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セールスマン [えぐってくるぜ、社会派ハードボイルド]

2017-07-08 13:06:39 | 映評 2013~

90点 [100点満点中]
心をえぐる傑作ドラマだ。サスペンスの傑作などとも言われるが、そうしたジャンル括りはかえってこの作品を正当な評価から遠ざける気がする。

イランの映画界は才人が多く、しかもキアロスタミ以降途切れることがない。イラン映画と聞いただけである種のワクワクがある。
イランの映画人は戦っている。映画を撮らねばならない切実さが伝わってくる。そして私たち日本の映画ファンはイラン映画を通してあの国を学んできた。
この映画でも一つの悲しいイランという国の事情を知る。
暴行被害を受けた女性が、その事を世間に知られたくないために警察にも届けない。
人権意識のある西側の国の人間からしたら、そんなバカな、である。
だからこの映画をアメリカや日本を舞台にリメイクはできない。物語の基本が成立しない。江戸時代くらいならありかもしれないが。
だからと言ってそんな西側の上から目線で見る映画ではないし、このような物語が成立する事自体がファルハディの自国への批判には違いないが、別に政治批判や社会批判を表立って表明している映画でもない。

妻を襲った犯人を捜す夫という、いわばハードボイルド。社会の不理解を背景にした妻との気持ちのズレ。それでも治らない自分の気持ち。
それはまぎれもない妻への深い愛であり、正義の行動であり、人として当然感じる怒りだ。にも関わらずついに見つけた犯人を前にして取る彼の行動と、愛と正義と怒りの行動の結末に後味の悪さを覚える。
善とか悪とか、それってなんだ?あなたの正義はそんなに絶対的なものなのか?そんなことを訴える内容だし、まただからと言って「寛容であれ」などと言っては済まされない人間社会の暗部でもあり、国のせい政治のせい社会のせいとするのも本質から目をそらすだけのようにも思える。
人間社会の不条理を、人間の心の底の闇を書き出されるような、そんな力強さのある映画。

物語としては「別離」の方が重層的で脚本技術的には優れていると思う。けれど「別離」がイラン社会全体を俯瞰するような「広く浅く」映画なら、「セールスマン」はイラン社会の中の一人の男性の心理の奥底へと切り込んでいく「狭く深く」映画と言えるだろう。
どちらも人間社会を冷徹に観察する映画である。そこでの人々の葛藤は社会的背景を超えて突き刺さってくる。
同じ目的を対照的な手法で描いて見せた対になる映画だ。
そんな2作品で、「敵国」アメリカから賞を得たファルハディは本物だ。しかも例のバカな大統領令に抗議して授賞式をボイコットするのだから、そっちの方でも本物だ。

基本的には真面目な映画だけど、劇中劇の舞台「セールスマンの死」で、裸の設定の娼婦が真っ赤なコートを着ているところのユーモアも抜群。みんなでアメリカ人になりきって舞台演じるところも、舞台に穴開けたくないから犯人軟禁して劇場にいく役者魂とか、ユーモアのつもりじゃないのかもしれないけど、なんか可笑しい。
ファルハディの撮るコメディなんてのも見てみたい。

「セールスマン」
監督・脚本 アスガー・ファルハディ
出演 シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ
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