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映像作品とクラシック音楽 第71回 『羅生門』『七人の侍』でお馴染み早坂文雄の現代音楽CD「早坂文雄 作品集」

2022-09-24 16:26:00 | 映像作品とクラシック音楽
ここ何回か伊福部昭の音楽について書いてきたので、伊福部昭の親友でライバルだった早坂文雄について書いてみたくなりました。
タイトルを現代音楽としましたが、早坂文雄が亡くなったのは1955年。ストラビンスキーやショスタコーヴィチ より前に亡くなった方の音楽をクラシック扱いしないのも変ですかね
早坂文雄の純音楽作品を集めたCD「早坂文雄 作品集」を紹介しつつ早坂文雄について書いてみます。

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早坂文雄(1914-1955)は、映画音楽の世界においては黒澤明作品や溝口健二作品を彩った作曲家として、映画史に名を刻んでいます。
特に黒澤明の『羅生門(1950)』や『七人の侍(1954)』、溝口健二の『雨月物語(1953)』や『山椒大夫(1954)』などが代表作になります。日本映画を世界に広めた立役者の一人と言っても言い過ぎではありません。
しかし本人は映画音楽はあくまで仕事の音楽と考えていて、本当に情熱を注いでいたのは映画と関係のない純音楽作品の作曲でした。しかし体が弱くわずか41歳と短すぎる人生だったため、純音楽作品については評価が定まらなかったと思います。
私も映画音楽以外は、この記事で紹介するCD以外を持っているわけでも聞いたわけでもないのですが、しかしこのCDの楽曲はどれも天才かと思うような、素晴らしく美しいものです。

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伊福部昭と早坂文雄は親友でライバルと書きましたが、2人は同い年で共に北海道で育ち、作曲家仲間として交流を続けました。
伊福部昭は割と裕福だったそうですが、早坂文雄は貧しくバイトしながら作曲を続けなければならず、伊福部は早坂のバイトを手伝ったりもしたらしいです。
そして伊福部昭は21歳の時(というから1935年)に「日本狂詩曲」でフランスのチェレプニン賞を受賞。早坂は24歳(1938年)の時に「古代の舞曲」でドイツのワインガルトナー賞を受賞し、二人は同じくらいの時期に世界で評価されました。
「古代の舞曲」で注目された早坂文雄は東宝から専属作曲家として迎えられて上京し、1939年から映画音楽の仕事を始めます。
伊福部昭は戦後1946年に東京芸大の作曲課講師となる一方で1947年に『銀嶺の果て』で映画音楽デビューをします。前にも書きましたが『銀嶺の果て』は三船敏郎の映画デビュー作でもあり、日本映画史的に何気に重要な作品です。

東京でも2人の交流は続きますが、2人で会う時に映画や映画音楽の話はほとんどせず、もっぱら純音楽作品の話や音楽論について語り合っていたらしいです。

伊福部昭「彼の好きな音楽は形式が無さすぎると思う。早坂君の音楽はクラシシズムが好むところの順序や計算が少なかったんじゃないでしょうか。それが早坂君と僕との対立だったんですね」
(小松公次「早坂文雄 作品集」ライナーノーツより)

対立などとも書いていますが、早坂文雄が亡くなる数日前に早坂は伊福部に会いたいと言って、伊福部が見舞いに行ったというエピソードからも2人の絆の深さを伺い知ることができます。

2人は同い年で北海道育ちで映画と純音楽の二刀流など共通点も多いのですが、なにかと対照的でもありました。

後進の育成に尽力ということも共通した功績と言えますが、その育成の仕方は全く異なります。
伊福部昭は前述した通りに教師として指導し、芥川也寸志や黛敏郎などを輩出しました。
早坂文雄はというと、学校で教えたわけではないのですが、若い作曲家たちに慕われていて、早坂亭は若い作曲家たちの溜まり場となり、彼らは早坂の映画音楽の楽譜の清書をしてそこからオーケストレーションを学んだとと言います。早坂亭で育った者には佐藤勝や武満徹がいます。

武満徹「僕は、ここはフルートにバスーンを重ねた方がいいと思います、と言うと、早坂さん、僕は重ねない方がいいと思うけどいちおう書いてごらん。取るのは簡単だから、と言って、現場で鳴らしてくれるんですよ。それを聞くと、早坂さんの言ってたことの正しさがわかったりしてね。本当にそれがどれだけ勉強になったか知れません。佐藤(勝)さんもそれをやっていてね。早坂さんの十二畳の部屋で彼と二人で机を持ってきて、よく五線紙をうめたものです。」
(西村雄一郎「黒澤明 音と映像」より)

佐藤勝は『羅生門』を映画館で観た際にその音楽に衝撃を受け、早坂文雄に弟子入りを志願しますが、早坂は弟子を取るような身分ではないからと断るのですが、佐藤勝は弟子にしてくれるまで帰らないと言い張りついに弟子入りを認められた、なんて逸話もあります。
『七人の侍』で勘兵衛に弟子入りを嘆願する勝四郎の場面を見ていると勝手に早坂文雄と佐藤勝を思い浮かべてしまいます。

伊福部昭と早坂文雄は共に、民族主義的というか西洋音楽とは一線を画するような音楽に情熱を注ぎました。アイヌを題材にした楽曲を発表した点でも共通性があります。伊福部昭の「シンフォニア・タプカーラ」と、早坂文雄の遺作「交響的組曲ユーカラ」です。
しかし、作曲家、特に映画音楽の作曲家としては全くタイプが異なっていたと思います。

伊福部昭の映画音楽というのは、怪獣映画も時代劇もヒューマンドラマも社会派サスペンスも、全てにおいて「伊福部節」としか言いようのない響きに支配され、どんな映画に対しても自分を曲げないどっしり感があります。映画に曲を寄せるのではなく、映画の方から自分に寄せてくることを求めているようなところがあります。
伊福部昭が唯一手がけた黒澤明作品『静かなる決闘』にしても、そこには伊福部節が響いていました。伊福部昭が言うにはあの作品はお互いにあまり「のらない」ところがあり大して話し合いもなかったようです。

対して早坂の音楽はと言えば、『七人の侍』と『山椒大夫』を比べてみると同年に同じ人間によって作曲されたものとはにわかには信じられないくらい肌触りの異なる曲を書いています。
早坂は映画に合わせて、変幻自在な音楽を書く人であり、監督ととことん議論して音楽を作り上げる人でした。
黒澤明とは毎回喧嘩のようにして音楽を作り随分と苦労したそうで、弟子たちにも黒澤さんとは二度とやらないとか、映画音楽の仕事だけはしない方がいいとか言っていたそうです。
そう言われた佐藤も武満も黒澤映画を手掛けて喧嘩しながら作曲していくことになるのですから、師匠の言う事をきかない不肖の弟子と言うべきか、さすがは早坂の弟子と言うべきか…

しかしそうは言っても早坂文雄の映画音楽としての遺作は黒澤明作品ですし(『生き者の記録』…早坂の残したスケッチを基に佐藤勝が完成させた曲がオープニングとエンディングで流れます)、黒澤明とは喧嘩もしつつやはり生涯の盟友でした。

黒澤明「よく僕が機嫌が悪いと女房が黙って早坂を呼んでたよ。そうすると話しているうちに僕の機嫌がすっかり直っちゃうもんだからね」
(西村雄一郎「黒澤明 音と映像」より)

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と、前置きがすごく長くなりましたが、CD収録の楽曲について書いていきます。

CD 「早坂文雄 作品集」
disc1
①「古代の舞曲」
②「左方の舞と右方の舞」
③〜⑦映画音楽「羅生門」から
⑧「管弦楽のための変容」
disc2
①〜⑥「交響的組曲ユーカラ」

disc1 指揮 芥川也寸志/演奏 新交響楽団
録音 1979年 東京文化会館
disc2 指揮 山田一雄/日本フィルハーモニー交響楽団
録音 1986年 サントリーホール

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●「古代の舞曲」
演奏時間13分ほど
前述した早坂の才能を国内外に広めた作品です。24歳の青年が書いたものとは信じられないくらい、天才的な名曲だと思います。
このCDの中では1番一般受けが良いだろうと思います。といっても俗っぽいわけではありません。
西洋音楽とはちがう日本的な響きの美しさもさることながら、舞曲というだけに踊る人々の姿が目に浮かぶような(多分、弥生とか飛鳥時代くらいの舞曲のイメージ)、リズミカルな中盤部からオーケストラが厚みを帯びながら怒涛の迫力へと展開していく後半部。素晴らしいと思います。

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●「左方の舞と右方の舞」
演奏時間15分ほどの曲
1941年の作品。
「古代の舞曲」の音楽世界をさらに深化させたような作品です。「古代の舞曲」がどちらかと言えば大衆的な曲だったのに比べると、こちらはより内面的な雰囲気があり作曲家が自分の世界を研ぎ澄ませていったことが伺えます。
早坂が提唱していたのは「汎東洋主義(パンエイシャニズム)」というものだそうで、「西洋音楽に抵抗する所に東洋音楽の新しい要素が産まれる」という哲学だったそうです。

これなど溝口健二作品のサントラと言われると信じてしまいそうな曲です。
私見ですが早坂文雄のアーティスティックな面を引き出したのは溝口健二で、テクニカルな面を引き出したのが黒澤明だったのではと思います。
早坂としても自分の音楽世界観と親和性の高い溝口健二作品に参加するのは楽しかったのでしょう。
亡くなる少し前にも溝口健二のために京都まで出掛けて作曲をしました。命をかけるくらいの価値を感じたのだと思います。

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●映画音楽「羅生門」から
『羅生門』のスコアから5曲演奏されます。映画版と違い演奏会用に編曲されていると思います。雅楽器の音が素晴らしい効果を上げていますが、なんと言っても必聴なのは「真砂のボレロ」でしょう。ラベルのボレロをイメージして撮影、編集されたシーンに、見事にピタリと合うラベルのとは違うボレロを合わせました。羅生門を傑作たらしめているのはこのボレロのシーンだと思っています。

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●「管弦楽のための変容」
1953年の作品。しかし初演されないまま、早坂が亡くなり、1979年になってようやく初演されました。このCDに収録されているのはその初演時のものとのことです。単一楽章で演奏時間は29分くらいというなかなかの大曲で聞き応え十分です。
こちらも「古代の舞曲」「左方の舞と右方の舞」の兄弟のような作品で、早坂文雄が求めた汎東洋主義を突き詰めたような、神秘的で精神的な楽曲という感じです。
三曲続けて聞くと早坂がこのテーマを外から内へと向かって、より深く深く、自分の内面と向き合うようになっていくのを感じます。自分の求める音楽は何かと自問自答していたのでしょう。そしてこの「管弦楽のための変容」で一旦は内面の旅を終えたとみて良いと思います。
早坂文雄は伊福部昭と音楽論を語る時に、晩年になると西洋音楽の全否定的な発言までするようになりました。もう西洋音楽は聞かないとまで。伊福部昭は何もそこまで…と言って思いとどまらせようとしたらしいです。
そうした極端な考えに染まっていた頃の作品らしいのですが、それでもそうした考えを徹底的に煮詰めて、そうとう濃い味になったような趣があり、これこれで名曲です。

ここまでの作品の指揮は芥川也寸志で、彼もまた早坂亭に入り浸っていた一人でした。

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●「交響的組曲ユーカラ」
6楽章からなるトータル50分にも及ぶ、なかなか問題の大曲です。
前述したようにアイヌを題材にした楽曲です。これが遺作ということになります。1955年の6月に初演されました。その4ヶ月後に早坂は逝くことになります。
そして初演の際にはこの曲は賛否両論だったそうです。
このCDの収録曲の中では群を抜いて難解な曲です。
それ以前の日本的な音楽へのこだわりとも全く違う、不思議な曲です。どういう情景も感情も湧き上がってこないと言いますか、私の知ってるいかなる映像とも物語ともハマらない気がします。
アイヌを題材とは言え、アイヌの音楽について調査や研究をしたと言うわけでもなさそうです。伊福部昭も多分想像上のアイヌの楽曲ではないか?と語っています。
明確なメロディはなく、不安感、焦燥感を煽るようにオーケストラがひたすらに音を紡いでいきます。伊福部昭の言う「形式の無さ」が特に色濃く出ている作品のように思います。
早坂文雄は命が尽きようとしている中で、この曲に何をぶつけていたのか?そしてこれが遺作とならなかったら、一体何処へ行っていたのか?あるいは私たちの想像もつかない境地を目指していたのかも知れません。
日本的音楽を「管弦楽のための変容」で一旦完成させて、次の頂を目指し始めたその最初の一歩のような曲だったのかも知れません。私なんかには見えない頂が早坂文雄には見えていた、すくなくとも目指す方向性はしっかりしていたのだと思います。それがなんだったのか、もはや知る術はないのですが。
難解とは言いましたが、やはりある種の力強さは感じられ、心がざわつく感じはあります。

武満徹はこの曲の初演を聴いた際のことを「音楽を聴いてあれほど涙が出て感動したことはなかった」と述べています。
感情を揺さぶるような曲とは思えないのですが、もちろん曲そのものの感動より尊敬する師匠のことを色々思っての涙だったのだと思います。
あるいは、武満徹がその後に開花させる彼の作風を思うと、このような難解でつかみどころのない曲で涙を流すと言うのも興味深いものはあります。

早坂がもっと長生きしていれば、せめてあと10年生きていてくれたら、純音楽でも映画音楽でももっとすごい傑作を放ったに違いないと思います。
黒澤明とのコラボも続いたでしょう。とはいえ後年の変に西洋音楽にかぶれたような黒澤明の音楽的嗜好の変化を思うと、いずれ決別の時は来ていたのだろうなぁとも思います。

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余談
私、クラシックのCDは棚に作曲家のアルファベット順で並べているのですが、h - i の並びで早坂文雄と伊福部昭のCDが隣同士で並ぶ様がなんとも言えず微笑ましいです。





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などなど長々と書きましたが、早坂文雄の純音楽も映画音楽も、非常に素晴らしいものですので、是非とも聞いてみて頂けましたら幸いです。
それでは、今回はこんなところで!
また素晴らしい映画とクラシック音楽でお会いしましょう

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