作家の阿川弘之氏の講演に、「敵性国語の廃止」についての言及があった。(「日本人のユーモア」(文藝春秋)より)
「敵性国語の廃止」とは、戦時中、敵国である米英の言葉を廃止する、という政策。これにより街の看板から英語が消え、全国の学校で英語教育は廃止されていった。
阿川氏によると、そうした中、プロ野球の「ツーストライク・スリーボール」「タッチアウト」といった言葉も敵性国語だ、ということで、野球用語の改正委員会なるものができて、「ツーストライク・スリーボール」を「よし二本、だめ三本」、盗塁の「タッチアウト」は「それまでひけ」と言うことに決定したという。
ピンポン(卓球)の「ネットインセーフ」は、「網こすりよし」となった。
それから自動車の部品は「ハンドル」が「走行転把(そうこうてんぱ)」、「アクセルペダル」は「加速践板(かそくせんばん)」。
陸軍のある部隊では「ライスカレー」を「辛味入り塩かけめし」といっていたという。
会場は笑いに包まれたが、阿川氏はこう語ったのが印象的だった。
「当時は笑いごとではない。みんな、目を三角にしていた。これがお国のため、勝つためにはそうやらなければいかん、と。
新聞が書きたてるんですからね。大体新聞のいうことをあまり信用してはいけない。特に大きな活字で書いていることは信用してはいけない。今はわからないんです。いまはこの平和な時代に、みんなが「そうだ、そうだ、そうとしか信じられない」ということが、40年経って講演に来た人の話で、あなた方の孫の世代がゲラゲラ笑うかもしれない。笑わないという保証は何にもないですね。
なぜ、みなさん笑ってくださるかといえば、44年たって、物事を冷静に、冷めた目でご覧になることができるから。当時はカーッとなっているんだから。
それにはどう対処すればいいか、というと、色々な教養とか知性というものを持っていなくちゃいけないし、やっぱり腹の据わった、世間がどう言おうと、自分はこれは納得いかない、という目でみるだけの、一種の度胸ですね、度胸といっても、チャンチャンバラバラやる度胸ではなくて、かならずしも、人の言うこと、世間の大勢に動かされないだけの判断をする心の在り方、度胸が必要なんですけど、同時にやっぱり、物事を笑える能力といったらおかしいですね、笑える心のゆとり、というか、笑える精神、それが大切だと思うんです」