思いますし、今日の公演を上手くやってくれると信じています。」


パク・ヒョシン君を見に来た多くのファンをご覧になってみてどうですか? 
「私の息子ですけれど、こんなにファンが多いとは知りませんでした。ファンのためにもっと一生懸命なヒョシンでなければなりませんね。」


歌手としてのパク・ヒョシンをどう思いますか。
「私にはただの心の優しい息子、パク・ヒョシンです。 歌手になる前も今も変わらずに親孝行だと思います。最近のように忙しくなっても、家族を考えることが出来、歌手として熱心に努力する姿は親孝行だと感じます。」


パク・ヒョシン君が初めて歌手になろうとした時は強く反対されたと聞きましたが…
「はいそうです。 歌手という職業は決して簡単ではないじゃないですか。それでとても心配したんです。今は心配をしていないと言うのではなく、それでも熱心にしているから嬉しいんです。」


30秒後に公演スタートなので息子さんに一言言ってください。
「ヒョシン、ファイト! 頑張ってね 愛してるよ〜

母の言葉が終わる前に公演会場の灯りが消え、何も見えない闇の中でファンの歓声だけが聞こえるだけになった。舞台の一番後ろに立って息子の公演を言葉なしに見守る母親の姿、私たち皆の母の姿と重なりはしないだろうか。


After the concert
待機室での素敵な出会い

初公演でしたが、気分はどうですか。
「公演前にはすごく緊張したけれど、今はとても嬉しいです。実際、1集を発表してコンサートをするということは簡単ではないのに、ファンもこんなにたくさん来て頂きとても感謝していますし幸せです。」


初公演なのに思った通りうまく行ったんですか❓
「さぁ...ロックハムレットをしてからすぐのコンサートだったのでコンディションを調節出来なくて、調節の面で少し不満ではありますが、一応、私の初のコンサートということに意味を置けば幸せです。そしてファンの声援のおかげで、一生懸命になれた公演でした。」


今回の公演のフォーカスはどこにありますか。
面白く遊ぶ感じの公演ではなく、感動を与えるところに焦点を合わせました。バラードはその感じを伝達する事が重要だからです。」


新人としてはかなり急成長したと見えますがその秘訣は❓
「そうですね、私よりもっと上手な方も多いのに... 運がいいというのでしょうか❓ 歌手が成長できるというのは、自分よりファンの助けが大きいですから。」


ファンらがあらかじめ準備しておいた爆竹を同時に爆発させたのが印象的でしたが、意図したんですか❓
「いいえ、全然知らなかったです。公演はもともとコメント一つまでも意図される事が多いのですが、爆竹は私も知らなかったし、感動的でした。 ファンたちに感謝します。」


今後の計画について
「これからもライブをたくさんする計画です。 ライブで観客たちと一緒にさせる魅力も次第に感じています。まだセカンドアルバムに対する構想が何もなく、今はファーストアルバムに忠実に活動して行きます。」

ニュース記事: ミュージカル『ドラキュラ』吸血鬼が愛の鬼になった訳

2020-05-24 19:35:00 | ドラキュラ
記事を書いた方が、詩人で文化評論家オ・デヒョクさんと言う方なのですが...
詩人というところに触角が引っかかってしまい...、訳してしまいました

うむ。色々な作家がカタチを変えて、ドラキュラを描いて来たという訳ですが...
藤子不二雄の怪物くんに出て来るドラキュラは出て来ませんでしたネ。ボードレールの詩『吸血鬼』よりもトマトジュース🍅飲んで、ザマスを連発してシルクハット被っているドラキュラ🧛‍♂️の方が私にとっては身近なんですけどネ
再再々演の時は是非是非シルクハット🎩被って欲しいなぁ〜








物語はバージョンを異にしながら変奏されて成長する。特に幽霊や怪物の話は長い歴史を有しながら伝わり混乱した時期に古傷を刺激し蘇生したりする。

西洋で血🩸に対する渇きで苦しんでいる吸血鬼(vampire)と関連した話は、眠らない伝説となって数千年の歴史を持ったまま様々な文化的意味を形成し、生きうごめいている。吸血鬼の話は長い間漂流し、近代に入って数多くの小説を生み、数多くの映画も製作された。そしてミュージカルとしても公演されたが、2004年にブロードウェイで初演されたミュージカル『ドラキュラ(Dracula:The Musical)』が最初だった。ブラム・ストーカー(Bram Stoker)の小説『ドラキュラ』を基盤として作曲家のフランク・ワイルドホーンの叙情的な音楽を背景にスウェーデン、英国、日本、カナダなど、いくつかの国で公演され愛を受けた。 




韓国ではミュージカル『ドラキュラ』は2014年に初めて公演された。当時センセーションを巻き起こしたこのミュージカルが2016年、わずか2週間の公演を披露したのに続き、4年ぶりに再び豪華なキャスティングと幻想的かつ立体的な舞台、勇壮で叙情的な音楽として復活した。 4ヶ月間(2月11日~6月7日)ソウルシャルロッテシアターで公演されいるこのミュージカルは血🩸生臭い匂いがせず、とても愛らしくて切ない幻想的な'ドラキュラ'を見せてくれる。小説の中の'ドラキュラ'がミュージカルとしてこのような変化をもたらすことが出来るという事実に筆者は少なからず驚いた。



吸血鬼に対する話は遥か昔からあった。血🩸を捧げる儀式が全世界のどこにでも存在したため、それと関連した血を吸う幽霊の話も同時に存在したのだ。イブが作られる前にアダムの最初の妻だったリリスは城で甘やかされていたアダムに腹を立てて夫の元を離れ、悪魔の女王となったという。彼女は子どもの血🩸を吸い若い男の生殖力を奪いながら、生物の血を飲まないようにという律法を破ったという。ヘブライ人たちにとっては血🩸は生命でありながら、不純さの印でもあった。




そうして、イエスが血を流すことで人類を救援したという'新約聖書'の教えは血🩸を復活させる。吸血鬼はキリスト教的観点では死んだ者が煉獄(死者が罪を清める為の天国に入る前の場所)から帰ってきて、以前の肉体の中で生きている存在として認識されている。そして14世紀に入り、東部プロイセン、シレジア、ボヘミア地域を中心に吸血鬼の話が広がってきたが、それは黒死病の流行によって生じる迷信だった。その後17世紀初めに犠牲者の血で若さと美しさを維持しようとしたバートリ・エルジェーベト女伯爵のようなおぞましい話が広がり、1710年ペストの蔓延とともに吸血鬼話が爆発的に広がる。しかし、18世紀は啓蒙主義時代であり産業革命と共に理性が勝利を収め、吸血鬼を信じている人はなくなりそうだった。




Jean Marignyは、「過去の信頼と完全に決別してこそ、空想が鮮やかになる。しかし、いくら吸血鬼の存在を信じないと強弁しても吸血鬼に対する恐怖まで振り落とす事はできない場合もある。」(吸血鬼-眠れない伝説)という。科学と理性が勝利する近代でも吸血鬼は再び復活する。ゲーテの'コリントの花嫁'、ボードレール'悪の花'という詩集で吸血鬼は愛に対する渇きを歌うための比喩と象徴として復活する。 

私は身の毛のよだつような恐怖心に目を閉じた。そして真昼の日差しに目が覚めたとき、私のそばには、私の血をこのように深く吸い込む人形のようにきれいな女性の代わりに骸骨の破片が散っていた。(『吸血鬼の変身』中)

ボードレールは、上記のような詩を書いたが、本の中の六編の詩は非道徳的で卑猥だと削除されるほどだった。そしてテオフィル・ゴーチェの『死んだ恋人(1857)』とジョセフ・シェリダン・レ・ファニの短編『女吸血鬼カーミラ(1964)』が創作され、ここに多くの小説と映画、ミュージカルに影響を与えたブラム・ストーカーの『ドラキュラ(1897)』が加わる。

小説『ドラキュラ』は近代化による不安意識、そしてキリスト教的な強迫観念が生んだ結果とみることができる。(キム・ジョンガプ翻訳、『ドラキュラ』の解説参照。)
文明化されて産業化の先端を歩むようになった19世紀に人たちはゴシック小説を読みながら過去の呪術的世界に対するロマンチックな郷愁を持つことになる。

小説の中に登場するオリエント特急列車、現代式病院、拳銃など近代的科学技術は作家にとって不満でもあった。小説の中のパーカーは「遠い過去の世界は我々現代が取り除けないそれ自体の生命力を持っている。」と語る。

そして多くの話者たちが日記や手紙、電報など、多様なテキストを絶えず使う行為を行うが、これも誰かの視線を意識して自主検閲を行う近代性の証だ。そんな近代の世界は英国という世界に表象されて、その世界に徹底的に自らの欲望のみを追い求めるドラキュラは、純潔と貞操、扶養義務だけあり、性的欲望は去勢される世界に浸透した存在だ。

そして吸血は愛の行為を意味する。女主人公'ミナ'を貪るドラキュラをどうにか処断しようとするヴァン・ヘルシング一行の姿は、過去の従順で欲を求めない女性を作りたがっていた近代の男性たちの隠れた欲望が透写されたのだ。

そして敬虔なキリスト教信者だった作家はドラキュラの姿を醜悪に描写して、ヴァン・ヘルシング一行を天使の姿で描写し、キリスト教的救済の方法を話している。細めの顔にわし鼻、こめかみあたりのまばらに生えた髪の毛、とても長い眉毛、口ひげの下へと延びた出っ歯、とがった耳を持ったドラキュラは悪魔だ。キリスト教的倫理意識によって欲望の吸血鬼は殺さなければならないのだ。

ミュージカル『ドラキュラ』は、そんな小説のストーリーラインをそのまま持って来ているが、完全にバージョンが異なる。19世紀のドラキュラは21世紀には愛の情熱が肯定的で、美しいものとなってからまた現われる。

一人の女性を愛しているため、永遠の生を選択した'ドラキュラ'と彼を愛するしかない運命の女性'ミナ'の死を超越した世紀のラブストーリー'という宣伝文句はミュージカルが見せようとする世界を正確に表現している。生死を繰り返しながら一人の恋人だけを愛するという点に焦点を置き、ミュージカルはドラキュラを愛の化身として変化させているのだ。奇怪なドラキュラは、はためくマントを着た、健康でハンサムな俳優に変身して、恐れることなく愛を渇望するキャラクターになるのだ。思いやりと保護という美名の下、女性の欲望を抑圧した19世紀バージョンが、21世紀に完全に形を変えたと考えられる。

貴方は私にとってたった一人の人。私の儚い命の唯一の光 。
貴方だけが私を満たしてくれる私の愛
貴方を初めて見た瞬間、息も出来なかった。
その名を囁いても私の世界は震える。
私たちの縁は時間を乗り越えて共になる運命。 もう私の所へ戻ってきて一緒に踊りましょう。
夜明けに向けて…。 

ストーリー・テーリングは、小説やミュージカルと大差がない。しかし、ミュージカルは'フランク・ワイルドホーン'の叙情的で哀切なナンバー(映画のOSTに該当する音楽)が、代表曲《Loving You Keeps Me Alive》のような歌を通じて永遠な愛の叙事を作り出す。キム・ジュンス、チョン・ドンソク、チョ・ジョンウン、イム・へヨン、リンジなどが発する愛の歌は叙事を圧倒する。そこに19世紀のヨーロッパのゴシック風のデザイン、城を包む青い霧、4重の回転するターンテーブルとフライング技術が調和した立体的な演出という驚異的な舞台芸術に多数の観覧客たちが感動を受ける。