一年経ったから時効が切れたということも無い。
ただ、本人が「トラウマになっている」と言うのを聞いた。
そう言えるくらいに楽になってはいる、ということだろう。
本当にツラい時には話題にも出さなかっただろうから。
※
以下、自死に関わる話です。
しんどいなら読まないでね。
※
自宅から600メートルほども行くと、
神代植物公園の周辺の、公園用地の地域が在る。
私が子どもの頃は、幼稚園やゴルフの打ちっぱなしや
住宅や運送会社などが在った地域だ。
公園計画に基づいて、そういったものは移転させられた。
畑と植木畑は残っている。
生産緑地という括りなのだろうか。
広い範囲に公園や空き地や畑が広がる。
おのずと、犬を散歩させる人が多い。
その一帯の中にドッグランも有る。
※
一年前の今頃のシーズンに、あるミステリードラマを視ていた。
連続して起こる殺人事件に、
カエル男と自称する者からの犯行声明文が見つかる。
その残虐な方法を動詞一つで表すタイトルが毎回ついていて、
独特の暗い映像も相まって、私はちょっと悪趣味な感じも受けた。
住人の少ないマンションの最上階の廊下の外に、
袋で覆われた死骸が吊るされているのを、新聞配達員が発見して通報した。
発見者は通報しただけでなく、その様子を写真に撮ってSNSに投稿した。
その回のタイトルは『吊ルス』だったっけ。
イヤな話だねえ。なんて思って視ていた。
その、数日後のことであった。
※
1月下旬だったろうか。
早朝、母のための介護士さんが来てくれる。
家のことはお任せして、犬の散歩に出た。
5時半頃に出たので、まだ薄暗い。
一帯を毎朝同じ時間帯に散歩する人は何人もいる。
ただ歩く人、ジョギングする人、バスケットボールの練習をする人など、様々だ。
その日はそんな中でも私が一番乗りかもしれないと思った。
都民のボランティアが育てている森は、とても良い雰囲気だ。
時々間伐して林床にも陽が届くようにしているが、とは言え、夜明け前では暗い。
私はこれくらいの暗さは平気なので、楽しく散歩する。
森を抜ける辺りで、向こうからCちゃんを連れたC子さんが来た。
挨拶を交わし、犬の心身の健康を確かめる。
Cちゃんも私に飛びついて挨拶してくれる。
そして斜向かいのエリアの駐車場に入った。
飼い犬ジーロくんは14歳半、腎臓を悪くして一年ほど経つので、歩みはのろい。
ゆっくりとあちこちを嗅いで楽しむ。
しばらくしたら、さっきの森の方向から、C子さんがこちらへ向かって来る。
手を振って、小走りで、広い駐車場の中をまっすぐ来る。
なんだろう。
なんか用事だろうか?
日頃あまり大きな声で話したりしないC子さんは、
充分に近付いてから、言った。
「見ちゃった。
首吊ってるの。
あっちの、桜の木のところ。
今、警察に電話して、あっちだと場所が分からないかもしれないから
駐車場の入り口で待ち合わせたの。」
あららら、そうかそうか、それはたいへん。
一緒にいてあげたほうが良いだろう。
けれど、他の散歩者もそろそろ来る頃だ。
Iさんなどが見付けて大騒ぎしたら面倒だ。
私は、現場のほうへ行って、他の人が近付かないように見張ることにした。
※
フェンスの外の砂利道を歩いて行くと、
聞いていた辺りの木々の奥のほうに、確かに黒い人影が見える。
さっき私もそこからほんの10メートルくらいの所を歩いた。
どうしよう。
もう少し近付いて見るか。
私は考えた。
近付いて見てしまうのか。
見たいのだろうか。
こんなものを見るという経験はなかなか無い。
なかなか無いことだからと言って経験しておくべきこととそうでもないことと有るじゃないか。
私は写真を撮るだろうか。
まさかSNSにアップするようなことはしないけれど。
でもスマホで写真を撮ろうとするところを誰かに見られたらどうだろう。
私はそんなことをしている人がいたら神経を疑うが。
などと数秒の間、考えた。
すると行く先に、ほぼ毎朝会うまた別の飼い主Iさんが現れた。
やっぱりだ。そろそろ来る頃だと思った通りだ。
私は声を掛けて手を振って駆け寄って行った。
おそらくついさっきの私がそうだったように、
Iさんも、「おはよう」といつもの笑顔から、
「どうした、なんか有った?」と緊張した面持ちに変わった。
今そこでね、首吊りが有ってね。
「えー。やだー。そこで?」
見たくないでしょ、まだ見えてないよね、はい、あっち向いて~。
そう言っていると、また別の方向からまた別の飼い主Tさんが近付いて来る。
「じゃあ、あたしTさんに知らせて来るわ。」
そうして。お願いします。
私は十字路に立って、四方に目を配った。
※
そうこうするうちに、C子さんと警察官が連れ立ってやって来た。
警察官はあれこれ準備してから現場へ近付いて行った。
どこかへ連絡したり、何かしている様子だ。
「通報してくださった方ですか?
ちょっと待っててください。」
と言われたきり、10分か15分か待たされただろうか。
寒いし、早く離れたいし、時間は長く感じられる。
私は犬と一緒にCちゃんとC子さんのそばにずっといた。
つづく
ただ、本人が「トラウマになっている」と言うのを聞いた。
そう言えるくらいに楽になってはいる、ということだろう。
本当にツラい時には話題にも出さなかっただろうから。
※
以下、自死に関わる話です。
しんどいなら読まないでね。
※
自宅から600メートルほども行くと、
神代植物公園の周辺の、公園用地の地域が在る。
私が子どもの頃は、幼稚園やゴルフの打ちっぱなしや
住宅や運送会社などが在った地域だ。
公園計画に基づいて、そういったものは移転させられた。
畑と植木畑は残っている。
生産緑地という括りなのだろうか。
広い範囲に公園や空き地や畑が広がる。
おのずと、犬を散歩させる人が多い。
その一帯の中にドッグランも有る。
※
一年前の今頃のシーズンに、あるミステリードラマを視ていた。
連続して起こる殺人事件に、
カエル男と自称する者からの犯行声明文が見つかる。
その残虐な方法を動詞一つで表すタイトルが毎回ついていて、
独特の暗い映像も相まって、私はちょっと悪趣味な感じも受けた。
住人の少ないマンションの最上階の廊下の外に、
袋で覆われた死骸が吊るされているのを、新聞配達員が発見して通報した。
発見者は通報しただけでなく、その様子を写真に撮ってSNSに投稿した。
その回のタイトルは『吊ルス』だったっけ。
イヤな話だねえ。なんて思って視ていた。
その、数日後のことであった。
※
1月下旬だったろうか。
早朝、母のための介護士さんが来てくれる。
家のことはお任せして、犬の散歩に出た。
5時半頃に出たので、まだ薄暗い。
一帯を毎朝同じ時間帯に散歩する人は何人もいる。
ただ歩く人、ジョギングする人、バスケットボールの練習をする人など、様々だ。
その日はそんな中でも私が一番乗りかもしれないと思った。
都民のボランティアが育てている森は、とても良い雰囲気だ。
時々間伐して林床にも陽が届くようにしているが、とは言え、夜明け前では暗い。
私はこれくらいの暗さは平気なので、楽しく散歩する。
森を抜ける辺りで、向こうからCちゃんを連れたC子さんが来た。
挨拶を交わし、犬の心身の健康を確かめる。
Cちゃんも私に飛びついて挨拶してくれる。
そして斜向かいのエリアの駐車場に入った。
飼い犬ジーロくんは14歳半、腎臓を悪くして一年ほど経つので、歩みはのろい。
ゆっくりとあちこちを嗅いで楽しむ。
しばらくしたら、さっきの森の方向から、C子さんがこちらへ向かって来る。
手を振って、小走りで、広い駐車場の中をまっすぐ来る。
なんだろう。
なんか用事だろうか?
日頃あまり大きな声で話したりしないC子さんは、
充分に近付いてから、言った。
「見ちゃった。
首吊ってるの。
あっちの、桜の木のところ。
今、警察に電話して、あっちだと場所が分からないかもしれないから
駐車場の入り口で待ち合わせたの。」
あららら、そうかそうか、それはたいへん。
一緒にいてあげたほうが良いだろう。
けれど、他の散歩者もそろそろ来る頃だ。
Iさんなどが見付けて大騒ぎしたら面倒だ。
私は、現場のほうへ行って、他の人が近付かないように見張ることにした。
※
フェンスの外の砂利道を歩いて行くと、
聞いていた辺りの木々の奥のほうに、確かに黒い人影が見える。
さっき私もそこからほんの10メートルくらいの所を歩いた。
どうしよう。
もう少し近付いて見るか。
私は考えた。
近付いて見てしまうのか。
見たいのだろうか。
こんなものを見るという経験はなかなか無い。
なかなか無いことだからと言って経験しておくべきこととそうでもないことと有るじゃないか。
私は写真を撮るだろうか。
まさかSNSにアップするようなことはしないけれど。
でもスマホで写真を撮ろうとするところを誰かに見られたらどうだろう。
私はそんなことをしている人がいたら神経を疑うが。
などと数秒の間、考えた。
すると行く先に、ほぼ毎朝会うまた別の飼い主Iさんが現れた。
やっぱりだ。そろそろ来る頃だと思った通りだ。
私は声を掛けて手を振って駆け寄って行った。
おそらくついさっきの私がそうだったように、
Iさんも、「おはよう」といつもの笑顔から、
「どうした、なんか有った?」と緊張した面持ちに変わった。
今そこでね、首吊りが有ってね。
「えー。やだー。そこで?」
見たくないでしょ、まだ見えてないよね、はい、あっち向いて~。
そう言っていると、また別の方向からまた別の飼い主Tさんが近付いて来る。
「じゃあ、あたしTさんに知らせて来るわ。」
そうして。お願いします。
私は十字路に立って、四方に目を配った。
※
そうこうするうちに、C子さんと警察官が連れ立ってやって来た。
警察官はあれこれ準備してから現場へ近付いて行った。
どこかへ連絡したり、何かしている様子だ。
「通報してくださった方ですか?
ちょっと待っててください。」
と言われたきり、10分か15分か待たされただろうか。
寒いし、早く離れたいし、時間は長く感じられる。
私は犬と一緒にCちゃんとC子さんのそばにずっといた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます